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一四章
寄生虫の話・文字改革

            朝の草刈りと馬乗り 五時間労働と寄生虫の話
            ヒロシおじさんの第二の仕事 へんな略字 警察がないわけ

 静かに雨戸がすべる音でぼくは目を覚ましました。暗やみで耳をすますと、その音はケンの部屋からきこえてきました。飛び起きて雨戸をそっとあけると、夜明けのうす明かりが流れこんできました。
 野良着を着て早朝の草刈りに出かけようとしているおじさん一家をぼくは玄関さきでつかまえ、いっしょに連れていってくれるようにたのみました。
「まだすっかり疲れがとれていないだろうから」とおばさんはいいました。「ゆっくり休んでいればいいのに」
「疲れなんかこれっぽっちものこっていませんよ」とぼくは元気よく答えました。「なにしろ、この国へきて以来ずっとお日さまといっしょに起きられるような時間に寝ているんですからね」
「朝めしをもっとおいしくしたほうがよさそうだね」とおじさんがいいました。
 おばさんはケンが何年か前に着たツギのあたった古い野良着を出してきてぼくに着せてくれました。
 朝日のさきがけが山の端《は》をうす赤く染めはじめたばかりだったので、庭木もリンゴ並木も道ばたのオオバコも、夜露をやどした葉っぱ一つ動かそうともせずにまだまどろんでいました。けれども、早起きの小鳥どもはもうかれらのせわしい一日にとりかかっていて、ピイピイさえずりながら枝から枝へと飛びかい、朝を告げまわっていました。
 ぼくらは西に向かって進んでゆきました。あちこちの屋敷から二人、三人と野良着をつけた人たちが出てきて、おたがいに朝のあいさつをかわし合っていました。なかにはぼくにあいさつの言葉をかけてくれる人もいました。
「よう、平四、おはよう! なんとまあ、その服はきみによくお似あいだぜ!」
 ぼくはだぶだぶの服のえりのなかに首をすくめました。
 並木道がつきると、そのさきはゆるやかに起き伏しする丘陵地帯で、広びろとしたトウモロコシやダイズやタマネギなどの畑が広がっており、そのずっとさきはソバ畑になっていました。村びとたちは朝の最初の光をあびながら、点点とあちこちのあぜ道をとおってソバ畑のほうに進んでゆきました。ソバ畑のさきのくぼ地に、木立にかこまれた五、六軒の黒がわらやわらぶき屋根の農家が身をよせあっていました。そのちいさな部落の裏手はだだっ広い山のふもとの草地で、ゆるやかな上りこうばいをもって北のほうの山へはい広がっていました。
 この部落には人はひとりも住んでいませんでした。というのは、――ケンがいうには――ここにいた人たちは四区に新しい屋敷がつくられてから、みんなそちらへ引っ越してしまったからです。で、ぼくは日没国にはいって最初に見たアキラの村のちいさな部落に、人がひとりも住んでいなかったわけがわかったのでした。
 これらの農家はいまでは修理されたり改造されて、納屋や作業場などに使われていました。おじさんについてある家にはいってみると、そこは道具置き場に使われていて、片がわの壁には草刈り用の大ガマや小ガマがずらりとかけられてありました。
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 おじさんはナギナタのような大ガマを手にしました。おばさんとケンが小ガマをとったので、ぼくもそのまねをして小ガマを手にしました。村びとたちはめいめいの得物をたずさえて草地へ散らばってゆきました。
 しかし、まとまりもなく散らばったように見えた村びとたちは、たちまちいくつかの持ち場にわかれて形をつくりはじめました。大ガマを手にした屈強な人たちは――女性もかなりまじっていましたが――前に出てカリの一群のような編隊をつくり、そのあとに、小ガマやナワを手にしたり一輪車を押した女たちや少年少女の一隊がしたがいました。
 カリの編隊は大ガマの刃で朝日をキラキラとはねかえしながら、腰の高さほども生い茂った草をなぎ倒しつつ山のほうへ進んでゆきました。みんな草刈りの名人で、大ガマがなぎ払われると、草は三メートルばかりも半円をえがいて倒れ伏すのでした。小ガマを手にした連中は、刈りのこされた草やちいさなくぼ地の草を刈ったりまとめたりし、一輪車の連中はナワでたばねた草を乾草やたい肥をつくる場所へ運ぶのでした。
 ぼくはといえば――なにしろ生まれてはじめてカマを手にしたものですから、ほとんどおばさんやケンの仕事のじゃまにきたようなものでした。やれ、そんなでは草は刈れない、――そら、あぶない、葉さきで目を突かれる、――それ、そうすると足を切る、――といった具合に注意され、ついにはケンに草のつかみかたやカマの使いかたを手をとって教えてもらわなければなりませんでした。けれども、ぼくは一生懸命にやり、だんだんコツをのみこんでいきました。カマをにぎる手がいたくなり、汗がふき出しましたが、刈り倒された草のいいにおいをかぎながらみんなといっしょに働くことはとても楽しいことでした。
 先頭の大ガマ隊から、いかにも草刈りにふさわしい、のんびりしてユーモラスな歌声がわき起こりました。すると、みんなはそれにあわせて歌い出し、草地いっぱいに大コーラスが広がり、となりの牧場で草をはんでいる牛や馬の群れをおどろかせました。
 しばらくすると、おばさんは、ぼくとケンにさきにいっしょに帰ろうと声をかけてくれました。ぼくはまだ一時間も仕事をしていないように感じたので、もうすこしつづけたいと思いました。みると、女の人や少年少女たちはさっさと仕事をおえて引きあげはじめており、大ガマ隊も先頭のほうから片づけ仕事にかかかっていました。
 ケンは「ぼくはヒロシといっしょに帰る」といって、ぼくに何やら目くばせするが早いか牧場のほうにむかってかけ出しました。ぼくは刈りとられた草の山をとびこえとびこえケンのあとを追いました。
「またかい! しようがない子だね!」とうしろのほうでおばさんが叫んでいました。「気をつけるんだよ!」
 ケンは二メートル近い高さの牧場の柵に片手をかけたかと思うと、軽がるとそれを飛びこえ、馬の群れめざして走ってゆきました。ぼくは、柵のいちばん上の横木にまたがったとき、ケンが雪のように白い馬のたてがみをつかんでひらりと飛び乗るのを見ました。ケンは馬首をめぐらせてぼくのそばを通りながら「平四、そこで見ていてくれ!」と叫びました。そして馬の腹をけって「ハーイ!」という大声をのこし、山のほうに向かって駆け去りました。
 ぼくはおどろきと軽いうらやみの気持ちで、速度をはやめながら遠ざかってゆくケンと白馬のうしろ姿を見送っていました。
 ぼくは馬に乗ったことなど一度もありませんでした。それどころではなく、じつは生まれてこのかたほんものの馬を見たことは二、三度――それも逆園地にいって――しかなかったのです。横浜や東京の町では人の数よりも多いくらいの自動車が走りまわっているばかりで、もう小馬一頭も見ることができ
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なくなっていました。で、ぼくの馬は――紙の上かテレビのスクリーンの上で動きまわる影にすぎなかったのです。
 ケンは馬の背にからだを伏せて飛ばしはじめました。ケンも馬もおもちゃのようにちいさくなり、くぼ地に隠れました。ふたたび姿をあらわして、ゆるやかな斜面をかけあがったかと見ると、またくぼ地に姿を隠しました。……やがてマメつぶほどにちいさくなったケンと馬は山のふもとの小高い丘に生えている三本のアカマツをまわってもどりはじめました。
 まもなく、ケンの上気した赤い顔と馬の鼻あらしがせまってきて、ぼくの前でとまりました。ケンは汗ばんでつややかになった馬からリスのように身軽に飛びおりると、その鼻づらをたたきながらいいました。
「乗ってみないかい? 平四」
「乗れないんだよ」とぼくは柵の横木にツバメのようにとまったままでなさけない声を出しました。
「ぼく、まだ一度も乗ったことがないんだ。そりゃ、とっても乗りたいんだけど……」
「なあに、だいじょうぶだよ」とケン。「はじめて乗ったことがなかったものはだれもいないんだから」
「じゃあ、ちょっと乗ってみようかな」とぼくはこわごわいいました。「だがね、ケン。ほんのすこし歩かせるだけだぜ。そのあいだきみは馬をしっかりつかまえていると約束してくれるね?」
「いいとも、はじめはそうやるんだ」ケンはしゃがんでぼくに肩をさしだしてくれました。ぼくはケンの肩に足をかけて馬の背に乗りましたが、見おろすと地面はぐっと遠ざかり、あたりのようすが一変していたのでこわくなりました。しかし、ケンがたてがみをとってゆっくり馬を歩かせてくれたので、しだいにこわさはうすらぎ、愉快な気分になってきました。目の前で朝日をうけて銀色にかがやくたてがみ、左右にゆっくり流れてゆく黄緑色の牧草。しりや両ももの下でゆれ動くあたたかい馬の筋肉、……はじめて味わうすばらしい感覚。
 ぼくはすっかり満悦してしまい、ヒューと口笛を鳴らして叫びました。
「わーい、すてきだ! ほんものの馬だ! 愉快だなあ!」
 すると銀色のたてがみがゆれ出し、牧草の流れが早くなりました。たてがみに手をかけたままで走りながらケンがさけびました。
「ひとりですこし走らせてみないか?……手をはなすぜ」
「あっ、まってくれ!」ぼくはあわてふためいて馬の首にしがみつきながらさけびました。「手をはなしちゃいけないよ! まだひとりじゃムリだ。けさはもうこのくらいでいいんだ」
 ケンがもと来たほうへ馬の向きをかえると、柵にもたれてぼくらを待っているおじさんの姿が見えました。
 もう村びとたちが帰ってしまったあとを、ぼくとケンはおじさんといっしょに帰ってきました。
 太陽はもう眠気をすっかり払いおとし、またきのうのように力強く燃えはじめていました。
「きょうも暑くなるな……」とおじさんは目を細めて太陽をあおぎながらつぶやきました。「まったく穴ごもりの季節というものだ。……穴ごもりにかぎる……」
「穴ごもりって?……」ぼくはそのへんなひとりごとにつられておじさんを横から見あげました。「それは、冬、クマのするあのことですか?」
「そのまねさ」とおじさんは答えました。「若い人たちや子供たちはやりたがらないが、わたしのようにぼつぼつ半自由人という年になると、穴ごもりがいちばんということになるんだよ」
「穴ごもりもいいけど、ぼくは牛後、泳ぎにゆくよ」とケンが口をはさみました。ぼくはさっそくその考えに賛成し、いっしょにゆく約束をしました。それからおじさんに半自由人ってなんのことかときい
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てみました。
「ああ、それはみんながじょうだん半分にいっていることなんだがね……」とおじさんは微笑しながらいいました。「というのは、この国では五十歳から六十歳になるまでは一日に三時間働けばいいことになっているから、その年の人たちは半分だけ自由人になったというわけなのさ。……もっともふつうの人なみに働かなければ退屈で困るという人はそうしたっていっこうにかまわないがね」
「じゃあ、青年学校の学生なみの労働時間ですね」
「そう。若い人たちには学ぶ時間がたっぷり必要だし、老境にはいった人たちには休む時間がたっぷり必要だからね」
「それはすてきなことですね。ぼくの父なんか五十二になったというのに、一日十時間も働いているんですよ。それも好きでやってるようではなさそうなんです」
「それは気の毒に……」
「でも、まだましなほうらしいですよ。六十になっても七十になっても、働かなければならない人びとが大多数だそうですからね」
「ますます気の毒にね」
「日没国ではふつうの人は――つまり二十歳から五十歳までの人は一日に何時間働くことになっているのですか?」
「その年の天気にもよるが……」といっておじさんはちょっと首をひねり、そしてつづけました。「最近の十年間は平均して六時間だったね。だが、これは働きすぎのようだったよ。ことしからは五時問になりそうだね。もちろん、夏の穴ごもりの一カ月と冬の穴ごもりの三カ月のあいだにやる必要最小限度の仕事も計算に入れてのことだがね」
「………!」ぼくはおどろきのあまり、すやには言葉がでませんでした。
「信じられませんね!」しばらくしてぼくはいいました。「日本では八時間労働が原則だそうですが、じっさいは残業をやって十時間も十二時間も働いている人のほうが多いそうですよ。それどころか寝る時間もおしんで働いている人だってうんとこさいるそうです。父がそういってましたよ」
「ああ、そんな話をきいたことがあるね。かわいそうに……。だが、その働きの中身のことを考えてみると、もっとかわいそうになるね」
「中身といいますと?」
「なんのために、なにをやっているかということさ」おじさんはトウモロコシ畑へ目をやって頭をひねりながらいいました。「億万という富をかかえこんでいながら、もっとそれをふやしてグウタラな子孫にのこそうと働くのはあわれなこと。そうした富をつかもうとして一生をあくせくしてついやすのもあわれなこと。自分とその家族を養うためとはいいながら、人殺し道具からぜいたく品、はてはあってもなくてもいいようなガラクタにいたるまでのありとあらゆる品物を、つくり出し売りつけて働かなければならないのもあわれなこと。こうした連中とまったく同じ動機で動かされているくせに、国民の幸福とか国民への奉仕とか、神や仏の教えとか、教育とか知識とかをもったいぶって売りつけて働かなければならないのもあわれなこと。……」
「だんだん話がわかりにくくなってきますね」
「そうだろうね。わたしは話がへただから。だがまあ要するにわたしのいいたいことは、人間が平和に生きてゆくためにほんとうに必要な労働時間というものは案外少ないということなんだよ。人間ほどムダなことに時間と物をついやす動物はいないということをまず知らなければなるまいね」
「たしかに、あくどいことやごまかしをやるのはよくないことですが……でもやりすぎなければ……」
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「いや、もったいぶって上品に、ほどほどにやってる連中だっておなじことさ」
「欲望を節制することは、たしかに大切なことでしょうが、そうすると生きがいがなくなってしまうみたいですね」
「そうしたほうが、ほんとうの生きがいがあるというものなんだがね」
「失業する人がうんと出ませんか?」
「一人で十時間も働いていたのを二人で五時間ずつ働くことにしたらどうだろうね?」
「そんなことをしたらサラリーが半分にへってしまって、やっていけませんよ」
「なるほどね。だが二十一世紀へ目をむけると、みんながそうやってがまんしなければならないのではないかね?」
「そんながまんはできないでしょうね」ぼくは年がら年じゅうおこなわれているストライキのことを思いうかべながらいいました。「だから、いまよりもっともっと多く働かなければならなくなるとしか考えられませんね」
「きみはそうしたいのかね」
「したくないですが、しかたがないでしょうね」
「とすれば、わたしの国のように思い切って人口を抑制するしかみちがないね」
「………」
「そして、わたしの国のようなやりかたでみんなが働かないと二十一世紀も、そのさきもずっと平和にすごすことはできなくなるだろうね。……あ、ちょっと」
 おじさんは話を切ってトウモロコシ畑にはいり、野良着のポケットからひもを取りだすと、倒れかかっていた一本のトウモロコシをまっすぐに起こしてしばりました。そして根もとに土をかきよせ、踏み固めてもどってきました。
「わたしの国ではね、平四……」とおじさんは話をつづけました。「あの首都にいるJDIのうちで、コメやマメつくりはもちろんのこと、たい肥つぐりや肥《こ》やし汲みにいたるまでの百姓仕事をやったことがないものはひとりもいないんだよ。そんなふうだから、立派な五体を持ちながらぶらぶら遊んで暮らしているものや、くだらない仕事にうき身をやつしているといったものはひとりもいない。また、国のJDIから村のJDIにいたるまで、質素で簡単な生活をすることを重んじているから、ぜいたく品はまったくつくられていないし、不要不急の品物はほとんどつくられていない。こうしてムダなものがなくなり、寄生虫もいなくなると、五時間の労働でもらくにやってゆけるようになるのだよ」
「その寄生虫ってのはどんなものですか?」
「おおづかみにいえば、みんなに養われているというのに、立派な手足をそなえていながら、それに見あうだけのみんなのためになるものを、ぜんぜん、あるいはすこししかつくり出さない人間――むさぼり、盗み、なまけ、しないほうがいいようなことをしている人間といったようなものかな」
「といいますと……、もっとわかりやすくいえば、どんなふうな人のことですか?」
「この国にはもう、そういったやっかいな生きものはなくなってしまったから……」といっておじさんは肩をすくめて両手をひろげ、空をあおぎました。「どこかよその国の例で話さなければなるまいね」おじさんはちょっとそり身になって、いつもとはちがったちょっと皮肉な口調で話しました。
「自分の骨をうめる土地さえ持てない人がたくさんいるというのに、広い土地をひとりじめにしてぬくぬくと暮らしている地主。その日の食べものにも不自由するあわれな人びとがたくさんいるというのに、七回生まれかわっても使いきれないほどの財産をかかえこんではなさない金持ち。ふいちょうしていることは一千万分の一もやらないのに、地位やカネや勲章を手に入れようという段になると、一千万人と
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いえどもわれゆかんとふるいたつ政治屋。自分を養ってくれる人民にはそっくりかえり、上役にははいつくばり、昇給と退職金と年金の計算にしか関心や情熱をもたなくなってしまった役人。白い手をして手品のようにカネや物をあやつるだけで、黒い手をして物をつくって働く大衆の血を吸いとっている金貸しや商人。人のたましいを救うどころか自分のたましいも救えないくせに、お経だの説教だのおまじないだのを押し売りし、行ない澄ました顔をしている宗教屋。ざっとこういうところがAクラスの寄生虫だ。つぎはBクラス。……若いころ、やっとこさ覚えこんだ知識を一生オウムのようにしゃべりつづけるだけで、充電や改良を忘れているなまけ教授や教師連中。卒業証書をこの世のいちばんの通行手形と思いこみ、それを手に入れることだけが目的で、屈強なからだをもてあましながら五年も六年もグウタラな毎日を進んで送っている学生の大群。みだらでいやらしいことや血なまやさくむごたらしいこと、その他どうでもいいくだらないものを際限もなく書きまくり描き散らし映し出すえせ[#「えせ」に傍点]芸術屋。どぶのアブクのようにわいては消えさるろくでもないはやり歌つくりとその歌い手。法律で武装して堂堂とやっているものから、かくれてこそこそやっているものにいたるまでのバクチ屋。人間の労働のもっともムダな浪費の見本である見せものスポーツ屋。そして最下級をしめているのは、光にそむいてやみのなかでうごめいている、いやらしく、みじめで、あわれな生きもの――酒を売り、こびを売り、自分のからだまでも売って生きている女たちや、ヤクザやゴロツキ、暴力団といった連中だ……」
 エノコロ草の茎を前歯のすき間にはさんでぶらぶらさせながら歩いていたケンがフフフと笑っていいました。
「ヒロシ、ずるい! それはみんなゴロイチじいさんがいってたことだよ」
「ハッハッハッ」とおじさんは、かれにしてはめずらしい大声で笑っていいました。「だけど、わたしはじいさんの弟子だからね」そしてその話をしめくくりました。「こうしたわけで、寄生虫をなくしてしまえば、一日五時間労働でも、いや四時間労働でも――しかもそれを楽しみながらやってゆけるものなんだよ」
 家につくとおばさんが朝食を用意していました。ぼくらはコイの泳いでいる池で顔や手足を洗い、からだをふいてテーブルにつきました。
 その日の朝食は黒いムギめしとナスのみそしる、生卵といった簡単なものでしたが、早起きして運動してきたあとだったので、おじさんがいったとおり、すばらしいおいしさでした。生まれてはじめてのおいしい朝食といってもいいすぎではありません。それもそのはず、横浜の自分のうちにいたとき、ぼくほいつも夜ふかし朝寝ぼうをしていたので、朝食といえば起きぬけにトースト一枚を紅茶やミルクでむりやり胃ぶくろに流しこむというしまつだったからです。
 食後はおじさんのいう「穴ごもり」の時間でした。おじさんは、廊下のケンの部屋の壁にそって置かれてある大きな本だなから、一冊の本をぬきとって自分の部屋に引きこもりました。ふと、ぼくはそれまで気にもとめていなかったその本だなに心をひかれました。ちょっと見たところ、それは目だたないありふれたものでしたが、よく見るとりっぱなものでした。それは、さい銭箱のように分厚い板でがんじょうにできあがっており、三百年も前につくられたかのような古めかしい型でしたが、かざりけのない、重おもしい、ふしぎな美しさをもっていたのです。ぼくは思わず手をのばして、黒みがかったアメ色に光るその本だなをなでてみました。
「それはヒロシがつくったものだよ」とケンがかれの部屋のドアをひらきながらいいました。
「へーえ、おじさんがね……」
 ぼくはちょっとおじさんのことをきいてみたくなったので、ケンについてかれの部屋にはいりました。
「じゃあ、おじさんの第二の仕事は大工さんなの?」
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「いいや」ケンはにやにや笑いながら答えました。「なんでも屋さ」
「なんでも屋って?」
「なんでもやるからなんでも屋さ。ヒロシは自分でそういってるよ」
「すばらしい人なんだね!」
「いいや」ケンは肩をすくめていいました。「それほどでもないらしいんだよ。というのは、ゴロイチじいさんにいわせると、なんでもやるけどなんでも人よりゆっくりしすぎるんだって。だから第二の仕事というにはどうかと思うものばかりなんだそうだよ」
「でも、あの本だなは……」
「しっかりした、いいものだそうだよ。だけどあれをつくるには人の三倍も時間がかかっているんだよ」
「じゃあ、おじさんのいちばん好きな仕事はなに?」
「穴ごもりして本を読んでいることらしいね。そうやってる時間がいちばん長いから」
「第二の仕事って気らくなものなんだね」
「どんな仕事を選ぶかによっては非常にきびしいものだってあるさ」
「でも、なんにもしないことをえらぶ自由だってあるんだろう?」
「あるよ。だが、そんな人は見たことも聞いたこともないね」そして歌うようにいいました。「なまけるひとは悪いひと……」
「それなんのこと?」
「ちいさな連中が歌っている歌の文句だよ」
「なるほどね。なまけていれば自分のためにならないだけでなく、人のためにもよくないからね」
 で、ぼくはぼくの仕事を思い出して自分の部屋にもどり、きのうのつづきのノート書きにとりくみました。
 仕事は面白いようにはかどりました。……気持ちのよい疲れを感じたので、ペンをおいて立ちあがり、両手を高くのばしながら窓のそとの庭木とその短くちぢんだ影をながめました。居間の時計がけだるそうに十一時を告げました。
 ぼくは気ばらしに気楽な小説か漫画本でも読もうと思って廊下の本だなへゆき、ぎっしりつまった本の背表紙をあさりました。しかし、がっかりしたことには、そこには漫画本など一冊もなく、文学書はあっても翻訳もののシェイクスピアとかゲーテとか、ユゴーとかトルストイといった古くさく、こむずかしそうなものばかりで、そのほかの本といえば、農業、自然科学、哲学といったようなものばかりでした。しかたがないので、ぼくはいちばんやさしそうなトルストイの民話集をぬき出して部屋にもどり、ベッドに寝ころんでページをひらきました。
 その本は漢字まじりのカタカナで印刷されてありましたし、さし絵がたくさんのっていたので、ケンがちいさなときに読んだものと思われました。ぼくが小学生のころ読んだおぼえのある短い話もいくつかありました。ぼくはなつかしく思って、その一つ二つをなにげなく読みすすむうち、二つの奇妙な発見をしておどろきました。その一つは――へんてこな漢字の略字がたくさん使われていることで、前後の関係から読みこなせるものもありましたが、どう考えてもわからないものがかなりありました。もう一つは――ぼくの記憶のなかにあった話と中身がずいぶんちがっていることでした。読めない略字に出くわしたにもかかわらず、ぼくは(このほうがほんものだ!)と思いました。というのは、その本からロシアの土のにおいがしてきて、素ぼくなお百姓のかざりのない言葉がきこえてくるように感じられたからです。ぼくは、ぼくがむかし読んだ話にはひどい省略があったり、つくりかえがされていたことに気づき、ほんもののかわりににせものをつかまされているのを知ったときのいまいましいおどろきを感
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じました。
 ぼくは飛び起きて押し入れからリュックサックをひっぱり出し、退屈したときにでも読もうと思っていた『日没国法典』をとり出してぱらぱらとめくってみました。やはり、カタカナで書かれた条文のなかにへんてこな略字がちりばめられてありました。(日本の法律はカタカナ書きとヒラガナ書きの両方だけど、だんだんヒラガナ書きに改正されている……)とぼくは考えました。(してみると日没国はまだおくれているんだな。しかし……)ぼくはいそいで本だなへいって、そこにある本を手あたりしだいに取り出してページをくってみました。そしてもっとおどろいたことには、そこにある本のほとんどは、へんてこな略字まじりのカタカナで書かれた本であり、ローマ字で書かれた本もいくつかあったのに、ヒラガナで書かれたものはただの一冊もなかったのです。ぼくはどう考えてもわからない奇妙な略字をいくつかノートに書き出してケンの部屋のドアをたたきました。
 ケンは『ファーブルの昆虫記』のつづきを読んでいました。その本をのぞきこむと、やはりそれも奇妙な略字まじりのカタカナ書きでした。
「こりゃあ、いったいどういうことなんだい?」とぼくは略字を書き出したノートをケンの前にさしだしてききました。
「それは、略字というもんだよ」とケンは目をぱちぱちやって答えました。「それがどうかしたっていうのかい?」
「略字だってことはわかってるさ。でもこれは、すごーくヘンチクリンで奇妙キテレツだぜ。そうは思わないかい?」
「べつに……。ぼくらはこういう字を習ってきたんだよ」
「じゃあ、しかたがないや……」といってぼくは「※[#「ワかんむり/心」]※[#「ワかんむり/彡」]」という文字を指でつっつきました。「たとえば、これなんていう字?」
「ユウウツって字だね」
「ユウウツって……あの」
 ぼくはその、もとの漢字を書こうとしましたができませんでした。ケンと二人がかりでやってみましたが、「憂」の字は書けても、「ウツ」のほうはわかりませんでした。するとケンはおじさんの部屋へゆき、「略字表」という古ぼけたうすい本を一冊もってきて調べはじめました。
 もとの漢字は「憂鬱」という字でした。
「ああ、この字だった!」とぼくはさけびました。「なんども見たことがあるのに書けない字だ。ふくざつすぎるね!」
「見ただけでユウウツになる字だね」とケンは肩をすくめていいました。「略字なら幼年学校の子供たちだってすぐおぼえられるのに!」
 二人で略字表を調べてみると、ぼくが書き出した略字のもとの漢字がわかりました。その表には、その略字を考え出した人の名前と年齢と、かんたんな説明がついていました。そのなかにはとてもユーモラスな説明もありました。
「※[#「ワかんむり/心」「ワかんむり/彡」]」は「憂鬱」という字の一部分をとり、思い切ってかんたんにしたもので、「※[#「ワかんむり/心」]」は心にフタがかぶせられてふさがれているありさま、「※[#「ワかんむり/彡」]」は草木などがけもののぬけ道もないほど生い茂っているありさまをあらわしていると説明されてありました。同じように、「※[#「口/一/口」]※[#「ウかんむり/小」]」は「警察」という字の一部分をとってかんたんにしたものでしたが、その説明はふるっていました。まず「※[#「口/一/口」]の字の「口」は「くち」で言葉を意味し、「一」は横たえた棒のことで警棒を意味するというのです。そして警棒の上にある「口」は人民の言葉を、その下にある「口」は警察官の言葉を意味しており、ぜんたいとしては、
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警棒はやたらに立てて使うものではなく横たえて使うもので、これをはさんで人民と警察官は、つねになっとくのゆくように話しあって秩序をたもってゆくべきだということでした。また「※[#「ウかんむり/小」]」の字は警察官がその役所で仕事をするときの態度をあらわしたものだそうで、ただでさえいかめしく大きな建物のなかで横柄にふんぞりかえっているのはよくないので、思いやりの心をもってへりくだり、小さくなっていなければいけないという意味をあらわしたものだということでした。あと、おもしろいものをいくつかひろってみましょう。――「攻撃」の「撃」の略字は「縦棒+手」」で、立てた棒を手にしたありさまをあらわしたものです。「晩餐」の略字は「※[#「日を横」]※[#「企の止が水田の地図記号」]」で「※[#日が横]」はお日さまが横になったようすをあらわし、「※[#「企の止が水田の地図記号」]」は屋根の下のテーブルにたべものがならべられたようすをあらわしているのです。「※[#「ウかんむり/人」]」が「家」、「※[#「国がまえ<((丶+丶)/横棒/(丶+丶))」]」が「歯」、「※[#「厶+丶」]」が「鼻」の略字であることは説明ぬきでもわかるでしょう。
 ざっとこんな具合で略字は千字とすこしありました。そしてケンの話ですと、おどろいたことには、「山、川、土、人……」といったやさしい漢字はべつとして、そのほかの漢字ほもちろん、ヒラガナまでも廃止されてしまっており、そのかわりにローマ字が使われはじめたということでした。
「そういえば警察そのものも廃止されてしまったんだってね!」とぼくはいいました。「カンさんがそういってたっけ」
「ああ、ぼくが生まれるよりずっと前にもうなくなってしまったんだよ」
「どうしてなくなってしまったんだい?」
「どうしてだって※[#!?]」とケンはハトのように目をまるくしてききかえしました。
「だって……」とぼくはケンがおどろいたよりもおどろいて口ごもりました。「だって、ぼくの国ではまい年まい年警察官がふやされているんだよ……」
「ドロボーとかなんとか……」といってケンはしばらく言葉をさがしているようでしたが、やがてそれをあきらめたらしく、頭をふり肩をすくめていいました。「とにかく、ケイサツの用事がなくなってしまったそうなんだ。むかしは人民ケイサツってのがあったそうだがね。人にめいわくをかける者がいなくなってしまったんだよ。めいわくかけるは悪いひと……だからね」
 ぼくはケンとすこし話をしてみて、日没国に警察がなくなってしまったわけがわかってきました。なんといっても、この国では食べてゆくのに困る人が一人もいないのです。そこへもってきて、人民はみな質素を重んじてかんたんな生活をたっとんでいますから、カネや物をうばいあうために起きる犯罪というものがなくなったのです。必要最小限度の自動車しかもたないうえに、その運転ときたら頭の上に水がめをのせてあるくように慎重ですから、交通事故というものも起こりません。これだけでおよそ文明国で犯罪とよばれているもののあらかたが消えうせてしまうらしいのです。そのほかに、おさえつける政府とこれに刃向かう人民、資本家と労働者といった対立がないので、騒動もなければストライキもないのです。ケンの言葉でいうなら、「自分で自分のものを盗むのかい? 自分で自分の首をしめあげたり、自分で自分に向かってストライキってのをやるのかい?」ということになるのです。
 ぼくは日没国の本を読むためには、ぜひとも略字をマスターしなければならないと思い、それを全部ノートしようと決心しました。で、略字表を借りるためにケンといっしょにおじさんの部屋へゆきました。
 おじさんは窓ぎわにもち出したゆりいすにながまり、メガネをかけて本を読んでいました。そのようすからみると、かれが草地で大ガマをふるっていたお百姓とはとても思われないもので、農業大学の教授とでもいったほうが似つかわしいほどでした。
 おじさんはぼくの頼みをきいてくれたばかりでなく、よかったらそれをあげるといってくれました。そして日没国の文字の改革のことについてすこし話してくれました。
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「文字の大改革がおこなわれたのは十五年前のことだったね」とおじさんはメガネをひたいにずりあげていいました。「あのときは三年間というもの国をあげて大議論をやったものだったよ。そのあげく人民投票をやって、カタカナをのこしヒラガナを廃止し、そのかわりにローマ字を用いることにしたのだ。
 そして漢字はといえば、山とか川とか土とか水というようなやさしい文字と略字約千字だけをのこすことにして、そのほかの星の数ほどもあるわずらわしい文字は全部きれいさっぱりと廃止してしまったというわけなんだよ」
 そこへおばさんが昼食の知らせにやってきましたが、ドアのそばに立ちどまって話に耳をかたむけました。
「カタカナをのこしてヒラガナを廃止したわけは……」とおじさんはつづけました。「おなじことをあらわすのに二種類の文字を使うなんてバカげたエネルギーのムダだし、カタカナのほうが書きやすくて能率的だとされたからだよ。星の数ほどもあった漢字とサヨナラをしたわけは説明するまでもあるまい」
「でも……」とぼくは口をはさみました。「ヒラガナを廃止してもかわりにローマ字を使うなら、あんまりエネルギーの節約にならないのではありませんか?」
「そうだね。まだ中途はんぱだった」とおじさんは片ほおに微笑をうかべていいました。「あのころ、わたしはいまのような改革に大賛成だったんだがね……」
「あのころはね」とおばさんが口を出しました。「わたしはカタカナとローマ字だけにしようという意見に大賛成だったんだよ。ところがいまでは、若い人たちはローマ字だけにしようっていい出しているのさ」
「また大議論がはじまりそうだね」といっておじさんはひたいからメガネをはずし、ゆりいすから立ちあがりました。「そうなったら、わたしは若い人たちの肩をもつよ」
「もちろん、わたしもそうするよ」といっておばさんはドアをひろげました。
「じゃあ、サトル先生はよろこぶだろうな」といってケンは手を打ちました。
 文字の話は昼食のテーブルの上までもちこされました。そのなかでも面白かったのは漢字の略字をつくったときの話でした。
 人民投票によってつくられた文字改革委員会は、むずかしい漢字を選び出して公表し、その略字を全人民からつのったというのです。すると、幼年学校の生徒から百歳の自由人にいたるまで、百万人をこえる人びとが知恵をしぼってこれに応じたそうです。アイディアに富んだ人びとのすばらしい工夫がこうずいのように委員会に押しよせました。すぐれたものが採用され、その人の名前と年齢とともに公表されました。一人で二十字も改革した知恵者もいたということで、あるJDIは「人民は汲めどもつきせぬ知恵の泉だ!」とほめたたえたそうです。
 こうして日没国の人びと――とくに子供や若者たちは十五年前から、ただ文字を覚えるということだけにそそがれていた意味のない、バカげた、そしてとほうもないエネルギーの浪費から解放され、それをもっともっと大切なことにふりむけることができるようになったということでした。

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