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五章
日没国の創世記

            一九四五年の敗戦の荒廃 「大飢餓」 「人間戦争」
            政党の争い 「大飢餓会議」 新政府の成立

 夕食後のひととき、ぼくらはくつろいでクコ茶をのみました。そのコカコーラ色の液体をのんでいると、不思議にぼくの心は窓のそとの夜のように静まってくるのでした。すると、日没国にはいってきてから受けたかずかずの強い印象がサイレント映画のひとこまひとこまとなって浮かんできました。が、それはもうずいぶんむかしのことのように思われました。
(ほんとに、時は矢のように飛びさってゆくものだ!)ぼくは生まれてはじめて、時間の矢が耳もとをかすめて飛びさったようなおどろきを感じました。それは、すべてのことが切れ切れの印象のかけらをのこしただけで、浮き雲のようにどんどん流れさり、消えさってゆくというおどろきでした。ぼくは、この国で経験したことは決して忘れてはならないことだと自分にいいきかせましたが、それとともに中学校で新聞委員をしていることを思い出していました。で、ぼくはそのことをカンさんに話し、この国で見たり聞いたりしたことを書きとめておいて、日本へ帰ったら学校新聞に発表してもかまわないかどうか聞いてみました。「ああ、いいとも、すきなようにやりなさい」といってカンさんは机のひき出しをあけてノートとペンを取り出し、ぼくにくれました。そして「だが、第二の平四が出ないようにわれ
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われが望んでいることを忘れないで書いてくれたまえ」とつけたしました。
 ひと休みしたので、ぼくはカンさんに日没国の歴史を話してほしいとせがみ、ノートをひろげました。
 カンさんは腕を組んで、しばらく天井をながめていました。そして話し出しました。
「日没国には神話はないよ。すべては荒廃と無秩序と飢餓からはじまったのだ。……言葉がむずかしいかね、平四?」
「わかります。どうぞつづけてください」とぼくは答えました。
「一九四五年の一月から八月までに日本全土の主な都市は連合国軍の猛烈な空襲をうけて壊滅してしまった。ちょうど日本列島はボロボロの巨大な軍艦のようになってしまったのだよ。旧東北地方の大部分――つまり、わが日没国がやられたのはその年の七、八月のことで、爆撃と艦砲射撃でめぼしい都市は灰と瓦礫《がれき》の山と化してしまった。数十万の人びとが死んだり傷ついたりし、家を失い、仕事を失った。きみの知っているように、日本の無条件降伏と同時に石壁の国境線がつくられはじめ、われわれは世界から遮断《しゃだん》され、カンヅメにされ、孤立してしまったのだ。
 突然の日食!……天皇が、政府が、軍隊が――権威や支配者が、真昼の太陽が不意に消え失せたようにわれわれの頭上からなくなってしまった。日本には連合国軍という支配者が乗りこんできたし、天皇も政府も残った。しかし、われわれには津波のあと、山火事のあとのようになんにも残されなかった。
 無秩序がはじまったのだ。……もとの役人や有力者や金持ち連中があつまって臨時東北政府というものがつくられたが、この政府は自分たちの利益をまもるのがせいいっぱいで、そのほかに何をしたらよいかわからず、また何をする力もなかった。つまり、人民にはまったくよけいで、めいわくなだけのものだった。そればかりでなく、荒廃と無秩序の前から、おそるべき飢餓が始まっていたのだ……」
 カンさんは立ちあがって手をうしろに組み、机と窓のあいだをいったりきたりしながら、考え考え話しつづけましたが、ときどきぼくに話しかけました。
「平四、きみは天明の大|飢饉《ききん》の話を知っているかね?」
「徳川時代に東北地方でひどかったという飢饉のことですか? なにかの本でちょっと読んだような気がしますが、ほとんど忘れてしまいました」
「その大飢饉は一七八二年から六年間にわたって東日本で荒れ狂ったのだ。とりわけ、もっともひどい災害を受けたのがわが日没国の地域で、六十万人の餓死者があったと伝えられている。そのとき、たまたま飢餓地帯の村むらに足をふみいれたある旅びとは、この世の地獄の模様を書きのこしている。……かれは見た――道ばたに山と積まれた餓死者の白骨を、……また草むらに雪のむら消えのように散らばっているおびただしい人間の白骨を。かれは生きのこったある百姓から聞いた――かれらは生きのびるために、牛や馬や犬はもちろん、自分の子や兄弟まで殺してその肉をむさぼりくらったということを。かれは自分も餓死するか、殺されて食べられてしまうという恐怖にふるえおののき、旅をやめてひき返してしまったということだ。さて、そこで平四よ……」
 カンさんはちょっと言葉を切り、窓辺によって暗いそとをじっと見つめました。ぼくは息をのんでかれの話にききいりました。
「そのときと同じようなことをわれわれは経験したのだ! しかも戦争による荒廃と無秩序のなかで! 老人、子供、病人などの弱い者の多くは餓死したり殺されたりした。その数ほ百万人にのぼった! わたしの父母も兄弟もこのとき死んだ。わが家で生きのこったのは、ある人に救われたわたし一人だけだった。
 敗戦の日本はどうだったろう。かれらにもはじめに飢餓があった。そこへ海外から軍隊や同胞が七百万人以上も引きあげてきたので、当時一千万人の人びとが餓死するだろうとさえいわれた。食糧暴動が

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起こりそうになった。だが連合国は軍隊で暴動をおさえ、ばく大な食糧を放出した。飢餓は救われ、餓死者は出なかったのだ」
「ああ、知ってます!」とぼくほ思わず口を出しました。「その時分、食べものに困ったひどい話を父や母からきいたことがあります」
「だが、われわれはアワ一粒の援助もうけなかった」とカンさんはつづけました。「もちろん、連合国の援助を求める声があがったが、それよりもパンとともに鉄砲が入ってくることに反対する声のほうが強かった。反対者は、国じゅうのコメやムギやマメを一粒のこらず調べあげて公平に分配し、みんなが同じように飢えを分かちあったら餓死者を出さずにすむと叫びつづけた。事実、たくさんの食糧を買いしめたり、しまいこんだりして、法外な値で売って大もうけしているウジ虫どもがたくさんいたのだ。ウジ虫どもは肥えふとり、はびこっていた。もちろん、かれらがつくった臨時政府とその軍隊、警察はかれらの味方しかしなかったのだ。で、飢餓はますます進み広がり、いたるところに地獄をつくり出した。われわれは、そのころの飢餓のことを『大飢餓』と呼んでいるんだよ。さて、地獄の餓鬼と化した、もっともあわれな人びとがあった。かれらはいくつも群をつくってあちこちをさまよい歩き、しまいには国境をこえて日本へ逃げこもうとした。かれらを待っていたのは臨時政府軍と連合国軍の鉄条網、地雷原、十字砲火だった。船をうばって海から日本へ逃げこもうとした人びとを迎え撃ったのは連合国軍の軍艦や飛行機だった。日本から国境をこえて、東北地方の親兄弟のもとへ帰ろうとした人びとも同じ歓迎をうけた。こうして十数万の人びとが鉄と火薬のいけにえとなったのだ。両方の軍隊は、ただ国境線を厳重に護るというだけのために途方もない人殺しをくりかえし、そこを巨大な墓場にしたのだった」
 カンさんは窓わくに片ひじをもたせかけたり、歩いたり、いすにかけたり、両手をひろげたりしながら話を進めてゆきました。ときどきぼくを見つめるかれの目は生き生きと黒くかがやいていました。そんなときのかれの顔は、不思議なことに、これまでに見たこともない立派な顔に見えてくるのでした。
「臨時政府がナダレのように崩壊するには、そう長い時間を必要としなかった。その政府をささえていた軍隊は人民のうらみの的だったが、かれらの力のもとのガソリンや食糧や弾薬が乏しくなってきたからだ。すると兵隊たちは家族や寄るべをたよって、秋に木の葉が散るようにちりぢりばらばらに脱走しはじめた。こうして軍隊がからっぽになり、つぎに警察がふぬけになり、政府は中気《ちゅうき》になってしまった。
 さて、逃げ散った兵隊たちはその落ちつき先で、自分たちが政府の手先となって、どんなに人民たちからしぼりとっていたかをいやというほど思い知らされた。かれらを迎えてくれた人びとのほうがかれらよりも飢えていたからだ。寄るべのない兵隊どもはたちまちオオカミの群れに早変わりした。ゴロツキやヤクザ、浮浪人といった人間のクズどもがこれに加わった。シンフォニーつきの見事な地獄絵図が完成した。悪党どもは強盗団や山賊となってのし歩き、地獄の赤鬼、青鬼さながらに暴れまわった。かれらはひと握りのコメのために平然と人殺しさえやったのだ。ふぬけの警察はカカシほどの役にも立たなかった。いや、それどころか、警官のなかから強盗やゆすり、たかりをやるものどもがどぶのボウフラのようにわき出した。
 こうした悪党どもは、強盗、略奪、殺人、放火、その他えんま大王も舌をまくほどのありとあらゆる悪事をやってのけた。飢えをまぬがれるためにか? いや、はるかにその必要以上にだ! ああ! オオカミにもおとる悪党ども! 人間のもつ醜悪な性質――悪がしこさ、卑劣、残忍、強欲、狂暴が全土に爆発し、あれ狂ったのだ。おびただしい犠牲の血が流された。神や仏をのろいながらたくさんの善良な人びとが死んでいった!……」
「なぜです※[#!?]」とぼくはペンを投げ出して叫びました。「なぜそんなやつらにおとなしく殺されなけれ
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ばならないんですか※[#!?] 正当防衛の戦いをする人びとはいなかったのですか?」
「そうだよ、平四、人間はヒツジとはちがうのだ」とカンさんは熱のこもった声でいいました。「もちろん、戦いに立ちあがった人びとがいた。きみのその怒り、その叫び――不正をにくむ心、それをもった人びとが立ちあがったのだ。
 気高い心をもった人、善良な心をもった人、正しい人、勇気のある人が邪悪に対して戦いを宣告し、立ちあがった。全土に呼びかけがなされた。飢えてボロをまとった十歳の少年までが、田や畑や漁場や工場へ使者として走った。あちこちで、すこしずつの人びとが立ちあがった。しぼりとられながら黙黙と働いていた正直な人びと、ヒツジのようにおとなしく、イヌのように忠実に働いていた人びとがついに立ちあがったのだ。やがてささやきはとき[#「とき」に傍点]の声となり、くすぶりは野火となって、いたるところの村や町にひろがっていった。こうして、不正に対する自衛の戦い、人間の邪悪と人間の善艮との戦いが始まったのだ。だから日没国ではこの戦いのことを『人間戦争』と呼んでいるのだよ。
 徹底的な戦いが二年つづいた。善良軍は乏しい食糧を分かちあい、つくり出しながら、部落と部落、村と村、村と町というように同盟し、団結して戦った。老人も女も子供までも戦いに参加した。大多数をしめる善良な人びと――働く人びと、食糧や必要なものをつくり出す人びとが、ただ奪って生きてゆくだけの悪党どもに勝つのは当然なことだった。邪悪軍はいたるところで打ち破られ、しまいには国境の石壁へ、海へとのがれ出たが、連合国軍の砲火できれいさっぱり片づけられてしまった。
 荒廃と飢餓はまだ続いていたが、秩序がすこしずつ回復してきた。すると、雨後のタケノコのようにたくさんの指導者が名のりをあげ、さまざまな旗を振って怒鳴りたて、ほえたて、しゃべりたて、歌い出した。ざっとこんな具合だった。
『日本には平和憲法ができたというではないか。われわれもそれをつくろう!』
『日本は民主主義の国になったというではないか。われわれもそれをとりいれよう!』
『自由で平等な国をつくろう!』
『スイスのような永世中立国をつくろう!』
『神の国、愛の国をつくろう!』
『祖国日本への復帰にそなえて、カンナガラの国をつくろう!』
 いろいろな政党がぞくぞく生まれてきた。自由党、社会党、民主党、共産党、共和党、労働党、農民党、合理党、公平党、民主キリスト党、民主仏教党、日の丸党、菊花党……そのほかにもたくさんあった。
 論争が沸騰した。各党は幸福にいたるただ一つのカギを自分たちだけが握っているといわんばかりの剣幕でいいつのった。みんなが飢えていた。かれら自身も飢えていた。にもかかわらず、かれらはたがいにののしりあい、いがみあい、つかみあい、おしあい、なぐりあい、はては死人まで出すさわぎになった……」
「で、選挙をやって議員を選びだし、議会を開いて多数決で決めることにしたんでしょうね」とぼくは口をはさみました。
「いいや、どうして……」といってカンさんは肩をすくめて両手をひろげました。「飢餓のほうが選挙や議会より足が速かったのだ。それに、『人間戦争』を戦いぬき、きたえぬかれた勇士となっていた人びとは、てんからむかしながらの議会とか政府なんてものを信じなかったのさ。かれらは自分たちの手でつくった、ほんとうに信じられる政府がほしかったのだ。かれらは、各党派のいがみあいやののしりあいによって、すこしも事情がよくならなかったのを見てきた。争いからコメ一粒、ハリ一本、スキ一ちょうも生まれてこなかったことを知っていた。で、こんどは『人間戦争』の勇士たち――人民が怒り
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だし、さわぎだした。かれらは重い口を開いて無器用に叫びだした。
『きりのない話はいいかげんでやめてくれ! みんなが合点するような話を早くまとめてくれ』
『利口なおまえさんたちなんだから、話はすぐつくはずじゃねえか! でなけりゃ、ひっこんで肥やし運びでも手伝ってくれ!』
『おまえさんたちのいがみあいを続けさせるために、おれたちがコメやイモを出しているんじゃねえんだぜ!』
『そうだ! おまえさんたちが出してくれるものといったら、声と肥《こえ》ばかりじゃねえか!』
『もう待てねえぞ! いつまでおれたちを死に神とかけっこさせるつもりなんだい※[#!?]』
 こうして『人間戦争』の勇士たちがまた立ちあがった。国じゅうの村や町で、クジラやシャチやワシやタカやハンマーやツチがえがかれたむしろ旗がぞくぞくとススキ野のように立てられた。そして、かれらは各政党に要求した。
『七日七晩ぶっつづけでトコトンまで議論しあって、いい話をまとめあげてくれ! おれたちのような手足で働くことしか知らないバカものどもが安心して暮らせる国を考え出してくれ! 正直ものがバカをみない世のなかをな! そしてちったあおれたちも利口になるようにな!』
 各政党の指導者たちは、かれら勇士たちの叫びによく耳をかたむけた。この指導者たちもみんな『人間戦争』をかれらとともに戦いぬいてきた勇士たちだったのだから……」
 ぼくはカンさんの話にすっかりつりこまれて、じっときき耳を立てていました。
「一九四九年の早春のこと、むしろ旗の大群にかこまれた各政党の代表者たち三三○人がここへあつまった」といってカンさんはテーブルをなか指でとんとんとたたきました。「かれらはみんなすき腹をかかえ、どの顔もトンボのようなぎょろぎょろ目玉ばかり。だが、トンボ先生がたは国じゅうからあつまった『人間戦争』の勇士たち数千人がじっと見まもるなかで、けんけんごうごうの大議論をおっぱじめた。聞き手たちは、トンボ先生がたのキャンプや寝床や食事の世話をしながら、夜を日についで戦わされる大議論から生まれでる太陽を待った。が、三日たち、五日たち、七日たっても自分たちのゆく手を照らすちょうちん一個さえ生まれてこなかった。議論はこんがらかり、どうどうめぐりをするばかり。聞き手たちはあきれかえり、ほんとうに怒りだした。かれらは口ぐちにさけんだ。
『聞いたかみんな! あの連中は七日七晩おんなじことばかりしゃべくってるぜ!』
『そうだ、狂った蓄音機のようだ! おんなじ音色できりなくまわっている!』
『どうりで、おれにゃちっともわからねえ!』
『連中の話は砂を握るようなもんで、いつまでたってもまとまりそうもないぞ』
『タコだっててんでんばらばらの八本足をつかって、うまくからだを運んでゆくのになあ!』
『ムカデやヤスデだってたくさん足があるのに自分のゆく手をまちがえないぜ!』
『あの調子だと、国じゅうの食い物を食いつくしてしまうまでおしゃべりをやめそうもないぞ』
『おれたちゃ、ろくろく食わねえで乏しい食べ物を用立ててやっているというのに、連中はどうやら肥やしをつくることしかできそうもねえぞ!』
『おれたちゃ帰ってたねモミ一粒でもよけいにさがし出そう』
『そうだ、連中を腹の皮が背中にひっつくまでしゃべらせておくさ。そうなりゃ自然に話がまとまるだろうて』
 ざっとこんな具合だった。そして自分たち自身の会議をひらいて話しあったが、このほうは半日で話がまとまってしまった。というのは、かれらは正直ものがばかを見ないように、みんなで助けあって働く方法をきめればいいだけだったから。
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で、勇士たちから選び出された代表八人は各政党の指導者たちに自分たちの決議を伝え、それを尊重してあと三日間で話をまとめるように要求した。そしてこの期限が守られないときには、臨時政府と同様に、今後食べものはもらえないし、その他一切のめんどうをみてもらえなくなるだろうと断固としてつけ加え、自分たちの村や町へ引きあげる準備にとりかかったのだ。で、おどろいたトンボ先生がたは目玉と口をいっそう大きくしておしゃべりに拍車を加え、三日目の夕方、とうとう話をまとめあげた」
 カンさんは立ちどまってひとさし指をたて、ぼくの目をみつめながら質問してきました。
「さて、平四、最後に勝ちをしめたのは何党だったと思うかね?」
「わかりっこありません」
「そりゃ、そうだろうね。トンボ先生がた自身だって、どうおさまるのかまったく見当がついていなかったんだから。……けっきょくのところ勝ちをしめたのは飢餓党だったんだよ。偉大なる飢餓党に栄光あれ!」
「えっ! なんですって?」とぼくは叫びました。「さっきそんなへんな名の党のことはききませんでしたよ」
「そうだ。それは陰の勢力、一言もしゃべらない死に神だったのだから。ここへあつまってきた人びとは演説者も聞き手も死に神を背負ってきていたのだ。死に神はむしろ旗の一ゆれごとにほほえみ、重い足どりの一歩ごとにほくそえんでいたのだ。人びとは死に神のわらい声をじかに胃袋で聞いた。演説者は、目の前にいるこいつやあいつが敵なのではなく、ほんとうの敵は自分たち全部にのしかかっている死に神であることをさとった。で、かれらは共通の敵に対して団結し、ただ一つの飢餓党となり、十日間の大論戦をやめたのだ」
「それで、どう話がまとまったのですか?」
「それは飢餓に対する永遠の宣戦布告だった。……すべての人びとはただちに村や町の仕事場へ帰り、食糧や生活に最小限度必要なものだけをつくることになった。人民がもっている食糧はアワ一粒までぜんぶ調べてさし出させ、どんな人にも公平に分配し、これ以上ひとりの餓死者も出さないことに決められた。また、飢える者がなくなったときに、一万人に一人ずつの徳の高い代表者を選び出して委員会をつくり、新しい法律と新しい政府をつくり、形だけになってしまった臨時東北政府は廃止するということが決められたのだ。そして、この大会議にあつまったすべての人びとは、決まったことをかならずやりとげるとおごそかに誓いあった。各党派の指導者たちは、『人間戦争』の勇士たちの声をよくきき、人間としてのつとめを立派にはたしたのだ。このときのことをわれわれは『大飢餓会議』とか『大会議』と呼んでいるのだよ。
『大飢餓会議』はこうして終わり、人びとは田畑や漁場や工場などの自分の持ち場へ散っていった。かれらはそれぞれの持ち場で人びとの中心になり先頭に立って働き出した。『まず食糧をつくれ!』が全人民のあい言葉となった。食糧を生み出すために必要な道具類や肥料、それに最小限度の生活必需品のほかの品物は生産が中止された。
 手足を動かすことのできる者はみんな食糧づくりに参加した。金持ちも役人も商人も医者も坊さんも工員も野良へ出て働いた。漁師も海へ出ないときは野良へ出た。働く力を持ちながらぶらぶら遊んでいる者など一人もいなくなった。そんな人間がいたとしたら、『人間戦争』の生きのこりの敵、『大飢餓会議』の誓いを破る敵とされ、だれも養ってくれないので、生きてゆくことができなくなったのだ。
 あらゆる土地は耕作され、進んでいる土地は十センチ四方もなくなった。大地主や金持ちが広い土地を一人じめにして遊ばせておくことなどゆるされなかった。その土地を他の人びとがたがやして食糧を得ることができれば、多くの人びとが餓死しなくてすむというのに、それをこばむのは思いやりのない
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ことで、まさに『人間戦争』の敵どものやったことと同じことだとだれもが考えたからだ。で、こうした土地は、自分の土地を持たない人びとの手でたがやされた。すべての人びとがすべての土地をたがやしたのだ。
 臨時東北政府にのこされていたただ一つの仕事は、国じゅうの食糧をアワ一粒まで調べあげてさし出させ、公平に分配することだった。他人よりよけいに持っていたり、取ったりすることはだれにもゆるされなかった。わずかしかない上等の食糧は、それをもっとも必要とする病人や老人や子供にあたえられた。すべての食糧をすべての人びとが持ち、乏しいながらも公平に分かちあったのだ。
 このようにしてようやく大飢餓は征服され、死に神は退散した。餓死者がどうやら一人も出なくなったことがたしかめられたのは一九五○年夏のことだった。第二回目の『大会議』をひらくときがきたのだ。
 その年の秋の取り入れが終わってから、一万人に一人ずつの代表者を選び出す選挙が全国でおこなわれた。二十歳以上のものは、だれでも選び選ばれることができた。当時わが国の人口は『人間戦争』と『大飢餓』の結果、三八○万人に減っていたから、三八○人の代表者――『大会議』で決められた徳の高い人たちが厳重に選び出されたことはもちろんだ。かれらは『大会議』をひらいて、まる一年間、徹底的に議論しあい、考えぬいたすえ、まず根本法を定めた。つぎに自分たちのなかから、最も徳の高い八人のJDIを選び出して政府をつくった。それから、残りの一切の仕事を片づけて解散し、めいめいの村や町へ帰ってきた。用事が終われば、さっさと自分の持ち場へ帰って働くのが当然のこととかれらは考えたからだ。だからそれ以来日没国には国から村にいたるまで、代議士とか議員なんぞというムダなものはないのだよ。その後、『大会議』は十年ごとに三回ひらかれただけ。それも前に決められたことがいくらか修正されたくらいのもので、大筋は変わらずにこんにちにいたっている。……これが日没国の創世記さ。それは悲惨から出発した歴史だった。だがわれわれは、その悲惨を永遠に追っぱらったことを誇りにしているのだよ」
 カンさんは机にもどって腰をおろし、ひき出しから古ぼけた大きな懐中時計をとり出して見ました。ぼくはカンさんの話にすっかり感動してしまい、しばらくボーッとしていましたが、「もう九時だね」というかれの声でわれにかえり、大切な時間をさいてお話をきかせてくれたことに心からお礼をいいました。
「きみはきょう、たいへん疲れたろう」とカンさんはいいました。「早く寝るがいいね。ぐっすり」
 カンさんは一つおいたとなりの小さな部屋にぼくを案内してくれました。木のベッドと小机が置かれてあるだけの、病院の個室のような質素な部屋でした。ぼくはまっ白い布をかぶせた毛布をひっかぶって目をつむりました。
 すべてが死んでしまったような静かな夜のなかで、ただアオバズクだけがどこか遠くでホーホーと鳴いていました。

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