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一一章
ゼンマイ村

            ケンの歓迎 ケンの家のなか ヒロシおじさんとイネおばさん
            村のあらまし――五つの区・村のJDIのことなど

 太陽がその日の旅を終えようとして西の山なみに近づいたころ、ぼくは胸をときめかせて谷間の小さな駅で汽車から降りましたが、プラットフォームがあんまりガランとしていたのでひょうしぬけしました。乗客は一人もなく、降りたのはぼくだけ。長いプラットフォームの石畳の上には、前のほうで運転手と話をしている駅長と、後ろのほうの貨車から荷をおろしている駅員のほかには、そのなかほどにのっそり突っ立っているイガグリ頭で色の黒いのっぽの少年がいただけでした。
 白い半そでのシャツを着て空色の半ズボンをはいたその色の黒いのっぽは、ぼくのほうにゆっくり歩いてきながら白い歯を見せました。
「きみ、平四だね?」とかれは小首をかたむけていいました。ぼくはかれのほうへ歩きながらうなずきました。
「待ってたよ。ぼくヒルタ・ケン」といってかれはぼくの肩に両手をおき、仏像のような切れ長のやさしい目でぼくを見おろしました。よく日やけして、のんびりした長い顔でした。
「ぼく、森平四」とぼくはあらたまっていいました。「よろしく……」
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「カンさんからヒロシとイネに……それからぼくにも電話があったよ」とケンはいいました。そしてヒロシというのはかれの父で、イネは母だとつけ足しました。
「ああ、カンさんが!……」とぼくはよろこびの声をあげました。
「ヒロシはカンさんの友だちだよ。きみはカンさんの友だちだってね。すてきだ!」そういってケンはぼくの横にならび、背くらべしながら肩ごしにぼくを見おろしました。
 つぎの瞬間――おどろいたことには、ぼくはあおむけに宙に浮いて天を見ており、背なかの下で愉快そうに「歓迎!」と叫ぶケンの声を聞きました。ケンは両手でもってぼくを頭の上に差しあげて歓迎してくれたのです。
「軽いんだなあ、きみは」とケンはぼくをそっとおろしながらききました。「何キロあるの?」
「四三キロぐらい」とぼくは答えました。「身長は一メートル六○。ぼくはちっちゃいほうなんだよ。きみは?」
「ぼくは大きいほうだ。体重は六○キロくらい。身長は一メートル八○になるところだよ」
 ぼくはケンとならんで動きだした汽車と反対のほうへ歩み、山賊のとりでのような石造りの駅のだれもいない待合室を通りぬけて駅前の小さな広場へ出ました。ぼくははじめから乗車券などもっていませんでしたし、だれもそのことで何もいわなかったので、この国の客だからそんなことに気をつかわなくてもいいのだろうと思っていましたが、ケンも入場券を買ったようすがなく、自由に駅に出入りしているようでした。それどころか、改札口らしいものがないことに気づいたのです。で、そのことをケンに聞いてみると、かれは、日没国では汽車に乗る人は自分の行く先をつげて、そこまでの料金を払いさえすればそれでいいので、乗車券などないのだと答えました。
「じゃあ、一円払って、百円分乗ることができるね」とぼくはおどろいていいました。「つまり、すきなようにごまかすことができるってわけだね!」
「そんなことをした人のはなしはきいたことがない!」とケンは目をまるくし、おどろいた顔をしていいました。「うそをつくのかい? うそをつく人、わるい人!」
 こぢんまりした広場には自転車が二台ならんで置かれてありました。
「きみ、自転車に乗れるだろうね? 平四」とケン。
「もちろんさ」とぼくは答えました。「ぼく、サイクリング車をもっているんだぜ」
 ケンはうなずいて自転車に乗り、ぼくについてくるようにといって走り出しました。ぼくもつづいて自転車に乗り、ケンのあとを追いました。
 それはぼくのサイクリング車の三倍も重そうな、がんじょうにつくられた自転車でした。そして、ぼくの車についている方向指示器やスピードメーターやストップライトなど一ダースもの器具はなんにもなくて、ただ大きな荷台がついているだけというしろものでした。
 ぼくは重い自転車をこぎながら「ずいぶん遠いのかい?」とケンに声をかけました。
「すぐだよ、平四」とケンが叫びました。「ただの八キロだ!」
 ぼくらは一列の並木をもつ土手で石畳の車道からへだてられた、幅四メートルくらいの歩道をしばらく走りました。まもなくのぼり坂にかかりましたが、ケンはすこしもスピードをゆるめず、ぐんぐんとばしてゆきました。ぼくは負けてなるものかと歯をくいしばり、サドルからしりを浮かせていっしょうけんめいにペダルを踏みましたが、からだは汗びっしょり、胸はふいごのよう、足は棒のようになってしまったので、とうとう降参して自転車を降りました。そして、ふうふういいながら重い自転車を押して坂道をのぼりだしました。
 ケンは百メートルもさきの曲がりかどでふりかえってぼくを見ると、自転車を降りて待ってくれまし
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た。
「どうかしたのかい? だいじょうぶかい?」ぼくが近づいたときケンはおどろいたような顔をしていいました。「少1の連中だってもっと上までゆけるんだよ」
 少1というのは少年学校一年生のことでした。
「どうもしない、なんでもないんだ」とぼくは息を切らせながら負けおしみをいいました。「長いあいだ自転車に乗らなかったから、ちょっと疲れたんだよ。それに、この自転車はぼくのサイクリング車とくらべるとやけに重いんでね」
 とはいったものの、自分のサイクリング車に乗ったとしても、その坂道を少1の連中の半分ものぼれそうもないことはわかっていたのです。
 ケンはぼくとならんで自転車を押し、長い長いジグザグの坂道を歩いてくれました。その坂道をのぼりきると平らな道になったのでほっとして自転車に乗りましたが、しばらくするとまた長い坂道にかかり、自転車を押してゆかねばなりませんでした。こうしたことが三、四度くりかえされたので、ぼくはくたくたに疲れてしまって悲鳴をあげました。
「ケン、まだこんな坂をいくつものぼらなきゃならないのかい?」とぼくはわれながら情けないと感じたほどの泣き声に近い声をだしました。
「これがいちばん長い最後の坂だよ。もうすこしだからがんばって」といってケンはぼくの右側にならび、ぼくの自転車のサドルに左手をかけて押してくれました。「前によりかかるようにして歩くんだ。手ぶらで歩くよりらくだよ。のぼりきったところでひと休みしよう」
 ぼくはハンドルにあごをのせるようなかっこうをして自転車にもたれかかり、ただ黙って地面を見つめながら坂道をのぼってゆきました。その坂をのぼりきったところの並木土手には、百年も前からそこに生えていたと思われる、ふたかかえもありそうな太いアカマツが一本、ちいさな仲間たちをしたがえてそそり立ち、四方に見事な枝をひろげていました。ぼくらはその根もとに腰をおろしてひと休みしました。
 ずいぶん高くにのぼってきたとみえて、深い谷谷が足もとに横たわっているのを見おろすことができました。ちょうど夕日が西の空いちめんに大きく美しい赤いとばりをゆっくりおろしているところで、遠く近くの山山は紅葉したように照り映えていました。そして、これにこたえるかのように、谷谷の底からはきだされた薄いミルク色の夕もやが谷間をうずめながら静かに山ひだをはいあがっていました。あちこちでヒグラシゼミが夕暮れをつげて鳴きかわし、谷からの冷やかなそよ風は汗を心地よくぬぐいとってくれました。
「ずいぶんのぼってきたね」とぼくはそよ風に目を細めながらケンにききました。「駅はどのへんになるんだろう?」
「あのへん……」ケンは谷底のもやのなかを指さしながらいいました。「駅からこのマツの木まで五キロあるんだよ」
「きみのうちは駅からずいぶん遠いんだね。村はずれにあるのかい?」
「いいや」ケンは細い草の茎を口にくわえながらいいました。「村の部落はむかしからここの台地にあるんだよ。鉄道のほうが村はずれを通っているのさ」
「じゃあ、いろいろと不便だろうね」
「だれもそういわないよ」
「ゼンマイ村は友愛州にあるんだね」とぼくははるか東のほうにつらなる奥羽山脈らしい山なみをながめながらいいました。
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「ああ、そうだよ。州の旗は赤地に白い星が一つ、すばらしい旗だぜ……」ケンは目をかがやかせました。
「むかしの県はなくなったんだってね」とぼくはカンさんからきいたことを思い出しながらききました。
「じゃあ、この村の上のなんとか郡というのもなくしてしまったのかい?」
「うん」とケンはうなずきました。「州のなかには市と町と村があるだけさ。だけどほとんどが村だよ」
「郡のようなものが州と村のあいだにないと、つごうが悪いんじゃないのかなあ」
「市や町をやめてしまって村だけにしたほうが簡単でいいっていってる人が大勢いるよ」
 もやの底からちょっとものがなしい汽笛の遠ぼえの音がひびいてきました。
「あれはおしまいの汽車だ」といってケンは草の茎をはき出して立ちあがりました。「そろそろ日が暮れるよ。さあいこう」
 平らになった並木道をすこし走ってから、近道だというせまい小道にはいりました。それは自転車が二台ならんで走るのにはちょっとせまいくらいの農道といったふうの道で、段段になっている青田や畑のあいだや小山のすそを曲がりくねり、ゆるやかに起伏しながらつづいていました。いかにも山奥の村らしいなごやかな景色がペダルを踏む足を軽くしてくれました。夕日をきらめかせて小みぞから田へそそぐ細い流れ。あちこちでふくみ声で鳴くカエルの声。ねぐらへいそぐ鳥の黒い影。ときどきぽつんぽつんと見られる農家のわらぶき屋根。けれども、そうした家のまわりには人影はみられず、ひっそりと静まりかえっていました。
 夕日が山の端【は】にかかったころ、かなり広い平地の並木道に出ました。道路はりっぱな石畳に変わり、両側に家が見られました。やっと部落にはいったのでした。
「もうすぐ、ぼくのうちだ」とケンがふりむいていいました。
(こんな山奥に!……)ぼくは目を見はらずにはいられませんでした。それはすばらしい部落だったのです。いや、部落というよりは高級別荘地といったほうがよいかもしれません。ぼくは、あのアワビ村の部落を見たときのおどろきを思い出しながら自転車を走らせてゆきました。
 そういえばそこは、あのアワビ村の部落に似ていました。石畳の車道をはさんだ二すじのリンゴ並木、その両わきのオオバコがたくさん生えている歩道、その歩道にそって色とりどりの草花を咲かせている広びろとした庭庭、その奥のほうに木立に埋もれている石とコンクリート造りの低くがっしりとした家家……。通りすがりにざっと見て、一つの屋敷の間口はたっぷり五十メートルはあるようでした。ぼくらのほかには人通りはなく、通りも庭も家もひっそりと静まりかえっていました。うすやみがただよいだしたころだったので、ぽつんぽつんと黄色い電灯がともりはじめていました。その明かりを見て、ぼくは急に空腹を感じました。
 門のないケンの家の広い前庭にはいると、みそしるのいい香りがただよってきて、すき腹をくすぐりました。キヅタの吸いついたポーチの石の柱のそばに、玄関の明かりを背にして、中年の背の高い男の人と女の人――ヒロシおじさんとイネおばさんがぼくらを待って立っていました。二人は自転車を降りたぼくらのほうへ歩みよってきました。
「おそかったね、ケン」とおばさんはいいました。「また駅長と運転手のおしゃべりかい?」
「いいや、一本マツでひと休みしてきたんだ」とケン。
 おばさんはほほえみながら両手を差しのべて近より、ぼくの両手をとって握りしめました。
「こんにちは……」とぼくはどぎまぎして、とんちんかんなあいさつをしてしまいました。
「こんばんは」といっておばさんは、こんどはぼくの両肩にその手を置き、「よくきてくれたね、平四。こんな山奥まで」といいました。「だけど、ここはいいところだから、ずっといておくれよ。わたしら
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はそうしてもらうつもりなんだからね」
 かわって、おじさんが大きな右手でぼくの手を握り、左手でぼくの肩をつつむようにして軽くたたきました。
「ほんとに、よくきてくれたね、平四。いちばん貧しかったわたしらの村にね」おじさんは片ほおで笑いながら静かな声でいいました。「だが、わたしらはきみをがっかりさせるほどうまくやってるよ。さあ、おはいり」
 ぼくはおじさんの大きな手に肩をかかえられて石を敷きつめた玄関にはいり、家のまんなかをつらぬいている幅二メートルほどの板張りの廊下にあがりました。そこで、おじさんは指さきにちょっと力をこめてぼくを引きとめ、「そうだ、まず、うちのなかを見てもらおうか」といって案内に立ちました。
 おじさんの家は、石とコンクリート造りの低い平家で、岩屋のようにがっしりした感じでしたが、内部は太い柱や分厚い板でつくられているので、やわらかな落ちつきをもっていました。家は正しく南を向いているそうで、玄関をはさんで東側と西側に、押し入れつきの十二畳くらいの広さの板張りの部屋が二つずつならんでいましたが、どの部屋も木製のベッドや机、いすといった必需品のほかにはこまごました道具類や飾りものがほとんどなかったので、たいへん質素で広びろとしている感じをうけました。いちばん東側はおじさんの部屋、そのつぎがおばさんの部屋、玄関のとなりはケンの部屋、いちばん西側は客用の部屋となっていましたが、その部屋には牛が乗ってもびくともしないようながんじょうな木製のベッドが二つ置かれてあり、その一つには、もうぼくのために清潔な白布でおおわれた夜具がのべられていて、その上にきちんとたたまれた着替えのシャツとズボンと寝巻がおかれてありました。そして廊下の北側には、東から、台所とそれにつづく居間、裏口へ通じる幅一メートルあまりの廊下をへだてて、ふろ場とトイレットがならんでいました。そのほかに――そのときははいりませんでしたが――食料品をたくわえる十二畳の広さの地下室があるということでした。おじさんは、こうした家がゼンマイ村の標準だといいましたが、それはともかくとして、ぼくはその家がぜいたくな広さでもなく、せま苦しくもなく、住み心地のよきそうな、落ちついたいい家だと思いました。
 ポーチではケンが油布をつかって二台の自転車の手入れをしていました。それを見てぼくははっとし、手伝おうと思ったとき、おばさんがすぐふろにはいるようにといったので、ケンにすまないなと思いながらふろ場へゆきました。それは六畳ほどの広さのもので、北側の窓ぎわに大小のミカゲ石を組みあわせてセメントで固めた湯船があって、湯があふれんばかりにはいっていました。浴室のひとすみは洗たくものの洗い場になっていましたが、電気洗たく機はないらしく、手で洗う仕掛けになっていました。
 湯船につかって窓をあけ、いちめんにたれこめた夕やみをすかしてそとをながめると、裏手のほうは野菜畑になっているらしく、近くにサトイモの大きな葉の茂みが見え、チ、チ、チと鳴く虫の声が流れこんできました。いい湯でした。(こんなふろがあるんなら……)とぼくはからだを洗いながら思いました。(なるほど、若いうちから温泉へゆくほどのこともないな……)いそいでふろからあがってケンと交替し、着替えをして食堂と兼用になっている居間へいってみると、丸太に支えられた、台の厚さが十センチもある大きな白木のテーブルの上に夕食の支度がととのえられてありましたが、おじさんとおばさんは、魚を焼きなおしたり、みそしるをあたためなおしたりしていました。それはたしかに、ぼくがとちゅうでへたばって着くのがおくれたためでした。
 ケンがふろからあがってきてテーブルにつき、夕食になりました。ぼくは腹ぺこになっていたので、ムギめしを何ばいもおかわりして、横浜のうちにいたときの三倍もつめこみ、ぼくの夕食の新記録をつくりました。しかし、ケンは軽くぼくの倍もつめこんだようでした。野菜の煮つけ、コイの塩焼き、みそしる、漬けもの――みんなすばらしくおいしいものでした。とりわけ、おいしいと思ったのは、みそ
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しるとコイの塩焼きでした。それもそのはず、みそは――三カ月ばかりでつくって売り出される日本のものと違って、ケンの家で三年前につくられたというものでしたし、コイの塩焼きは――海の魚ばかり食べていたぼくにとって、はじめての川の魚だったばかりでなく、ケンの家の池で飼っていたものをおじさんが腕をふるって料理したもので、もうせん、この家に泊まったカンさんもとてもほめていたという自慢料理だったからです。
 食後はお茶をのみながらくつろいで、いろいろの話をしました。とはいうものの、おじさん一家はみんなどちらかといえば無口のほうで、ぼくの話をききたがったので、ほとんどぼくひとりでぼくの家庭のことや学校のこと、横浜の町の様子や国境をこえてゼンマイ村へくるまでのことなどをしゃべらなければなりませんでした。
 おじさんはいすの背にもたれてからだをそらせ、二重まぶたの大きな目をなかばとじ、ほお骨とあごの張った黒い長い顔をかしげ、ときどき片ほおで微笑していました。その顔は何となく馬の顔を思わせるのでしたが、といってもそれは、しっぽをふりふり草を食べているときのあのやさしい馬の顔でした。
 おばさんの顔は、しもぶくれの卵がたで、ほどよく日やけしていて血色がいいために赤卵のようでしたが、かのじょはその顔をほころばせて声をたててよく笑いました。笑うと一重まぶたの細い目が糸のように細くなり、きっちりとならんだまっ白い歯がまぶしいように光りました。ケンはほおづえをついてぼくの話をきき、ときどきくすくす笑うのでしたが、その長い顔はおじさんゆずり、切れ長の一重まぶたの細い目はおばさんゆずりと思われました。
 ぼくがひととおりのおしゃべりをし終えると、ケンが「弁護士ってどんなことをするの?」とふしぎそうにおじさんにたずねました。ケンはぼくの父の仕事がわからなかったのです。
「むかしこの国にもあったが、いまはもうなくなってしまったややこしい仕事さ」といっておじさんはケンに説明してやりました。ケンはそんなつまらない質問をいくつもしました。
「そんなに若いのに、まあずいぶん忙しく生きてきたものだね!」とおばさんはぼくの話にそんな感想をもらしました。「じゃあ、ここで夏休みじゅうゆっくり休んでゆくがいいよ。わたしらはなんにもかまわないからね」
 おじさんはかれの家のことを話してくれましたが、それはとてもかんたんで、一口で片づけられました。それは――おじさんの家では、おじいさんもおばあさんももうなくなってしまって、家族はここにいる三人きりで、仕事は百姓だという、それだけのことだったからです。そのかわりに、ゼンマイ村のことを話しだしました。
「わたしらのゼンマイ村は、……まあちいさな日没国と思ってもらえばいいだろうね」とおじさんは大きな目をひらいて、持ち前の静かな声ではなしました。「村びとは約三、六○○人だが、みんな百姓とその家族で、八○平方キロの、山の多い土地に住んでいる。村は、この国の四つの州にかたどって四つの区に分けられている。このほかに村の中心区というものがあるが、それは村びとみんなのためのもので、ここにほみんなのための広場や建物――公会堂、学校、博物館、工場、倉庫、病院といったものがあって、例外的に少数の人たちが住んでいるだけだ。大多数の人びとは四つの区にほぼ等分にわかれて、およそ八百人あまりずつ住んでいるのだよ。そして、わたしらは村の西のほう――四区に住んでいるのさ。四区は……」おじさんは柱時計をちらっと見てつづけました。「いや、それよりさきに村のJDIのことを話そう……」
「村のJDI?……」とぼくは思わず口をはさみました。
「そう、村の……。村にも――町でも市でもそうだが――JDIがいるのだよ。きみの国でいうなら、さしずめ村長や助役や村会議員などをいっしょにしたようなものかな。だが、……いや、いや……」お
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じさんは肩をすくめて片ほおで微笑しました。
「やはり、まるっきりちがうものだね……。国に八人のJDIがいるように、この村にも八人のJDIがいるのさ。かれらは各区から二人ずつ選び出された自由人だ。かれらは、何はさておき、徳によって選び出された人たちだから、村びとぜんぶから非常な尊敬をうけている。だからかれらはみんな、いずれおとらず正直で、思いやり深く、自分の欲がなく、賢い人たちだ。……」
「それでいて」とおばさんが口をはさみました。「陽気で、愉快で、明るくて、ほがらかな人たちだよ」
「まあ、そういった人たちがわたしらの村の指導者なのさ」とおじさんがしめくくりました。「だからわたしらはうまくやっている」
「でも……」とぼくは前からいだいていた疑問を出さなければなりませんでした。「八人だと、意見が二つにわかれたとき、きまりがつかなくて困るんじゃないですか?」
 おじさんは肩をすくめ、おばさんは大声をたてて笑いました。
「きみは多数決の原理とやらのことをいっているのかね? あの古ぼけた……」おじさんは片ほおでほほえみながらいいました。「わたしらのJDIは一人の意見でも七人の意見より正しいことがあり、それに従わなければならない場合があることをよくわきまえているよ。だから、どうして四人の意見が他の四人の意見より正しいかどうかということがわからないことがあろうか。かれらは賢い人たちなのだよ」
 ぼくにはどうもおじさんのいうことがわかりかねましたが、おばさんがいままでJDIたちの意見がわかれて困ったということを聞いたことがないというので、あとでよく考えてみることにしました。
 柱時計が九時を告げました。ケンが立ちあがっておじさんとおばさんにおやすみをいったので、ぼくもそうして居間から引きあげました。ケンはぼくの部屋へいっしょにきて、雨戸をしめたり、リュックサックを押し入れにしまったりしてくれながら、少年学校の生徒は九時に、幼年学校の子供たちは八時に寝ることになっているのだといいました。
「そいつはすばらしいね」とぼくはあくびをかみ殺しながらいいました。「いやな勉強をさせられなくてすむんだから」
 それからケンは、ぼくの部屋からかれの部屋へ通じる分厚い木のドアのむこうへ姿をかくしました。
 ぼくは自分の家に帰ったよりも気楽な気分になってベッドにはいり、大の字になって大あくびをし、そして大きなのびをして目をつむりました。

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