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六章
森のなかの小さな首都

            朝の散歩 ボロ建物の官庁 新しい首都の構想
            四つの州――真理・平和・友愛・平等と名づけられた州

(この国は小鳥の王国だなあ……)ぼくは目を覚ますとすぐそう思いました。(朝は小鳥の鳴き声から始まるんだ)
 小鳥どもの鳴き声をのせた朝の最初の光が、うすいカーテンをとおして部屋の半分に流れこんでいました。
(すると、日本は自動車の王国だな。自動車の音から朝が始まるんだから)ぼくは横浜のぼくの家の朝を思い出していたのです。
 そんなことを考えていると、こんこんとドアをたたく音。つづいて、「平四、起きたかね?」と呼ぶカンさんの声がしました。かれは朝の散歩にぼくをさそいにきてくれたのでした。
 早朝の涼しい、さわやかな空気に眠けはいっぺんに吹き飛びました。木立の下はまだ半分眠っていましたが、小鳥どもはもう枝から枝へと飛びかいながらにぎやかにさえずっていました。
 カンさんの部屋のある古ぼけた校舎のような建物は森の一角にありました。森の細道を奥のほうへ進んでゆくと、同じような木造の建物が点点とあちこちに見られましたが、どれも緑の底に沈んで静まりかえっていました。夏休みちゅうなので建物にはほとんど人がいないらしく、ときたまあけはなたれた窓のカーテンに人の気配が感じられるだけでした。ぶかっこうな古い建物をべつにすると、そこらあたりは一度遊びにいったとき見た軽井沢の高級別荘地に似ていました。しかしすぐ、大きな違いがあることに気づきました。そこには、建物をかこいこむ塀や柵、いかめしい門や門柱などがまったく見られなかったのです。そこは、開けっぴろげで広大な森林公園といったほうが適当で、いくつかの建物はそこへ迷いこんで坐りこんでしまったお客さんといった感じでした。
 ぼくはその森林公園のそとに、こぢんまりした首都の町があるのだろうと想像しました。ちいさな役所や銀行、かわいらしいデパートや商店、のんびりした人通り……。ぼくは日本のいなかの小都市を思い浮かべていたのです。そして、ふっと横浜のにぎやかな町町を思い出し、なつかしさをおぼえました。ぼくは、あとで首都の町を見物したいと思ってカンさんにききました。
「町はどっちのほうにあるのですか?」
「なんの町だね」とカンさんはききかえしました。
「政府のお役所とか市役所のある、あの町ですよ」とぼくはかれが何か勘違いしたのかと思っていいました。「銀行やデパートや商店が立ちならんでいる、にぎやかなあの町です」
「ああ、そういう町のことかね」とカンさんはいいました。「そういう町ならここにはないよ。ここは首都の市とはいうもののまだつくりかけで、まあ、大きな村といったほうがいいだろうからね。それから……きみが考えているような町はわれわれの国にはないんだよ」
 ぼくはちょっとがっかりしました。同時に、日没国はやはりたいへん貧しいのだと思いました。「知足者富」などという言葉をありがたがっているというのはその証拠かもしれません。考えてみればそれは当然のことです。三十年間も世界からしめ出され、何の資源もなく、貿易もできず、悲惨な「大飢
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餓」の歴史をもった国が日本のように豊かな暮らしができるはずがないのです。で、ぼくはその「大きな村」――つまり日没市の中心はどこなのかとききました。
「それはいまのところ、ここさ」といってカンさんは歩みをとめ、片足でとんとんと大地をけりました。
「この森がですか※[#!?]」とぼくはおどろいて叫びました。「すると、官庁はどこにあるんですか?」
「それは、きみがいま目にしているあれらの建物さ」
「へーえ、あれが官庁!」とぼくはまたおどろいていいました。「ぼくはお役人がたのただの宿舎――それも夏の別荘がわりのものかと思っていたんです」
「そう。宿舎でもあるがね」とカンさん。「そして同時にきみのいう官庁でもあるんだよ」
 ぼくはあらためて森のなかをぐるりとながめわたしました。古ぼけた木造平家建ての小学校の校舎のような建物が七つか八つ数えられました。それが中央官庁だなどとはとても信じることができませんでした? どう見てもそれは、ゲリラ政府の隠れ家といった具合だったのです。
 ぼくは日本の大都会を見たこともないカンさんをちょっとあわれに思いました。で、ぼくは東京や横浜の官庁の立派な建物のことや、巨大なビルが林のように立ちならぶ中心街の様子を話してやりました。ところがかれは、肩をすくめて両手をひろげただけで、ちっとも感心したような顔をしませんでした。ぼくはちょっと意地悪い気持ちになって、いってやりました。
「ここが首都の中心だなんて、日本では――いや世界じゅうのどこの国の人でも考えられないことでしょうね。日本では、どんな片いなかの小さな町でも、ここよりよっぽど町らしいですよ」
 カンさんはぐうの音も出ないらしく、また肩をすくめました。ぼくは調子にのってつづけました。
「ここには日本のいなかの町や村の役場ほどの建物もないようですね。横浜のぼくの家の近くの農家だってもっと豪勢なもんですよ。ちょっと土地を売れば億というおカネがはいるそうですからね。ですから、そういう農家は鉄筋コンクリート造りの大きな二階建ての家を建てて住んでいるんです。でも、ここにはその家ほどの建物の一つもないようですね」
「しかしね、平四……」とカンさんはいいました。「きみの国では住む家に困っている家族が全国で一千万もあるということだね。一家族あたり四人とすれば、じつに四千万人の人びとが家に困っていることになるね。東京では百万もの家族がアパートとかいう他人の家を借りてきゅうくつな思いをして暮らしているそうだね。そればかりではなく、自分の持ちものであっても風水害に危険な家、日当たり風通しの悪い家、せまい家、庭もない家、よごれた空気やうるさい音になやまされている家がたくさんあるということだね。とすると、国民の半分以上が住みかのことでなやまされていることになるね」
 ぼくはそんなことを一度も考えたことがなかったので、返事に困ってしまいました。どだい、そんなことはぼくに関係のないことだったのです。
「それはそうかもしれませんが……」とぼくはいいました。「でも、そのことが日本の官庁や町や村の役所の立派な建物とどういう関係があるのですか?」
「わたしの国ではね、平四よ……」とカンさんはいいました。「飢餓が克服されたそのつぎには住みかのなやみが問題としてとりあげられた。つまり、ボロをまとっても良い家に住むか、美しい着物を着ても悪い家に住むかという問題だ。もちろんわれわれはボロを選んださ。で、こんどは『まず良い家をつくろう!』があい言葉となった。いちばん飢えている者からさきに食べさせると同様に、いちばん住みかに困っている者からさきに家を建ててやった。これがわれわれのやりかたさ。いまでは住みかのことでなやまされている人民はひとりもいなくなった。で、そのつぎにはみんなのための建物を村や町に建て、いちばん最後にのこったのが政府の建物というわけさ」
「町や村につくったみんなのための建物といいますと?」
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「公会堂、学校、病院、図書館といったようなものさ」
「そういうものがつくられているのなら、どうしてここの建物ももっと早くつくりかえなかったのですか?」
「JDIたちがここの建物で満足しているんでね。じつは、ここの建物は新しい学校をつくるために取りこわした古い学校の材木を使ってつくったものなんだがね。JDIたちは、ここの建物がまだまだ長くもちそうだし、立派に役立っているといっているのだよ。だから、つくりかえることをゆるしてくれないのだよ」
 ぼくはこれまでに聞いたこともない話をきいたので、びっくりしてしまいました。この国でいちばんえらい人びとがいちはん立派な建物に住むのはあたりまえのことなのに、あべこべのことがおこなわれているというのです! ぼくは頭が混乱してしまい、黙ったままで歩きつづけました。あのアワビ村の住み心地のよさそうな家家のことを思い出しながら……。
「それにしても……」としばらくしてぼくはいいました。「JDIやあなたのような高い身分の人たちが、ああしたおそまつな建物に住んでいるなんて想像もできませんでしたね」
「高い身分だって※[#!?]」といって、ひとあしさきを歩いていたカンさんはふりかえり、目をまるくしてぼくの顔をのぞきこみました。「おどろいたね。きみは博物館にはいってしまったような言葉を使う。この国ではもうそういう言葉は使わなくなってしまったんだよ。そのかわりに高い徳という言葉は使うがね。そして、たとえばJDIはそうした人たちなのさ。FJDIというのは、いわばその弟子みたいなものだよ。身分という点からすれば、そのJDIだってただ普通の百姓にすぎないんだよ」
「でも……やっぱりぼくには国の恥みたいに思えますね。首都が森のなか、官庁がボロ建物だなんて……」
「ところがJDIたちはそれを国のほこりと考えているんだよ」
「国民がよく我慢できますね?」
「そこなんだ」とカンさんは手を打ちました。「JDIたちのいうことならなんでもよくしたがってきた人民が、ただ一つだけ――首都を立派につくりかえるかどうかという問題で反対したのだよ。全国の人民が猛烈にJDIたちに働きかけたので、とうとうしぶしぶながらJDIたちはそのつくりかえに同意してくれた。で、ようやく首都の建設にとりかかることができたのさ。いまそこを見せてあげよう」
 森をぬけると、かなりの高さの丘のふもとに出ました。カンさんは急な坂の小道の朝露をふんで、平地を歩くように身軽にずんずんのぼってゆきました。ぼくはすぐ息を切らし、やっとの思いでかれにしたがってのぼることができました。まもなくぼくらはすがすがしい朝日をあびて丘の上に立ちました。
「見なさい、あれだよ」と息ひとつ切らさずにカンさんはいいました。「あそこに新しい首都ができるのだ」
 カンさんの指さしている足もとを見おろし、ぼくは思わず息をのみこみました。
 そこには、幾重もの山山をめぐらせた美しい緑の盆地が朝日をあびて黄金色にきらめきながらひっそりと横たわっていました。それは、いつか一度、父母につれられて旅行したとき見た甲府盆地や善光寺平に似ていました。が、ここには一つの建物も見当たりませんでした。ところどころにピラミッドのような白い石の山がありましたが、そのほかはただいちめん緑におおわれた大草原か大牧場のようなものだったのです。
「われわれの計画を話そう」といってカンさんは人さし指を立てた手をいっぱいにまわして空中に大きく円をえがきました。
「さあ、平四よ、大きな車輪を空にえがいてみてごらん。軸から八木のヤを放射している直径二十キロ、
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円周六十三キロの車輪だ。できるかね?」
「はい、だいたいできます」とぼくは頭のなかで、横浜のぼくの家を中心にして半径十キロの円をえがいてみて答えました。
「よし。われわれはいま円周の一点に立っている。ではその車輪をこの下の盆地へおろそう。すると、その車輪はこの盆地にきっちりとはまりこむことになるのだ。車の軸はここにつくられる首都の中心になる。ほら、見えるかね? あそこの赤ちゃけた点が……」
 そういわれて、カンさんの指さすところをさがすと、草原のなかに赤ちゃけた一点が見つかりました。
「見えます。あの赤い点ですね」
「あれが車の軸、首都の中心になる。あそこに周囲四キロのゼロの形をした政府の建物が建てられる。だが、その高さは三階どまりになるだろうね。年寄りのJDIたちが強くそう望んでいるから。かれらはエレベーターやエスカレーターがきらいなんだ。いまその基礎工事が始まったところだよ。
 ゼロの輪のなかは大広場や庭園になるだろう。建物のまわりは百メートル幅の道路になるだろう。建物には、東西南北とそのあいだに一つずつ同じ間隔で八つの門が開けられ、そこから車の八本のヤのように道路が放射状につくられる。ヤとヤのあいだは適当な間隔をおいた道路で結ばれるだろう。つまり、クモの巣のような道路の網ができるわけだね。道路の両側とそのまんなかにはもちろん並木地帯がつくられるだろう」
「ああ、あれですね」とぼくは手を打っていいました。「アキラの車に乗せられてきたとき見た、あのゼロ道路と同じようにするんですね」
「そう、あれをもっと大きくしたものだ。……それから、ここの地下深くに核爆弾の退避所もつくられる」
「……すばらしい!」ぼくはその奇抜で壮大な計画に感嘆しながら、ひっそりと横たわっている緑の盆地をながめました。が、ただ一つだけ、この立派な首都にふさわしくないもの――核爆弾の退避所があると思いました。で、ぼくはそのことをカンさんに話しました。
「そんなものは、日本でも一つもつくられていませんよ」とぼくはつけくわえました。「たいへんなムダだと思われますね」
「軍隊をもっている日本人がそれをやらないということをわれわれは不思議に思っているんだよ」とカンさんはいいました。「われわれは、核兵器――あの人類の自殺道具といっしょにバカとキチガイとマチガイがこの世からなくならないかぎり、退避所は必要だと考えているんだからね。それに、退避所は核兵器を吸いよせないが、軍隊は磁石のようにそれを引きよせる性質をもっているんだよ。また、ムダということになれば、人類がつくったもののうち軍隊よりムダなものはなかったとわたしは考えているが、きみの国では飛行機、戦車、軍艦をもった二十七万人の軍隊を養っているね。そのほうがはるかにムダではないのかね。それにくらべれば、退避所は貯蔵庫にも地下道路にもそのほかいろいろな使い道があるから、けっしてムダにはならないんだよ」
 ぼくは半分がたもっともだと思いましたが、あとの半分はいままでに考えたこともないことなのでわからない問題でした。で、黙って盆地をながめていました。
「ところでひとつ、面白いことを敢えてあげよう」とカンさんはしばらくしていいました。「いいかね、平四。それは……わが国は四つの州に分けられているが、政府の建物とそのなかの大広場ほどの州にも乗っかることになるということなんだ」
「四つの州?……といいますと?」
「ああ、きみはまだ知らなかったんだね。ではそのことから話そう。
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 いいかい。南北に走る道路と東西に走る道路の中心線を大広場のなかへ延ばしてゆくと、それは十字に交わるね。この交点がわが国の中心になっているのだよ。十字の線をそとに向かって延ばしてゆくと、北に向かう線は津軽海峡に、南に向かう線は国境の石壁に達する。東に向かう線は太平洋に、西に向かう線は日本海に達する。われわれはこれらの線で国を四つに分け、四つの州をつくったのだ。ただしこの線のさきのほうはすこし曲げられているが、それは面積と人口を各州だいたい同じくらいにするためだ。だから、政府の建物とそのなかの大広場は四つの州に乗っかることになるというわけさ」
「なるほど! 面白いですね!」とぼくは叫びました。「それに、分けかたがたいへん簡単でわかりいいですね。学校で地理を習うときはらくでしょうね」
「それもそうだね。だが、なによりも人民も政府もたいへん便利なんだよ。どの州も自分の州に政府の建物をもっているし、政府の門は四方八方に広く開けられているからね」
「そうすると……」とぼくは、むかしの東北地方の地図を思い浮かべながらききました。「もとの青森県は東と西に分けられてしまったんですね?」
「そう。二つの州に入れられてしまったのさ」
「州は岩手州とか秋田州とか呼ばれているんでしょうね?」
「いや、われわれは新しい名をつけたね。根本法――つまり、きみの国でいう憲法によって」
「へーえ、変わったやりかたですね。それで、どんな名をつけたのですか?」
「それはこうだ。いいかね。北に走る線から東に走る線までのあいだの部分を真理州と呼ぶ。同じように、東の線から南の線までが平和州、南の線から西の線までが友愛州、西の線から北の線までが平等州と呼ばれる」
「………」あまり風変わりな呼びかたなので、ぼくはすぐ感想をのべることができず、ちょっと考えこんでしまいました。そのような変わった州とか県の名をぼくはまだ聞いたことがなかったのです。
「ずいぶんとっぴな名前をつけたもんですね」しばらくしてぼくはいいました。「だれが考え出したんですか?」
「第二回目の『大会議』にあつまったわれわれの三八○人の代表たちさ」
「新しがりやの人たちが多かったんですね」
「わたしにはその反対に思えるのだが……」とカンさん。「というのは、各州の名は人類がずっとむかしから使い古した言葉だからね」
「そういわれてみると、そのようですね」
「だが、それらほど敬遠されてきた言葉もなかったようだね」
「………?」
「つまり、それを守るのはしごくあたりまえのことなのに、ほとんどの人びとがおこないの上では背を向けてきたということさ」
「そういわれてみると」とぼくはおどろいていいました。「ぼくもその一人です」
「だから、われわれの代表三八○人は、それをしっかり抱きかかえて、決してはなしたくないとねがったのだよ。『大飢餓』や『人間戦争』と永遠にさよならするためにね」
 日はすっかり眠気をふりおとして白く燃え出していました。真夏のあつい一日が始まろうとしていたのです。
 帰り道、ぼくは盆地の緑野のなかに点点と見られた白いピラミッドが何なのかたずねました。
「あれは首都の建物や道路や、上・下水道などをつくる材料だよ」とカンさんは答えました。「むかし、あの盆地にはたくさんの山や谷があった。一九七○年、自分たちの村や町をつくってしまった人びとが
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国じゅうからここへあつまり出した。われわれはいちばんあとまわしになった首都づくりの仕事にとりかかったのだ。山はくずされ、谷はうめられて、あの盆地ができあがった。そのとき切り出された石があの石山なんだよ」
「首都はいつできあがるんですか?」
「あと二十年かな」とカンさんはのんびり答えました。「みんなは日没国が世界に出る日までには完成させたいっていっているから」
 カンさんの部屋へもどると、ゆうべの少年が運んできてくれたらしく、机の上に朝食がのっていました。玄米でつくられたという大きな黒いパン、なまのままのトマトとキュウリ、それにミルクといった質素な朝食でした。ぼくは朝の散歩でおなかがすいていたので、のこらずおいしく平らげました。ミルクはちょっと草のにおいがしましたが、まるでコンデンスミルクのようにとろりと濃く甘くて、すばらしくおいしいものでした。で、ぼくは何を入れてそうしたのかききました。
「日本人はずいぶん変わったことをきくね」とカンさんは答えました。「これはただの牛乳さ。あの盆地の草を食べた牛からしぼっただけのものだよ」
「でも……」とぼくは抗議しました。「日本のミルクはこんな味じゃありません。これにくらべると、水のようにうすくてさっぱりしていますよ」
「きみの国の牛は水ばかり飲まされているんだろうよ」そういってカンさんは笑いました。
 朝食がすむとカンさんは、JDIに連絡してくるからしばらく待つように、といって出かけてゆきました。

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