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一六章
おカネのいらない国

            森の下草刈り 腕時計の修理代 日本のカネと労働券 銀行がないわけ
            カネの貸し借りはいやしいこと 人間を支配する悪魔――カネの追放

 牧場のとなりの大きな黒い森で早朝の下草刈りがはじまりました。それはマツ、スギ、モミ、ブナ、イチイなどの大木の群れがはてしなく奥へ奥へと広がりつづく森で、ぜんたいにはゆるやかな傾斜地の上にありましたが、そのなかに平地やくぼ地や小高いふくらみがあるかと思えば、岩場やせせらぎやけわしい斜面もあって、変化に富んでいました。で、何百人という四区じゅうの働き手たちも、いくつかの組に分かれてその持ち場に向かうと、たちまち森にのみこまれて姿を消してしまうのでした。
 しかし、そこは、――あの国境の密林とはうって変わって――人里ちかくてよく手入れされているせいか、たいそう親しみ深く美しい森でした。ぼくがそれ以前に日本で見た寺や神社や公園の手入れのゆきとどいたどんな森よりも――いや、テレビや写真で見た外国のどんな有名な森よりも、それは親しみ深く美しく思えました。たぶんそれは、人間の浅はかな行ないによって大自然の秩序と平和がすこしでもそこなわれることをきらうこの国の人びとの考えによって、つつしみ深い、たくみな手入れがされてきたためだったでしょう。また、それにもまして、この村の人びとがその森をだれそれのものではなく、自分たちみんなのものとして愛情をこめて守り育ててきたためだったのでしょう。
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 労働は楽しいものでした。みんなはそのエネルギーに応じて、朝のスポーツでれやるかのように楽しみながら働いていました。自由人たちはいくつかのグループをつくって、あっちの平地、こっちのくぼ地というふうに分かれて気ままに働き、気ままに休んでいました。なかにはつえをついて森へきただけという老人もいました。大人たちについてきていた少5以下の子供たちは、自由人とおなじあつかいなので、暗緑に染まった森のなかを海底の小魚のように自由に泳ぎまわっていました。ホタテ村の連中はキャアキャアさわぎながら山ウサギを追っかけまわしていましたし、ケンは昆虫を求めて木から木へとうろつきまわり、うずくまったり腹ばいになったりして根っこのほら穴をのぞきこんでいました。そしてぼくはといえば、刈り倒された下草が放ついいにおいや、切りおろされたマツやスギの下枝のヤニの香りに酔いながら、美しい森の景色にあちこちと引っぱりまわされていました。
 せせらぎのそばでは、何人かの自由人たちがひと休みしながらおしゃべりをしていました。
「ここの空気はとくべつにうまいからなあ、お若い衆……」とつえを手にした百歳にもなろうという老人が大声でいいました。「小鳥どものさえずりを聞くのもいいし、こぼれ落ちる日の光を見るのもうれしい。とりわけ、旗を立てて働く若者たちを見られるのは楽しいことだ。だからわしは何の役にも立たんが、ここへこうしてやってくるのさ」
「わしらだっておなじことさ」とハゲ頭のてっぺんにこぼれ日の金貨をおどらせている九十くらいの老人が応じました。「わしらの下草刈りなんぞ、まあ、ままごと遊びかせいぜい朝の運動といったもんだからなあ」
「なにせ、わしらみんなの森だからなあ」とべつの老人がいいました。
「そうだとも。だから何もかもこんなにすばらしいんだ」ともう一人がいいました。「むかしのように、ここがだれかれの持ちものだったら、こんなにも人があつまってこなかったろうし、こんなにも美しくながめられなかったろうよ。これがたとえ政府の持ちものだとしてもな」
「たとえゼンマイ村の持ちものだとしてもだ」とだれかがいいました。「そうなりゃあ、あのホタテ村のこどもたちを仲間はずれにすることになるからなあ」
「お若い衆、けものや鳥や虫どもも仲間だということを忘れんようにな」といちばんの年寄りがいいました。「もっとも、あのクマおやじのような、らんぼうするヒトやむさぼるヒトは悪いヒトだから、これはべつだが‥…」
 老人たちはひと笑いし、またかれらの朝の運動に楽しげに取りかかりました。
 ずっと奥のけわしい傾斜地で働いていた若い人たちのなかから歌声があがりました。ひとりの男の歌い手が、カマを使う人びとの手をとめさせるほどのすばらしいのどで、ろうろうと一節を歌いあげると、それを追っかけて力強くみごとな若い男女の合唱が森をゆるがせました。するとこんどは、ひとりの女の歌い手がつぎの一節を引きとって、ゆたかな、よくとおる美しい声を鳴りひびかせ、草の上にかがみこんだ年寄りたちの腰をシャンとまっすぐに立たせるのでした。それは『リパブリック讃歌』に似たメロディーの、素ぼくで陽気で力に満ちた歌でした。こうした、いかにも森のなかの労働にふさわしい歌がつぎからつぎへと流れてゆきました。
 ぼくは自由人たちにまじってカマを動かしながら、日本の森のことを思い浮かべないわけにはいきませんでした。いつか新聞で読んで知ったことですが、日本のいなかでは最近若者たちが都会へどんどん流れていってしまって人手が足りないために、ヘリコプターで森に除草剤をまき散らしているということでした。
(人手が足りないだって?)とぼくは考えました。(いっぽうでは海や山や観光地へ何百万という人びとが押しよせて、ごったがえしているというのに! そればかりではなく、失業者が百万人もいるって
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いう話なのに!……これはいったいどうしたことなんだろう。……だれかの持ちものでない、「みんなの森」がないからじゃないのか?)
 ぼくはさっき、せせらぎのそばで自由人たちが「みんなの森」のことを話し合っていたことを思い出していたのです。そしてヒロシおじさんからきいた、自然を自然に返した話のことも……。
(だから除草剤をまき散らして森や川や湖をだいなしにしても平気なんだ!)とぼくは心のなかで叫びました。(だから自然のなかのぼくらの仲間――昆虫や小鳥や魚やけだものたちがほろびていっても気にしないんだ! そんなことをやってれば、やがては自分たちもほろびなければならなくなるってのに!)あちこちで仕事を終える合図の口笛が吹き鳴らされると、人びとはいっせいに草刈りをやめて、かたづけ仕事にとりかかりました。良い草はえらびわけられて束ねられ、若者たちのたくましい背なかで運ばれました。人びとはいくつかの列をつくって、森の下のほうのはずれにある二、三軒の農家を目ざして進んでゆきました。農家――といっても、そこに住んでいた人たちは区の中心に移ってしまっていたので、建物は改造されて、いまでは家畜小屋や納屋や道具置き場などに使われているのでした。
 背の高い、六十歳くらいのゴマ塩頭の老人が家畜小屋の前に立っていて、草を運んできた若者たちにあれこれと置き場所の指図をしていました。人びとはその老人と親しげに朝のあいさつをかわしあい、道具置き場にナタやカマをしまうと、てんでんばらばらに散ってゆきました。
「おはよう、キムじいさん」とケンが、むこうをむいて草の束をかたづけている老人のがんじょうな背なかに声をかけたので、ぼくもそうしました。
「ヤア、オハヨ!……」老人は背をのばし、ほお骨のつき出た、はばの広い赤ら顔をこちらにふりむけました。「オオ、けんカネ。ソシテ、ニホンノ子カ。ワシ、知ッテルヨ。バンサンカイデ見タ」
 キムじいさんは目を細めてにこにこしながら、ケンとぼくをかわるがわるながめました。
「マタ、馬ノリニイクノカ、けん?」
「ああ、平四といっしょにね」
「泳ギヤッテルカ、けん?」
「ああ、平四といっしょにね」
「アス、雨フルヨ」キムじいさんは自信ありげに二、三度頭をふり、大きな親ゆびを立てて西のほうの空をさしました。「雨フル、馬モ川モタメ(だめ)ネ」
 キムじいさんは雨が降ったら二人で話しに来いといいました。じいさんと別れて牛小屋の裏から牧場への近道に出たとき、「オーイ」とうしろからじいさんに呼びとめられました。
「りん、アスクルナ。雨ツヨイ、りんチイサイ」キムじいさんは手をふりまわしながら、そう叫びました。「ワカッタカ、けん?」
「わかったよ。リンにいっとくよ」とケンも手をふって答えました。
 キム(金)じいさんは朝鮮から来た人で、家畜小屋のそばの小屋にひとりで住んでいると道みちケンは教えてくれました。じいさんはちょっと風変わりな人で、村びとたちが家を建ててやるから区の中心に住まないかといってもきかないそうです。で、こんなふうに遠くはなれてひとり暮らしをしている老人たちが急病にかかったり、困ったことができたりしたとき、それを村びとたちが早く知ることができるように、リンたちはだれにいいつけられたわけでもないのに――ケンたちが前からやってきたやりかたにならって――自発的に何人かの老人たちの家をまわり歩いているということでした。
 牧場につくと、ケンはぼくのためにヒツジのようにおとなしそうな馬をつかまえてきて、地面に片ひざをつき肩をさしだしてくれました。ぼくがその肩をふんで馬の背にまたがると、ケンはたてがみをと
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って歩いたりゆっくり走ったりしてくれました。それから、たてがみをつかんで飛び乗る方法を教えてくれました。九回目にぼくはひとりで馬の背にまたがることができました! 内心はびくびくものでしたが、それでも馬をぽっくりぽっくり歩かせることができたとき、ぼくの心はよろこびでピンポン玉のようにはずみました。しかし、ケンのほうは荒馬の背でからだをピンポン玉のようにはずませながら駆け去り、やがて三本松をまわって馬の鼻あらしとともにもどってきました。
 その日の朝食は前の日よりもいっそうおいしいものとなりました。ヤギの乳などはケンに負けずに大きなコップで三杯も飲みました。
「鼻のあたまがだいぶ赤くなったね」とおばさんはぼくを見てうれしそうにいいました。
「白鼻平四が赤鼻平四になったんだ」とケンがいいました。
「もうじき黒鼻平四になってみせるさ」とぼくはやりかえしました。
 そんなおしゃべりをしているとき、玄関で女の子の呼ぶ声がしたのでケンとぼくが出てみると、リンがきていました。リンはとなりのおじさんの使いで、修理のできたぼくの腕時計とケンのうちの箱型の旧式のラジオとをもってきてくれたのでした。
「ありがとう。おじさんによろしくね」ぼくはリンから腕時計をうけとりながらいいました。「それで、修理代はいくらあげればいいの?」
「………」リンは目をパチクリやって、困ったような顔をしているばかりでなんにもいいませんでした。
「いいんだ、リン」とケンが口をだしました。「平四は日本式にカネを使いたかっただけなんだよ」そしてぼくに向かっていいました。「修理代だなんて……そんなむずかしいことをいってもリンには通じないよ」
 ぼくがあっけにとられているうちに、リンはほっとしたという顔をして帰っていってしまいました。
「修理代だなんて、へんなことを考えなくてもいいんだよ。ぼくの国にいるかぎりはね」とケンはラジオを運んで居間にもどりながらいいました。「たとえそれが、きみのからだの修理だとしてもね」
「どうしてもとってくれないんなら仕方がないけど」とぼくはケンについて居間にはいりながらいいました。「だけど、修理代じゃなく、お礼ということにすればいいだろう? でないとぼくの気持ちがすまないよ。ぼく、そのくらいのおカネはもってるんだ……」そういってから、ぼくは「あっ」とさけんで肩をすくめました。「両替してなかった!」
 たしかに、ぼくは家を出るときもってきたおカネののこりを三万円あまりもっていましたが、日没国にはいって以来、一円も使う必要がなかったので両替してなかったのです。で、もちろんぼくのおカネをこの国のおカネに替えるといくらになるのか――たぶんぼくの一万円がこの国の一円ぐらいにはなりそうだと思いましたが――わからなかったのでした。
「リョウガエってなんだい?」とケンがきくので、ぼくはその説明をしてやらなければなりませんでした。おじさんとおばさんはお茶を飲みながら、おもしろそうにぼくらの話をきいていました。
「なーんだ、そんなことか」とケンはいいました。「この村にはリョウガエ屋なんてないよ。町へいっても見たことがない」
「日没市へいったってないよ」とおばさんがほほえみながらいいました。
「なるほど、そういえば貿易というもののない国でしたね」とぼくはいいました。「でも、両替屋がなくっても……」
「もし、だれかがきみのカネをこの国のカネに替えてくれたとしても、となりのおじさんはきみからカネを受けとらないよ」とケンはきっぱりいいました。「なぜって、ぼくの国では、十六歳にならなければカネを使うことができないんだから」
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「えっ、なんだって?」ぼくはおどろいてききかえしました。
「十六になるまでは、だれもカネを持てないし、その必要もないってことさ」
「そんなことが法律で決められているのかい?」
「いいや。そんなことは法律で決めなきゃならないほどのことじゃないよ。働いていないものがカネを持てる道理がないじゃないか。ただそれだけのあたりまえのことさ」
「それで困ったことはなかったのかい?」
「ぜんぜん」
「信じられない!」ぼくはますますおどろいていいました。「ぼくは四つのときからおカネを使ってきているんだよ。まい月、二千円のおこづかいをもらってるけど、それじゃかつかつなんだ。日本では十六になるまでにおカネを使ったことがないものなんて、天皇陛下をべつにすればひとりもいないだろうね」
「ちいさいときから、そんなことに気をつかっていなきゃならないのかい?」と、こんどはケンがあきれ顔でいいました。
「あたりまえさ。日本はおカネを持ってなきゃ生きていけない仕組みになっている社会なんだぜ。人生万事カネの世の中だとか、地獄の沙汰もカネ次第だなんておとなたちはいってるんだよ。この世の最初の空気を吸ったその日から、最後の空気をはき出すその日まで、カネのかからない日はないんだよ」
「そのとおりだろうが、ちょっと訂正させてくれないかね、平四」とおじさんが片ほおで笑いながら話にわりこんできました。「カネがかかるのは生まれる十カ月まえから坊主がお骨《こつ》をダシに使ってカネを取るのをあきらめる日までではないのかね?」
「あっ、ほんとだ!」ぼくが感心して叫ぶと、みんなが笑いました。
「そういうふうに考えてみると」とぼくはつづけました。「ぼくの国ではよっぽどの田舎へいかないかぎり、水にも空気にも日光にもおカネがかかっている!」
「空気や日光まで売られているのかい?」とケン。
「まさかね。だけど都会の人にとっては、よい空気を吸い、よい日光を浴びたいと思えば、旅行にでたり、とほうもないおカネを使ってりっぱな屋敷をつくらなきゃならないから、まあ、それを買うのとおなじことになるね」
「そういうことになれば」とこんどはおばさんが口をはさみました。「うるさい音から逃げだしたい人は静けさまでも買わなきゃならなくなるね」
「それどころか」とおじさんが引きとっていいました。「カネにものをいわせれば、人間そのものだって脳みそぐるみ丸ごと買いとることだってできるんだよ。そうだろう、平四?」
「………?」
 ケンが人間を丸ごと買えるほどのおそろしい力をもつ日本のカネを見たいというので、ぼくは自分の部屋へゆき、リュックサックにしまっておいたおカネをぜんぶもってきてテーブルの上にならべました。
 めずらしいと見えて、みんなからだをのりだし、ぼくがならべた一万円、五千円、千円、五百円の紙幣や、百円、五十円、十円、五円、一円の硬貨を手にとってしげしげとながめました。
「なるほど、きれいな印刷だね」とおばさんはおさつを見ていいました。
「ずいぶんとゼロをくっつけたものだね」とおじさんは軽く肩をすくめていいました。
「ずいぶんちいさくて軽いんだなあ」とケンは硬貨をもてあそびながらいいました。
 とりわけ、みんなはアルミニウム製の一円玉が吹けば飛ぶように軽くてちいさいのを面白がりました。じじつ、ケンがそれを手にとって上に向けてプッと吹いたら、二メートルも舞いあがったのです。で、
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ぼくはかわいそうな一円玉のために弁護しないわけにはいきませんでした。
「それはもうほとんど使いものにならないんです」とぼくはいいました。「なにしろ、ぼくがおカネを使いはじめたころからまい年まい年どんどん物価があがる一方なんで、いまでは道に落ちていてもひろう人がないくらい借うちがなくなってしまったんです。一円玉で買えるものなんぞ思い浮かべることもできないんですからね」
 すると、おばさんはたなの木箱をおろし、そのなかから日没国のおカネをとりだしてテーブルにならべました。十円、五円、一円の紙幣、それに五十銭、十銭、五銭、一銭、一厘の硬貨でした(ただし、銭や厘は略字でした)。ぼくはそれらを日本のおカネとくらべてみて、たいそうな違いがあることにびっくりしました。自分の国のおカネをろくすっぽ見たこともないらしいケンでさえも、その違いにおどろいていました。
 その紙幣には、日没国銀行券とでも印刷されてあるのかと思っていたのですが、そうではなく、日没共和国政府発行の「労働券」と印刷されてありました。たしかに、その印刷は日本のものほどきれいではなく、紙もそまつなものでしたが、しかし、どの紙幣にもふんだんにえがかれている絵は、どんな名画家がかいたものか、じつにすばらしいものばかりでした。絵――その主人公たちは、田畑や森で働く人びとや牛や馬やヒツジやニワトリや魚などで、それらのものがこの国のいちばんとうとい宝ものなのだとでもいうように、愛情こめて生き生きとえがかれてありました。なんとか女王とかなんとか皇太子とか、なんとか大統領とかなんとか総理大臣といったえらい人たちの顔のかわりに、あの愛らしい牛や馬やヒツジたちの顔がえがかれてあったのでした。そして硬貨はといえば――これにはコメやムギやダイズやジャガイモなどがたくみに図案化されてきざみこまれていましたが、どれもこれも重おもしく堂堂とした立派なものばかりで、一円の千分の一にあたる一厘の銅貨でさえも直径三センチはあるという具合でした。
「しかし、労働券だなんて、ずいぶんへんてこな名をつけたもんだなあ!」と思わずぼくはもらしました。
「しかし、銀行券だなんて、ずいぶんへんてこな名をつけたもんだなあ!」とケンもあきれ顔でいいました。
「どちらもべつにふしぎなことじゃないさ」とおばさんがいいました。「日本は商人国でカネが主人となっている国、銀行が大いばりしている国だし、日没国は百姓国でスキが主人となっている国、銀行なんぞ消えてなくなってしまった国なんだからね。スキが主人となっている国だから労働券という名をつけたわけさ」
「へーえ、この国には銀行がないんですか?」とぼくはおどろいてききかえしました。
「そんなものは、とうのむかしになくなってしまったさ」とおばさんは笑ってつづけました。「きみの国ではカネがなければ生きていけないそうだけど、わたしの国ではそんなものをまったく持たなくっても生きていくにはことかかないからね。生きるのに必要なものはだれでもタダで手に入れることができるんだから」
「でも、ここにこうして労働券があるってことは……?」
「生きていくにはなくってもかまわないが、あれば生活を楽しくすることができるようなもの、たとえば晩さん会に着ていくちょっときれいな服、絵をかく道具、楽器、好みで読む本といったようなものを手に入れるためにさ」
「銀行がないとすると、おカネを預けておくところがなくて困りませんか?」
「使いみちができるまで持っていればいいだけのことさ。だけどそれがいやなら区なり村なりの金庫に
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預かってもらうことができないでもないよ。そうする人はほとんどないけど」
「なるほど、そういうところが銀行の代わりをしているんですね。でも、どうして預ける人が少ないんでしょうね? 利息を損するというのに」
「利息だって!」といっておばさんは目を丸くしておじさんと顔を見あわせ、ひと笑いしてからいいました。「おお、平四。きみはもう忘れてしまった言葉を思い出させてくれたけど、あいにくそれはもう用がなくなってしまった言葉だよ。というのは、カネを預ける人は預け料を払わなければならないんだから」
「なんですって※[#!?]」とぼくは叫びました。「それじゃあ、ぼくの国のやりかたとさかさまだ!」
「預かるほうにめんどうをかけるんだから、あたりまえのことだとわたしたちは考えてるがね」
「じゃあ、預かったおカネを貸すときにも利息をとらないんですか」
「おお、平四よ」おばさんはまた笑っていいました。「きみの国でカネの貸し借りがひじょうに広くはやっているのとちょうど反対に、この国ではそれがひじょうにはやらないんだよ。いいえ、ほとんどないといってもいいだろうね」
「はあ……?」
「なぜかというと、カネを借りることはもっともいやしいことの一つと考えられているのだから。そんなことをしなくっても人間の品位をそこなわずに生きていけるだけのものを平等に与えられているというのに、しかも、あのJDIたちでさえ、それでちゃんとやっているというのに、どうしてそのうえカネを借りる必要があるというんだろうね? 同様に、そんな借り手に貸してやるものがいるとしたら、その人はもっともいやしいことの共犯ということになるわけさ」
「じゃあ、おじさんもおばさんもおカネを借りたこともなければ貸したこともないんですね」
「この村の人びとはみんな、といってもらいたいね」
「へーえ!」ぼくはおどろきのあまり、あとで後悔したことをまたしてもついうっかり口走ってしまいました。「じゃあ、ドロボーの心配もないでしょうね?」
 おじさん一家は腹をかかえて笑いました。
「もう二十年このかた……」とおばさんは息をつぎつぎいいました。「そのこっけいな言葉をきいたことがないけど……こういう話はいくつかあったっけ……。つまり、他人に理由もなくカネをやろうとして笑われた人の話だがね。なかでもいちばんのお笑いぐさになったのは、子供にカネをやろうとした親の話だったね」
「………」ぼくは自分が笑われたような気がして、黙りこんでしまいました。
 するとヒロシおじさんは親馬が子馬を見るようなやさしい目でぼくを見つめながら静かにいいました。
「平四よ。わたしたちは一厘と一億円のあいだのゼロの数ほどへだたったところから話し合っているようだね」
「そんな気がしますね」
「それはどうしてかというと、きみの国では人間の召使いであるはずのカネがまだ主人顔をしているのに、わたしの国ではその召使いはお払いものになりかかっているからなんだよ」
「といいますと?」
「つまり、わたしたちはこの国からカネを永久に追放しようと努力してきたんだよ。それはうまくいっている。たぶん一九九五年までには労働券も消えてなくなってしまうだろう」
「………※[#!?]」ぼくはおどろいて口をあけたきりで目をパチパチやっていました。
「それはちょっと考えてみればわかることだが、当然そうならなきゃならないことだったのだよ」おじ
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さんは片ほおに例の微笑をうかべながらつづけました。「あの根本法の三つの原則を思い出してごらん。それから、わたしたちが四つの州に名づけて大切にしている真理、平和、友愛」平等の理想もね。これらにとってカネはいつもじゃまものであり、敵だった。というのも、カネはもともと物と物とを交換する道具、一つの商品で、人間の召使いにすぎなかったのに、いつの間にか人間の主人にのしあがり、いまでは人間を支配する悪魔となったからだよ。カネのためにどれほどたくさんの人間が殺し合い、飢え死にし、いがみ合い、なげき悲しんできたことだろう。そしていまもなお無数の人間がこの悪魔にこき使われて一生をあくせくしてすごし、その迷いに気がつきもせずに死んでいっていることだろう。この悪魔というのは、つまりは欲望のかたまりのことで、それが目に見える形をとってこの世に姿をあらわしたものがカネなんだよ。悪魔は人間の心をだいなしにし、自然をもぶちこわしてきた。真理をゆがめ、平和をかきみだしてきた。友愛をせり合いとにくしみに変え、平等をへだたりと差別に変えてきた。文明社会だとか先進社会だなんていっても、それはカネの悪魔に征服されてきた歴史だった。……わたしたちがこの歴史を変えようとしているのはあたりまえのことなんだ。そればかりではない。わたしたちは人類の最後の段階ではカネというものはまったくいらなくなるものだと信じているんだよ。……どうだね、平四?」
「………」
 おじさんはいすから身をおこし、「さあて、穴ごもり……」とつぶやきました。そして、テーブルの上にならべられた労働券をちらっと見て、肩をすくめていいました。「これは悪魔の生きのこり。だがいまでは、ちいさなおとなしい召使い。働く人ならだれのところへでも平等にまわって歩いてご用をつとめるかわいらしい小僧。ただそれだけのものさ」
 そしておじさんは自分の部屋へいってしまいました。おばさんは、テーブルの上の労働券をぜんぶあげるから、よかったらみやげに持ち帰るようにといいました。で、ぼくもぼくのおカネをとってほしいと申しでたところ、ことわられました。
「子供におカネをやると、笑われるんではありませんか?」とぼく。
「きみがこの国の子供ならね」とおばさんは笑っていいました。「けれど、そうじゃないんだからすこしもかまわないよ」
「どうしてぼくのおカネを受けとってくれないんですか?」
「それは持ち帰ればすぐ必要になるものだからさ、なくてもすませるようなわたしらの労働券とは違うからね」
 こんなやりとりがあったのち、ぼくはケンのすすめで労働券をありがたく受けとることにしました。
 ぼくは自分の部屋に引きこもって、例の自分の仕事のつづきに取りかかりました。となりのおじさんの手で生きかえった腕時計は、机の上でこの国の時を気持ちよさそうにきざんでいました。ひと区切りついたところで仕事をやめ、略字表を片手にトルストイの民話集のなかから『人にはどれだけの土地がいるか』と『イワンのばか』を読んでみました。この二つの話は前に読んだことがありましたが、もうほとんど忘れかけていたものでした。それがどうでしょう! その話の中身は、かわいた砂地に水がしみこむように、ばくの心のなかにぐんぐんしみこんでくるのでした。ぼくはふしぎな感動に打たれてほおをほてらせ、文字から目をはなしてそのわけを考えてみました。
(ほんとうに本を読んだという気がするのはどういうことなんだろう? お百姓さんばかりの国にきたためにこうなったんだろうか?)
 ケンの話だと、この二つの話は、はしょったりせずにそのままの形で幼年学校の教科書にのっているということでしたが、あのリンのような子供たちがこの話を読んでどう感じるのだろうか?……ぼくは
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あれこれと考えながら、なかばぼうっとして網戸ごしに庭に目をやっていました。
 そとはあいかわらずの小気味よい夏でしたが、風がすこし出てきて、木木がけだるそうに枝をゆすっていました。赤いカンナの花が炎のようにゆれているその向こうをだれかのムギワラ帽子と白シャツがゆっくり動いていました。ほどなく庭に姿をあらわしたその人は、竹のつえをついたゴロイチじいさんでした。かれは玄関さきでヒロシおじさんとちょっと立ち話をしてから、風にゆらめくような歩きかたで帰ってゆきました。大きな赤いハチがゴロイチじいさんの去ったあとを風にさからって重たげに飛んでいました。
 昼食でテーブルにあつまったとき、おじさんはゴロイチじいさんからまたあの仕事のさいそくをされたとおばさんにいいました。
「ああ、あの箱つくりですか」とおばさんはいいました。「急ぐことはないのに、じいさんも年のせいか気が短くなったようね」
 しかし、おじさんは「むー」と軽くうなって黙りこみ、何か考えているようでした。
 昼寝のあと、もちろんぼくはケンといっしょにリュウが滝へ泳ぎにゆきました。ホタテ村の連中やリンたちのほかにも大勢の子供たちがやってきていて、谷川はにぎわっていました。
 ぼくはケンから教わった、へんてこな平泳ぎとヌキ手という泳ぎかたで早瀬くだりのコツをのみこみ、下流の早瀬をらくらくと五回も泳ぎくだることができ、大いに自信をもちました。で、こんどは滝の上のほうの早瀬にいどみ、下から三分の一ほどのところから泳ぎくだることに成功しました。泳ぎの合い間に、せっせとからだの裏表を焼いたことはもちろんです。
 帰りみちには風がだんだん強くなってきました。青田は緑の海のようにうねり、切り通しではタケニグサが白い葉裏をひるがえしてざわめいていました。

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