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四章
副人民代表委員(FJDI)イムラ・カン

            FJDIの尋問 第一号の国賓 不法入国の動機
            軍隊・警察のない国 FJDIとの夕食

 副人民代表委員――ぼくも略してFJDIと呼びましょう――にしたがって、ぼくは建物のなかにはいりました。
 それは日本の片田舎にどうかすると生きのこっている古い木造の小学校のような建物で、すっかりもうろくして疲れ切ってしまっているようでした。
 FJDIは夕暮れの最後の明かりがほの白くのこっている北側の長い廊下を、さきに立ってさっさと進んでゆきました。南側には人けのない教室のような部屋が静まりかえってならんでいました。なにかにつまずいて、ぼくは二度もころびそうになりました。
「おお、気をつけて」とFJDIはいいました。「あちこちにツギ板があたっているんだよ」
 かれは廊下のなかほどにある一室にはいり、黄色い電燈をともしました。それは、ぼくの中学校の校長室を百年も古くしたような部屋でした。南側はガラス窓、東側は書だなで、その前に大きな木机が一つ。西側は板壁で、国旗、ワシの絵がえがかれた三角旗、地図、……それに、毛筆で「知足者富」という四文字が書かれた額がかかげられてありました。その四文字が何のことかぼくにはわかりませんでし
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たが、妙に頭にこびりつきました。
 FJDIは書だなを背にして机につき、ぼくにその前のいすに坐るように身ぶりで命じました。
(さあ、いよいよ尋問だ!)ぼくは緊張で冷凍魚のようにからだをかたくしながらいすにかけました。
(だけど、ちょっとおかしいな、FJDIというえらい人がたった一人でぼくを調べるのかしら? ただの下調べなのかもしれないな)
 窓ガラスにへばりついていた大きなガがひとしきりばたばたさわいだあとは、あたりがすごく静かになり、自分の心臓の音がきこえてきました。
「気をらくにして」とFJDIはほほえみながらいいました。「きみは棒をのんだカカシみたいだよ」それからかれは机の上に両方のこぶしを置いてつづけました。「きみはもう何も心配しなくていいんだよ」
「………?」ぼくは息をのんで、ぼくの運命を握っている人のつぎの言葉を待ちました。
「きみはラッキーボーイなんだよ、平四くん」とFJDIはもちまえのはっきりした口調でいいました。
「われわれほきみを日没国の最初の客として迎えることに決めたのだ。きみがそうしたいと望むなら、きみは夏休みのあいだじゅうこの国で自由にすごすことがゆるされる。きみはあした、JDI――われわれの代表に会うことができるだろう。わかったかい?」
「ありがとう……FJDI……」としかぼくにはいえませんでした。よろこびで舌はもつれるし、からだはふるえるし、頭はポーッとしてしまったのです。……窓ガラスのガがぼくのよろこびをあらわしてくれるかのように、またばたばたやっていました。
 FJDIは右手をのばし、握手をもとめました。ぼくの手はかれの大きなお百姓さんのそれのような手に握られました。
「さあ、仕事はすっかりすんだ」とFJDIはいいました。「遠くから来た友よ。きみはわれわれの友だちなのだ。なんでも気らくに話し合おうじやないか。それから、FJDIと呼ぶのはやめてほしいね。もっと簡単ないいかたがある。わたしのことをカンと呼んでくれないかね。わたしの友だちはわたしのことをカンとかカンさんとかいってるから。わたしはきみを平四というよ。どうだね?」
 ぼくがせめて「カンさん」と呼ばせてくださいとたのむと、かれは笑いながら承知してくれました。
 カンさんはぼくの健康状態や趣味、家族のことや、国境の石壁をこえてきたときのことなどをいろいろききました。かれはFJDIというえらい身分なのに、いばったところがひとかけらもない人でした。その目はどうかするとタカの目のようにするどく光るのですが、ほほえんだり笑ったりすると、とてもやさしくなるのです。顔はどちらかといえば不器量のほうで、よく日にやけて、ごつごつしており、お百姓さんの顔といった感じでしたが、ただのお百姓さんとはちがった何かやさしい魅力がありました。年は最初、四十すぎかと思いましたが、三十そこそこのようでした。で、ぼくはすぐこのFJDIが好きになり、兄のような親しさをおぼえて、なんでも気楽に話せるようになりました。
 カンさんは、ぼくのことを心配しているであろうぼくの家族のために、半月くらいで日本へ帰ったほうがよいのではないかといいました。ぼくは、命がけでこの国にはいることができたのだから、八月の最後の日までいたいと答えました。
 カンさんは、ぼくのような子供が、命をかけてまでも日没国にはいってきたくなったわけがどうものみこめないといいました。
「きみがわれわれの国のことを知りたくて冒険する気になるのはいいとしても、命がけでとびこんでくるとは無鉄砲きわまるね」といってかれは肩をすくめました。「日没国にはそんなことをやって見ようと考えるものは一人もいないね。きみは死ぬほど退屈していたんだろうね?」
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「死ぬほど退屈ですって!」ぼくはおどろいていいました。「ジョウダンはやめてください。ぼくは死ぬほど勉強させられていたんですよ」
「だって、きみは浸画や小説を読むことが好きだってさっきいったじゃないかね」
「あれはほんの息ぬきなんです」で、ぼくはとうとう日没国へとびこんできたくなったほんとうの理由を白状しなければなりませんでした。
「なにもかも面白くなくなったんです。いやになったんです。ばからしくなったんです。つまらなくなったんです。くたびれたんです」とぼくはせきこんでいいました。「退屈してるどころじゃなかったんです」
「なるほどね。それはたいへんなことだ」とカンさんはいいました。「きみは百年も生きた人のようだ。だが、どうしてそんなに早く年をとってしまったんだね?」
「だからいったでしょう。ぼくは死ぬほど勉強させられたんですよ。たしかに基本的人権の侵害です。子供にだって基本的人権はあるでしょう?」
「たしかに……平等に……。だが勉強は楽しいもののはずだが……」
「お百姓にでもなるつもりならそうでしょうよ……」といってぼくはつぎの言葉をのみこみました。この国の人たちの気を悪くするようなことをいってしまったかもしれないと思ったからです。しかしカンさんはぼくのいいすぎを気にしたふうもなく、「なるほど、わたしは百姓になるつもりだった」といって感心したようにうなずきました。かれが感心してくれたのでぼくはいきおいづきました。
「ぼくの子供時代は三つのときで終わったみたいです」とぼくはいいました。
「なるほど、そんならきみは百年も生きたことになりそうだ」かれはおどろいたという顔をして両手をひろげました。
「四つから幼稚園二年、小学校六年、中学校三年……そのうえに音楽塾、そろばん塾、書道塾、学習塾へ通わされて、まいにちまいにち勉強のやらされ通しだったんです。まいにちまいにち、ちっとも面白くもないことを詰めこまれてきたんです」
「一リットル壜には一リットルしかはいらないんじゃないかね」
「そんなこと大人がかまうもんですか。人間の頭は壜とちがって百倍もはいるんでしょうよ。競馬ウマのようにまいにち、いいえ、ダンプトラックのよう……いいえ、新幹線の列車のようにまいにち走ってきたんです。だからくたびれすぎて頭がおかしくなってしまったんです」
「うーん」といってカンさんは腕を阻み「やはり、過ぎたるはなお及ばざるがごとし、だね」といって黙ってしまいました。
「及ばないほうが頭がおかしくならないだけいいですよ」とぼくはつづけました。「それで、ぼくはときどきなまけたんです。すると友だちにどんどん引きはなされるんです。みんな猛烈にやってますからね。日曜も休まずに、夜の十二時、一時までも。だからぼくは来年いい高校にはいれるかどうか、頭が割れそうなほど心配になってきたんです。いい高校にはいれなければ、いい大学にはいれません。いい大学を出なければ、ろくな仕事にありつけません。父はそういっています。ぼくだって大学を出てからイエス・サーばかりいっているドアマンのような仕事につきたくないですからね……」
 カンさんは腕を組んだまま黙ってぼくの雄弁に耳をかたむけてくれていました。
「ところが、ぼくはもう、あなたの言葉だと百年も生きてきたようにくたびれているというのに、まだまだくたびれなきゃならないんです。あと、高校が三牢、大学が四年ありますからね。その上に大学院ってのも何年かあるそうですが、それはぼくには関係ないとして、しかし大学浪人ってのがあるんです。
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浪人って知ってますか? これはぼくには大いに関係がありそうです。こういうコースを通らないと社会へでてから生存競争の負け犬になるんだって父はいってますよ。だからぼくは受験戦争をやってるんです。受験戦争って言葉を知ってますか? さきざきを考えると、何もかも面白くなく、つまらなくなって、自殺したくなったことだってありますよ。中学生だって、ぼくのようになって自殺したものがおおぜいいるんです。中学生だってりっぱに自殺できるんです」
「よくわかったよ……かわいそうに……」といってカンさんは大きく両手をひろげて肩をすくめました。
「きみはわれわれの国でゆっくり休んでゆくがいい。すっかりくたびれがなおるだろうよ」
 それからカンさんは、最近、国境線を突破して日没国にはいってきた二人の日本人大学生のことを話してくれました。ひとりはサラリーマン志望の学生で、さかんに「空《むな》しい、空《むな》しい」とさえずっていたというのです。もうひとりは青軍派とかの革命家だそうで、このほうは「革命、革命!」といってほえていたそうです。
「だが、もう二人ともすっかり静かになってね」とカンさんはいいました。「百姓仕事を楽しんでいるよ。きみはお客さんだから、もちろん仕事をしなくてもいいがね」
 おどろいたことに、この大学生のほかにも、この国へ逃げこんできた百人ばかりの日本人がいるそうです。そればかりでなく、朝鮮人、中国人、アメリカ人、ロシア人、イギリス人、フランス人たちも何十人かこの国へ逃げこんできているというのです。そして、これらの人びとは百人に一人の割合で殺されずに入国できた幸運な人たちだったということでした。
「かれらは国境の石壁のかなたから、また海や空からやってきたのだ」とカンさんはいいました。「かれらはわれわれの国に住みたくて命をかけてやってきたから、われわれは暖かくむかえてやったのだよ。かれらは百姓をしたり、自分の国の言葉を教えたりして平和に暮らしている。かれらのなかにはとんでもないクズもいたにはいたが、ほとんどはじつに立派な人たちだった。JDIになった人もいる。たとえばイギリス人のトマス・モリスじいさん、フランス人のサン・フーリエじいさんなどだ。……ところで、海岸にたどりついた難破船の乗組員のようなのはべつ問題だよ。そういうのはすぐ国連軍に引き渡してきてるから」
「不法入国するものは見つけしだい殺されるものとばかり思っていました」とぼくはおどろいていいました。「だって、国連軍は容赦なくそうやっていますからね」
「それはむこう様のご勝手さ。われわれもはじめのころ何年かは、かれらに対抗して同じことをやったものさ。だが、それは二重の罪つくりでバカげたことだからやめてしまったんだよ」
 ぼくはあきれて、あいた口がふさがりませんでした。
「ひとが悪いですね。しなくてもいい苦労をさせるなんて……。すると、日没国側の国境地帯には監視兵や警備兵はいなかったんですね?」
「そのとおりだ。よけいな心配をさせて気の毒だったね」
「では地雷原は?」
「もちろん、そんなものもないさ。人を傷つける仕掛けなんていっさいないよ」
「では、警察官が見張りしているだけなんですね?」
「そんなものもいないさ。だいたい、われわれの国には軍隊も警察もないんだから。もう、ずいぶんまえにそんなものはやめてしまったんだよ」
「………?」ぼくはますますあきれて口がきけませんでした。
「きみがおどろくのも無理はないが……」とカンさんはほほえみながらいいました。「だが、われわれはそれでもちゃんとやってきているよ。人民ひとりひとりが兵士でもあり警察官でもあるんだから軍隊
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や警察はいらないんだよ。たとえば、きみの知っているあのアキラ、かれはその必要があれば兵士の役目だって警察官の役目だってりっぱにはたせる男だよ。かれはイノシシ村きっての射撃の名人でね。かれに銃を持たせたら、十メートル高くほうりあげた銅貨十枚のうち九枚までは射ぬくことができるんだ。
 かれはいつでもりっぱな兵士になれるが、ふだんはただの百姓の若者さ。かれは短剣のひとふりでももってきみを送ってきたかね?」
「いいえ、竹の皮につつんだ握りめしをもっていただけでした」
「ところで平四」とカンさんはちょっぴり皮肉な調子でいいました。「日本だって軍隊をもっていないんじゃないのかね」
「ええ、まあ……」ぼくはこまってしまいました。「自衛隊というのがありますが……あれは軍隊じゃないそうですから…‥」
「それは日本人の半分がそういっているだけのことさ。自分でもそう信じていないくせに。……世界有数の戦力をもつ自衛隊というものが、どうして軍隊でないことがあろう。日本以外の国で、自衛隊を軍隊でないと考えている国なんて一つの半分もないんだよ。だからきみは、日没国に軍隊がないことよりも、日本にないはずの軍隊があるということのほうにもっとおどろくべきだね」
「でも、警察もないのは?……」
「そう急がないで、平四……」といってカンさんは廊下のもの音に耳をすましました。「それは、この国の人びとの生活のなかにはいってから、きみ自身で知ったほうがよいと思うよ。それよりも、いまの日没国がどんなふうにしてでき上がったか、あとでその歴史をすこし話してあげよう……夕食の時間になったから……」
 ドアをたたく音でカンさんは立ちあがりました。かれがドアをあけると、ぼくより二つ三つ年下の少年がふろしき包みをさげて立っていました。その少年がぼくたちの夕食を運んできてくれたのでした。
「やあ、ありがとう」といいながらカンさんは少年から包みをうけとりました。「お母さんによろしくいっておくれ」少年は白い歯をみせてほほえんだだけで何もいわずに帰ってゆきました。
 FJDIは、チョンマゲ時代からのものと思われるほど古びたウルシ塗りの重箱をぼくの前に一つ、自分の前に一つおき、それから大きな木のおわんにみそしるをなれた手つきでよそってくれました。ぼくはFJDIともあろうえらい人がそんなことをしてくれるのに、すっかり恐縮していました。
 重箱のふたをとってみると、半分はまっ黄色なごはんで、あと半分には野菜の煮つけ、焼魚、少しばかりのニワトリの肉のうま煮などがはいっていました。質素な食事でした。黄色いごはんはいままでに食べたことのないものでしたから、それが何なのかきいてみると、「アワめしだ」ということでした。で、ぼくはデパートのペット売場で見た小鳥のえさを思い出しました。アワめしもおかずも田舎ふうでしたが、みんなとてもおいしくつくられていました。
 ぼくらはゆっくり食事をしました。ときどき、ぽつりぽつりと話をしながら……。静かな夜でした……。どこからも人のいるらしい物音はきこえてきませんでした。自動車の音はもちろん、テレビやラジオの音も。「気味が悪いくらい静かですね」とぼくがいうと「夏休みだからね」とカンさんは答えました。
 ぼくはふと、明日の朝、ぼくがこの国の第一号の客として迎えられるようになったことを知った新聞記者たちにさわがしく取りかこまれているであろう自分を想像しました。で、その心がまえをしておかねばと思って、そのことをカンさんにきいてみました。
「そんな心配はまったくいらない」とカンさんは笑いました。「連中のただの一人もやってこないだろうよ。みんな夏休みをのんびり楽しんでいるんだから」。そして、一週間もしたら、きみのことが新聞
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にのるかもしれないとつけ加えました。ぼくは、静かな夏休みの日日を送っていたカンさんを突然さわがせたことに気づいておわびをいいました。
「予期しないお客さんだったね。それだけのことさ」とカンさん。「すこしも気にかけることはないよ。わたしはただのんびりと野菜の手入れをしたり、本を読んでいただけ……そして少少退屈していたくらいなんだから」
 どんな本を読んでいたのかきいてみると、カンさんは「ショウエキ、ソントク、ユウガク」と答えましたが、ぼくにはなんのことかわかりませんでした。で、カンさんは漢字で「安藤昌益、二宮尊徳、大原幽学」と書くのだということと、その人たちのことについて教えてくれました。ついでに、ぼくは壁の額の「知足者富」の四文字が気にかかっていたので、どういう意味なのかきいてみました。
「ああ、あれかい」とカンさんはいいました。「老子の言葉で『足ることを知る者は富めり』と読むんだ。満足することを知っている者は富んでいる者だという意味さ。同じことをアリストテレスは『幸福はみずから足れりとする人のものだ』といってるよ。また、マホメットは『わたくしの生活をつねに貧しくし、貧しさのうちに死なせたまえ』と神に祈ったということだ。賢い人びとはだれも同じことを考えてきたわけさ。人類はいつもその反対のことばかりやってきたがね」
 ぼくはカンさんがいろいろなことを知っているようなのにおどろきました。ぼくはあらためてかれの日やけした、お百姓さんのような顔をながめたのでした。


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