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二章
首都への道

            アキラの自動車運転 気楽な捕虜 日没国の名の由来
            ゼロ道路――終わりのない道 交通戦争の話

 早朝。障子のそとで鳴きたてるニワトリのとんきょうな声で目を覚まされました。ゆうべぐっすり眠れたせいか、すっかり元気を回復していました。障子をあけてみると、もう五、六羽のニワトリが庭にちらばって地虫をあさっていました。木机の上には洗たくをすませたぼくの服がきちんとたたんで置かれてありました。着がえをしたときに、国境をこえてきたときところどころにできたほころびがつくろわれているのに気づきました。
 朝のあいさつをしたとき、「おまえさんは運のいい子のようだ」とおばあさんははじめてほほえみを見せていいました。「首都へつれていかれるそうだよ。いいことがあるにちがいない」
 どうして首都へつれていかれればいいことがあるのか、おばあさんにもわからないようでしたが、その言葉をきいてぼくは明るい気分になりました。
 おばあさんに数えられて、ぼくは家の裏手へ顔を洗いにゆきました。そこには青ゴケを一面に生やした石の水そうがあり、そこへ裏山から引かれたかけひから清水がこんこんと流れこみ、コケをぬらしてあふれ出ていました。ぼくは手が切れるように冷たい清水で顔を洗い、口をすすぎました。すがすがし
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い朝でした。
 朝食はたきたての黒いムギめしでした。それに、このへんは海から遠いはずなのに、いま海からとってきたばかりと思われるほど新鮮なワカメのみそしると大きななま卵が二つ。卵のカラは日本のものと違ってたいそうかたくて、割るのにちょっと勝手がくるいました。(貧しい国だからニワトリが栄養不足なのかな)とぼくは考えました。黄身はうす黄色ではなくて、ずっと色の濃い赤黄色だったので、ちょっと気味が悪いくらいでした。(この国のニワトリは虫ばかり食っているから、こんな色になるのかしら)とぼくはまた考えました。が、不思議なことに、味はとてもすばらしいものでした。
 朝食が終わったとき、庭先でけたたましいニワトリどもの鳴き声とともに自動車の爆音がしました。ぼくは久しぶりで文明の音を聞く気がしてうれしくなりました。が、同時に、緊張を覚えずにはいられませんでした。いかめしい憲兵か警察官がぼくを連れにきたのではないかと思ったのです。しかし庭先からは、この家のおじいさんの声と車の運転手らしい人の若わかしい声のあいさつの交換と、のんびりした会話がきこえてくるだけだったので、ぼくはほっとしました。
 おばあさんは迎えのものがきたからといってぼくをうながし、ぼくのリュックサックに昼のおべんとうを入れてくれました。
 おじいさんとおばあさんとニワトリどもがぼくを庭先で見送ってくれました。
「えらい人がおまえさんに会ってくれるかもしれないよ」とおじいさんがいいました。「たっしゃでな」
 ぼくは二人にお世話になったお礼をいい、「いつまでもおたっしゃで……」と心をこめてお別れのあいさつをしました。
 庭先には、もう日本ではどこへいっても見ることができなくなってしまった旧式でぶかっこうな――しかし、装甲車のようにがんじょうそうな緑色の中型トラックがとまっていました。荷台は山に盛りあがってズックのシートでおおわれており、そのはしから野菜の葉っぱがのぞいていました。運転台のわきに、明るい空色の作業服を着た、すらりとして身軽そうな青年が立ってぼくを見ていました。かれがぼくを迎えにきた者なのでした。(なあんだ、ただの運転手か!)ぼくはうれしいひょうしぬけを感じました。かれの服にも二つ三つツギが当っていましたが、洗たくしたてらしくさっぱりしており、きのう山で見た男たちの服よりはずっとましでした。
 ぼくが近づいてゆくと、かれはアミダにかぶった例の鳥打ち帽子のようなへんてこな帽子のつばをちょっと指でもちあげ、元気のいい朗らかな声で、「やあ、平四くんかね! お迎えにまいりました!」とおどけた調子でさけびました。かれはその声のように朗らかな青年らしく、日にやけた黒い顔のなかで目と口が笑っていました。(この調子だとぼくを罪人あつかいにするのではなさそうだ)ぼくは安心して、明るい気分でかれにあいさつし、かれがさししめした助手席に乗りこみました。
 田や畑のあいだのせまい田舎道を車はゆっくりと走ってゆきました。
 ぼくらはすぐ仲よしになりました。というのは、若い運転手が、「ぼくの名はアキラだ。きみを平四と呼ぶから、ぼくをアキラと呼んでくれ」といい出したからです。ぼくは、自分よりずっと年上の人のことを呼びすてになどできないと抗議しましたが、かれは笑ってとりあいませんでした。かれは「ぼくらはそんな具合にやってるから」といい張るのでした。で、ぼくはおずおずと「アキラ……」といってみました。「なんだい、平四」そういうとアキラはぼくの背なかをどんとどやしつけ、「ハッハッハ……」と愉快そうに高笑いしました。
 幅六、七メートルの気持ちのよい道路に出ました。路面は大小の石で舗装された石畳で、両側には一列の並木がつづいていました。しかし、アキラの車はあいかわらずゆっくりと進んでゆきました。ぼくは快適なドライブを楽しんでいるような気分になりました。が、すぐ自分がそんな気楽な身分でないこ
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罪を思い出しました。で、アキラにたずねました。
「ぼくはと人なんでしょうね? それとも捕虜ですか?」
「……たぶん両方だろうよ」アキラはちょっと考えてからそう答えました。
「でも、あなたは憲兵でもなければ警官でもないようですね」
「たしかに……」とアキラはいいました。「だが、やろうと思えばどっちの役目だってつとまるよ。……きみは逃げ出したいのかい?」
「とんでもない」とぼくは急いでいいました。「そんなことをして何になるでしょう。せっかくいい人たちに救われたっていうのに」
「きみの考えは正しいよ、平四」
「でも、ぼくはどういうあつかいをうけるんでしょう?」
「さあ、それはぼくにはわからない」アキラは首を左右にふりました。「首都へ着けばわかるさ。だが、きみはちいさな罪人だし、ちいさな捕虜だから、大歓迎をうけることはあるまいね」そういってアキラは肩をすくめました。
 首都ときいて、ぼくは前からいだいていた疑問――日没国の正式な国名のことを思い出しました。で、そのことをたずねてみました。
「日没国さ」というアキラの答えにぼくはあきれてしまいました。
「なんですって? ぼくをからかうんですか!」とぼくはさけびました。「それは日本人が勝手にそう呼んでいる名前ですよ!」
「正しくいえば日没共和国だが、日没国といってもかまわない」アキラはまじめに答えました。「たしかに日本人がはじめにそう呼んださ。だが、それもわるくないね。いや、グッドアイディアだった。だからそのままちょうだいしたというわけさ」
「日本というのは『日イヅル国』のこと、希望にみちあふれる国、盛んになってゆく国という意味です」とぼくはせきこんでいいました。「ところが日没国というのはその反対です。日の沈む国、希望の失われた国、おとろえてゆく国ということになるではありませんか? けいべつしてつけられたアダ名をあなたがたが認めたんですか?」
 アキラはぼくのいうことをきくと、さもおかしそうに笑いました。
「沈んだ日はまた昇るさ。そしてまた沈み、また昇る。それがどうしたというんだい?」とアキラはいいました。「どっちがどうってことほないね。ぼくらの代表たちは、この国の名をどう決めるかってことで三日三晩議論し合ったそうだよ。そしてへとへとになったあげくのはてに、どうも日没国というのがいちばんいいようだ、ということになったそうだよ」
「……わかりました」とぼく。「そういわれると、いい名前のように思えてくるから不思議ですね。それで、首都はなんという名の市ですか? そしてどこにあるのですか?」
「日没市といって、ちょうど国のまんなかにあるよ。だが、まだつくりかけで、ちいさいがね」
 ふとぼくは、出発のときおじいさんが、えらい人に会えるかもしれないといったことを思い出し、そのことをアキラにききました。
「ああ、じいさんはFJDIのカンさんのことをいったんだろう」とアキラはいいました。
「なんですか? そのエフ・ジェイ・ディー・アイってのは?」
 アキラは運転台のフロントガラスに指で字を書きながら、へんな言葉の説明をしてくれました。
 それによると、日没国をおさめているいちばんえらい人は八人の人民代表委員――略してJDIと呼ばれている人びとで、日本でいうと大臣にあたるそうです。そして、その右腕となって働いている人び
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とを副人民代表委員――略してFJDIと呼んでいるそうです。アキラの村に近い山の村から、FJDIのイムラ・カン(井村寛)という人がいま首都にいっているので、じいさんはその人に会えるかもしれないといったのだろう、とアキラはいいました。
 そのとき車は右に向きをかえ、前よりもいちだんと広い立派な道路に出ました。
 その道路は往復の車道と、その両わきにある歩道とからなりたっていました。車道は石畳で舗装されていて、片側を自動車がらくに三台ならんで走れるほどの広さをもっていました。歩道は幅三、四メートルで舗装されてなくて、田舎の草の生えた道のようになっていました。そして、この歩道のむこうには、田や畑や草地や林が広がっているのでした。
 いっぷう変わっていたのは、往復の車道のあいだと、車道と歩道とをへだてている並木を植えた土手でした。車道のあいだには、それと同じくらいの幅をもった低い土手があり、二、三列に木が植えられて、よく茂っていました。車道と歩道のあいだにも幅のせまい土手があって、そこには木が一列に植えられてありました。この三条の土手の木木から張り出された枝枝は道路の上をおおっているので、空から見たらその下に道路があることはわからないだろうと思われました。……それは道路というよりは、果てしなくつづく帯状の森林公園といったほうがよいものでした。
「すばらしい道路ですね!」とぼくは感嘆の声をあげました。「これは、どこからどこまでつづいているのですか?」
「ここから、ここまで」とアキラは答えました。「始めなく、終わりのないゼロ道路なのさ」
「………?」
 アキラはその道路が、日没国をやるりと一まわりするだ円形をしているのだと話してくれました。で、ゼロ道路と呼ばれているというのです。
 涼しい緑のトンネルのなかを走ってゆくのは、すばらしく快適でした。
 ときどき土手が切れて、アキラが車をとめると、そこには交差した道路があるのでした。妙なことに、アキラは交差点へさしかかると、人通りもないのにしばしば車をとめるのです。人がいなくっても、小ヤギがとび出すことだってあるから、とアキラはいうのです。そういえば、土手の木かげに、ときたま牛やヤギがつながれて草をはんでいました。土手の木は、かなりの間隔をおいて種類が変わり、あるところはスギ並木になり、あるところはアカマツ並木になったりしました。道路の舗装は、ときどきコンクリートやアスファルトに変わったり、ごくまれには硬い土に変わったりしましたが、ほとんど石畳でした。
 アキラはのんびりと車を走らせてゆきました。かなり長い時間走ったのに、アキラの車を追いこしてゆく車もなけれは、反対のほうからくる車もありませんでした。そればかりでなく、一人の通行人、一台の自転車さえ見かけなかったのです。
「アキラ……」不思議に思ってぼくはたずねました。「車も走っていなければ、人通りもないけど、いったいどうしたことですか? きょうはなにか特別の日ですか? それともどこかで事故でもあったのですか?」
「夏休みちゅうだから……。だが、そうでなくってもそう変わりはないよ」とアキラは答えました。
「それがどうかしたのかい?」
「信じられない!」とぼくはあきれていいました。「こんなすばらしい道路を走っているのがぼくたちだけだなんて! 日没国にはそんなに車が少ないのですか?」
「必要なだけはあるさ」とかれはぶっきらぼうに答えました。「すこしずつはふやしているしね。そのうちこの道絡もいくらかはにぎやかになるだろうさ」
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 しかし、ぼくは日没国はたいそう貧しいので、立派な道路はつくったものの、走らせる車がないのだろうと思いました。で、ぼくはアキラに日本のことを自慢して話してやりました。
「日本には自動車が二、八○○万台もあるんです。すごいでしょう? だから、ちょっとした道路ならどこへいっても車がいっぱい走ってるんです。やっと一台しか通れないようなせまい道でさえ車が走りまわるんで、はちあわせしたらたいへんですよ。東京や横浜の通りでは車の置き場所がなくて困っているんです。で、大きなビルをつくって駐車場にしているんです。こういう駐車場、知ってますか?(アキラは首を横にふりました)じゃあ、話にならないな。どんないなかの農家でも一台や二台の車をもっているんですよ。そんなわけで全国いたるところに――山のてっぺんまでもアスファルト舗装の立派な道路がどんどんつくられています。最新式の自動車専用道絡もたくさんつくられています」
 アキラはおどろいたとみえて黙っていました。で、ぼくはもうすこしおまけをつけてやりました。
「ぼくの家の近くにある国道一号線の交通のありさまときたらすごいもんですよ。上り線と下り線の四車線をあらゆる種類の車が爆音をたて、頭がいたくなるほど排気ガスをまきちらしながら、ひっきりなしに走っているんです。ぼくはときどきバスを待つあいだに行き来する車を数えてみるんですが、一分間に軽く百台はこえますね。東京の皇居のそばの通りでは、一日に十五万台も走っているそうですよ。そんな具合なんで、どこかでちょっと事故でも起ころうものなら、たちまち車の流れがとまり、道路は車でいっぱいになってしまうんです」
「なるほど……日本に車が多くなったということはきいていたが」とアキラはいいました。「しかし、そんなにすごいありさまだとは思わなかったな。まるで津波だね。だが、そういう道路だと人間はいったいどこを歩くんだい?」
「人間はあぶなくって歩けませんよ。歩道はほとんどありませんからね。そのかわり、たとえばむこう側へ渡るためには歩道橋というものがつくられていますし……」ぼくは横断歩道やら信号機やら交通規則のことやらをひととおり――つまり命を落とさずに歩く方法を話してやりました。
「命がけで道を歩かなければならないのかい?」
「だって日本では一年間に一万何千人も自動車事故で死んでいるんですよ。負傷者は百万人くらいになるでしょう。だから交通戦争と呼ばれているくらいです」
「戦争だって※[#!?] どうしてそんな戦争を一日も早くやめないのかね? 元気な人が一年に百万人も死んだり負傷したりするなんて、なんというわざわいだろう!」
「どうしてやめないか、ぼくにはよくわかりませんが……交通戦争の犠牲よりも、車が生み出してくれる利益や便利や楽しさのほうがずっと大きいからでほないでしょうか?」
「へへえー!」とアキラは目をまるくしていいました。「そんな交通戦争の犠牲よりも大きな利益があるなんてぼくには絶対に信じられんね。絶対にあっていいはずがないよ。いいかい、殺される人の身になって考えてごらん。その人にとっては自分の一生や家族――いや、全世界が消えてなくなってしまうんだよ。おまけに、その人の死で大勢の家族が不幸になるんだ。重いケガをしたときだって同じようなことになる。一年に何百万人も不幸な人びとが出るなんて! なんのために殺されたり、ケガをさせられなきゃならないんだ。人のために役立つ死やケガだっていうのかい? まったくばかげたことだね。きみのいう利益や便利で正当だとされる犠牲なんて絶対に考えられないね!」
 アキラはだんだん怒ってきました。で、ぼくはおどろいて黙ってしまいました。そして、心のなかで(だって文明社会じゃ仕方がないことなんだよ)とつぶやきました。ぼくが黙りこんでしまったので、アキラも沈黙しました。
 しばらくして、アキラは朗らかな調子にもどっていいました。
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「ぼくの知っているかぎり、どこの村でも町でも人の死ぬ事故なんていままでに一度もなかったね。ちいさなあやまちでケガをした者はときどきあったが、それも一週間もすれば治ってしまうようなものだった。小ヤギ一匹ひっかけたって大さわぎになるんだ」
 そのときはじめて、並木のあいだをとおして、むこうからゆっくりやってくる一台の車を見つけました。それはアキラの車と同じ型のトラックでした。両方の車の運転手は、人の歩みの速さほどに車を徐行させ、みじかい言葉をかわしてすれちがいました。「かれはぼくの村へ魚を運んでゆくところなのさ」とアキラはいいました。そして、ほかに車は一台も走っていないというのに、あいかわらず横浜の町なかを走るバスのようなスピードでのんびり車を走らせてゆくのでした。
「もっとスピードを出してとばせないんですか?」とぼくはすこしばかりじれったくなっていいました。
「そのほうがずっと愉快でしょうに」
「気が狂ったと思われたくないよ」とアキラは答えました。「戦争でも始まったというんならべつだがね」
「どうしてこんなにゆっくり走らなければならないのですか? なんにも危険がないのに」
「どうして急がなきゃならんのかね」といってアキラは急にハンドルを右に切りました。「そら! あぶなくヘビを一匹ひき殺すところだった!」そしてアキラはつづけました。「急がなくていいように、たっぷり時間をとってあるんだよ、平四。これでじゅうぶんなんだ。急げば車はいたむし、ガソリンはよけいにいるし、危険は多くなる。いいことは一つもないんだ。ぼくはよく馬に乗るから馬を大切にし、かわいがってやる。車だっておなじことだと思うよ。それは自分のからだとおなじように大切にあつかわなければならないと思うね」
 こうして、車はあいかわらず緑のトンネルのなかをのんびりと進んでゆくのでした。


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