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一九章
ゴロイチじいさん

            台風問答 ゴロイチじいさんの財産解放 長いながい書き置き
            人生の四季の話――春と真理・夏と友愛・秋と平等・冬と平和
            戦争以上の人殺し

 ぼくらは山すその曲がりくねった小道をとおってゴロイチじいさんの家へ向かいました。
 台風はほとんど総退却してしまったようでした。とはいうものの、あなどりがたい力をもった支隊があちこちに残っていて、ときどき気まぐれに逆襲してくるので、身の軽いぼくはうっかりしていると吹き飛ばされそうになりました。でも、あらしのあとの山道は気持ちのよい心の高ぶりを覚えさせてくれました。自然の荒荒しい水浴のあと、――染め変えられた緑が落とすしずくのきらめき、香ばしいにおいをはなつ白い枝の折れ口、道路わきのくぼ地をごぼごぼと音たてて流れる灰色のにごり水、大きな赤いハサミをふりかざしてぼくらをおどしながら小道を横ぎってゆくサワガニ、吹き飛ばされて道に散っている青葉やドングリの青い実……それらは荒荒しい自然の水浴のなごりなのでした。
「マメ台風どころじゃなかったね」とぼくは横たわったスギの大きな折れ枝をとびこえていいました。
「このくらいの台風に襲われたら、日本ではガケくずれで家が押しつぶされて死傷者がでたり、大水に家や田畑が流されて、ひどい被害がでるんだよ」
「こんなのはやっぱりマメ台風さ」といってからケンは首をひねりました。「だけど、どうして日本ではこのくらいのあらしでそんなひどいことになるんだろうね?」
 おどろいたことに、ケンは台風の被害といえば田んぼの土手がくずれたり木が倒れたりするくらいのことしか知らないのでした。で、ぼくはテレビニュースで見たり自分の目でじかに見た、まい年の日本の台風被害の模様をはなしてやりました。――堤防の決壊、ずたずたにされた道路や線路、はんらんした水につかった田畑、どろ水に浮かんだ家家や山くずれに押しつぶされた家家、あっという間に鉄砲水に押し流された部落、生き埋めになった人びとを救い出すために働く自衛隊員や消防団員、学校やお寺に避難して不安の夜をすごす人びとなどなど……。こんなふうにして、まい年何百人もの人が死に、何百万ヘクタールもの農作物がダメになり、家や道路や橋などがこわされて、想像もできないほどばく大な被害をこうむっているということをはなしてやったのです。
「かわいそうに、台風とうまくつき合えないんだね」とケンは妙なことをいいだしました。「ヒロシは教えてくれたよ。われわれはうまくつき合っているってね」
「天災とつき合う?……」ぼくは肩をすくめてたずねました。「そりゃいったい、どういうこと?」
「地震や津波は天災といっていいかもしれないけど、台風なんぞは天災とはいえないよ」とケンはいうのでした。そして、幼年学校や少年学校で台風について教わったことを話してくれました。
 それによると、台風は天災どころか恵みの神、天からの大切なお客さまだというのです。というのは、それはこの国にとって最上の宝である森林、原野から草木、コケ類にいたるまでのすべての大地をおおう緑の生命――その血液となる水の巨大な運び手にほかならないからです。で、このありがたいお客さまを、おそれとつつしみとよろこびをもって迎えなければならないということになるのです。そのためには草木をよく繁茂させて国じゅうに緑の厚いじゅうたんを敷きつめ、堅固な堤防や貯水池をつくらなければならないのはもちろんのこと、道路の舗装ひとつを取りあげてみても、それを敷石にして石のす
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き間からしみこむ水を大地にたくわえるように工夫なこらしたり、何十年に一度しか浸水しないような低地であっても、そこに人が住んでいれば安全な高地に家を移すようにつとめなければならないことになるのです。そして、こうしたことは国づくりの土台とされたので、研究所の学者たちを中心にして全人民が知恵をしぼり力をつくして取り組んできたために、十年前にはほとんどその仕事を終えてしまったということでした。
「というわけで、イネサクじいさんがいうには――」とケンはしめくくりました。「ぼくらの国は、聖書に善かれてある『砂の上に自分の家を建てた愚かな人』のまねは絶対に繰りかえさないことにして、『岩の上に自分の家を建てた賢い人』のまねをしてきたんだそうだよ」
「なるほど、わかった! ぼくの国では反対のことをやってきたんだ!」とぼくは叫びました。「そうだ、ぼくの国では鉄とコンクリートと石油とアスファルトでせっせと草や木の緑をほろぼしてきたんだから」
「いつかきみが話してくれた、あの新幹線とかいう鉄道や自動車道路や、工場やビルといったものをつくるためにかい」
「そうだよ。そして木造の家をどしどしこわしたり建てたり、とほうもない量の紙をつくるためにね。いつか新聞で読んだことがあるんだけど、第二次世界大戦が終わってからのち、日本では有史以来はじめてというほどむちゃくちゃに森の木を切りまくってしまったために、いまではまい年木材の七○パーセント近くを輸入しなければやっていけなくなってしまったそうだよ。だから世界一の木材輸入国になってしまい、石油のつぎにたくさんのおカネを木材の代金に使っているんだそうだ」
「へーえ、おどろいたね!」とケンが叫びました。「きみの国の七○パーセントは山じゃなかったのかい?」
「その山が九十歳の老人のかみの毛のようにうすくなってしまったってわけさ」
「じゃあ、大地が雨水をたくわえて大水がでるのをおさえ、土砂が流れだすのを防ぐことはできないわけだね」
「そこへもってきて、低い土地の田畑はどんどんつぶされて、そのあとにひさしをくっつけ合った小さな家がびっしり建てられていくんだ」
「じゃあ、大雨が降ればそのわざわいを受けるのは当然だね。人間がわざわいをつくり出しているんだ」
「そういえば人災って言葉が使われてるよ」
「ふしぎな国だなあ!」とケンは頭をふっていいました。「きみの国は先進国だとか文明国だとかいっているそうだけど、その人災も防げないってのは、いったいどういうことなんだろう?」
「けっきょくはおカネが足りないってことだろうね。自衛隊や警察を養うだけだって、とてつもないおカネがかかるんだから」
「またカネかい」といってケンは舌打ちしました。「カネさえあればなんでもできる国だってのに、かんじんのことはなんにもできないんだなあ」
 そしてケンは、商人や役人のための大ビルや、ぜいたく品をつくる大工場や、巨大な野球場、競輪場、競馬場、競艇場、その他大がかりな遊園地やゴルフ場、スキー場などをつくるかネがあったのなら、そのカネを一番さきに森や水利の仕事にまわさなければならなかったのだといいました。ケンは個人や会社のおカネや仕事と、国や県市町村のおカネや仕事とをいっしょくたにして考えているのでしたが、ぼくはもうむきになってそのあやまちを指摘する気にはなれませんでした。というのは――ヒロシおじさんから聞いて知ったところでは、この国では「所有権」ということについて、日本人のぼくらとまった
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く違った考えかたをしていたからです。
 山すそを曲がると急に目の前がひらけ、かなりの広さの浅い谷間があらわれました。山道はそこで二つに分かれ、一つはさらに山奥のほうに向かってのびてゆき、もう一つは谷に向かって下っていました。谷の上を霧のような雨が巨大なしま模様をえがきながらゆっくり流れていました。それはまるで白いオーロラのパラシュートのすそのようであり、また、雨の女神のもすそのはしのひらひらのようでもありました。
 ぼくはケンについて曲がりくねった急な細道を下ってゆきました。その道はワラビやシダやゼンマイが生い茂った岩だらけの草地の間をはいおり、谷底一帯の段段になった青田のなかに没していました。そして、谷底の平たいところまでゆきつくと、目の前をさえぎる良い形をした小高い丘にはいあがる幅三メートルばかりの、より広い道といっしょになっていました。
「あれがゴロイチじいさんの家だよ」といってケンが指さしたのは、その丘の八分目あたりに谷あいぜんぶを見おろすようにして一戸だけ立っている大きな屋敷でした。
「へーえ、あれがね!」ぼくはおどろいて雨霧のために墨絵のように見える、小さな城のようなその屋敷を見あげていいました。「こんなところに、こんな立派なお館《やかた》があるなんて夢にも思ってなかったね!」
 長い石垣があり、その上に長い白壁の塀がのっていました。その塀にかこまれて、お寺のそれのように大きな黒がわらの屋根や、いくつもの白壁の土蔵や、こずえを風にゆすらせているアカマツやスギの大木などが見られました。段段になった田畑のだらだら坂がゆきつく先には、いかめしい黒がわらぶきの大きな表門が立ちはだかっていましたが、とびらは開け放たれたままになっていました。
「まるでサムライ屋敷のようだね。それもえらいサムライの……」とぼくは尊敬の気持ちをこめていいました。「ゴロイチじいさんの先祖はサムライだったのかい?」
「そうだったらしいよ。五百年も前には……」ケンは肩をすくめて、あわれむような目でぼくを見おろしながらいいました。「でもゴロイチじいさんの前でサムライなんて言葉は出さないほうがいいよ。あの人はその言葉が大きらいなんだから」
「どうして?」ぼくはちょっとおどろいてききかえしました。
「いつだったかゴロイチじいさんはいってたよ。サムライってのは軍人と役人とギャングをこね合わせたようなもんだって」
「ああ、そうだったな!」とぼくは思い出していいました。「ゴロイチじいさんにいわせれば、サムライは飛びっ切りたちの悪い寄生虫ってことになるわけだね」
「そう、五百年前にはその寄生虫族だったということになるんだからね。そしてそれからのちは、ずっとそのつぎの位の寄生虫族だったそうだよ。つまり……」
 イワノ(岩野)家――ゴロイチじいさんの家は、はっきりしているところで五百年このかた先祖代代、この付近九カ村きっての大地主、大金持ちだったということで、たとえばこのゼンマイ村について見ると、村の山林、田畑の三分の一はイワノ家の持ちものだったのだとケンはいいました。
「で、それは……」とぼくは口をはさみました。「自然は自然に返され、個人の財産は人民に返されるまでのことだったんだね」
「いいや、もっと前、一九四五年八月十五日のこと」とケンはいいました。「だからその日は、ゴロイチじいさんにとってはイワノ家先祖代代の大財産を解放した解放記念日にもなるということなんだよ」
「へーえ!」とぼくはおどろいて頭をふりました。「よくもまあ、そんな思い切ったことができたもんだね!」
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「しかもゴロイチじいさんは、全国でまっさきにそれをやったんだ……」
 ケンはゆるやかな坂道をのぼってゆく道みち、ゴロイチじいさんについてのいくつかの話をしてくれましたが、財産解放のときの話はおもしろいものでした。そのとき、――いまはもうみんなあの世へいってしまったイワノ一族の老人たちは、ゴロイチじいさんの頭が大敗戦のショックですっかり狂ってしまったと思って、こぞってかれの解放計画に反対したそうです。
「この財産をつくり出し、殖やしつづけ、守りぬいてきた五百年来のご先祖さまのみ霊《たま》たちはどんなに怒り、悲しみ、嘆くことだろう」とイワノ一族な代表してある老人がいったそうです。「あの世へいったとき、ご先祖のみ霊たちにどんな申し開きができるのかね?」
「最後にニシキのみ旗よろしくかつぎ出したのは何かと思ったら、自分で見たことも触ったこともなければ、あの世へいって会えるとも思っていないご先祖の亡霊どもかね」といってゴロイチじいさんは大笑いしたそうです。
 どだい、死んだのちにヒトの霊魂がのこるなどということを信じるのは――サルやカラスやワラジムシの霊魂不滅を信じるのと同様に――まったくくだらない暇つぶしだと思っているゴロイチじいさんに向かって、先祖のみ霊を持ち出してみてもてんで通用するはずのないことでした。けれどもゴロイチじいさんは、このときだけは特別にヒトの霊魂の存在を信じてもいいといったそうです。
「ぜひご先祖さまの霊たちに会いたいものだね。なぜかというと、もし地獄でかれらにめぐり会えたとしたら、五百年来の迷いと憎しみと恨みとのろいのもとを、このわしがきれいさっぱり片づけてやったおかげで、天国へゆかれるようになったことをよろこんでくれるだろうから。またもしかれらの霊が奇跡的にも天国にもぐりこんでいて、――というのは富んでいる者が天国にはいるのはラクダが針の穴を通るよりもむずかしいそうだからだが! そこでかれらにめぐり会えたとしたなら、人間の悩みや悲しみを救うために自分の王国を捨てられたシャカや、『なんじのもてる物をことごとく売りて貧しき者に分かち与えよ』といわれたイエスの教えによって、かれらはすっかり悔い改めているにちがいないのだから、わしのやったことをほめてくれないはずはないからね」
 こんなわけで、すべての財産を解放したゴロイチじいさんは、いまでは村のものとなってしまった大きな屋敷のひとすみの物置を改造した小屋を借りて、ここに一人きりで住んでいるのでした。一人でというのは、――連れ合いにはかれこれ十年も前に先だたれていましたし、三人の子のうちの一人の娘は結婚して日本へいって暮らしているうち第二次世界大戦の敗戦に出くわし、それ以来消息不明になっていましたし、息子の一人は中国で、もう一人はニューギニアで戦死してしまっていたからでした。
 風雪にさらされて白茶けた太い木の柱に支えられた大きな門をくやると、なかにはその門にふさわしいお寺のような母屋が土蔵や付属建物の群れや立派な庭園を従えてそびえていました。しかし、いまではもうそれらの建物は村びとたちの百姓仕事の根拠地――打ち合わせをしたり、休息したり、作業をしたり、収穫物を一時貯蔵したりするところに使われていて、ゴロイチじいさんはこの根拠地の番人といったかっこうでここに住んでいるのでした。そして、じいさんの小屋はそのあるじがものぐさのためか、年とっているために、生い茂る雑草にかこまれていせした。ゴロイチじいさんは、ちょうど仕事のひとくぎりがついてひと休みしようと思っていたところだといって、坐り机の上の書きものを片づけながら、きげんのいい緑色の目でぼくらとボタモチを迎えてくれました。
 ゴロイチじいさんの小屋のなかをひと目見ておどろいたことは、それはキムじいさんの小屋よりもひとまわりせまく、そしてもっとさっぱりして簡素だったことでした。というのは、その小屋にふさわしくない大きなゆりいすと一包みの本と紙の束のほかには、最小限度の生活必需品しか見あたらなかった
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からでした。で、その住まいは、そこのあるじのふうさいとあいまって、まるで仙人のいおりといったような具合だったのです。
 ゴロイチじいさんとぼくらは小さな机を食卓にして昼食をともにしました。いつもそうやっているのか、ケンはいいつけられもしないのに台所へいって湯をわかしてきました。じいさんはよろこんでボタモチを迎えたくせに、かすみを食って生きているという仙人よろしく、やっと黒ゴマをまぶしたボタモチをひとつ食べただけでした。
「きょうじゅうにアレができあがるそうですよ」といってケンはアズキあんのボタモチをほとんどひと口で平らげてしまいました。「ヒロシがそう伝えてくれって……」
 それはあの棺おけのことでした。
「そいつはありがたい。わしがたいそうよろこんでいたってヒロシにいっておくれ」そういって老人は緑色の目でほほえみました。「あれはヒロシがつくってくれたこのゆりいすのように寝心地がいいにちがいない。早く見たいもんだよ」
「霊魂の存在を信じないひとが、棺おけのなかでの寝心地を問題にするなんて矛盾だね」とケンがいいました。
「まったく、そのとおりだね、ケン」とゴロイチじいさんはうれしそうにいいました。「だが、わしくらいモウロクしたら、こうしたささやかな空想はゆるしてもらいたいものだね」
「空想……?」
「そうさ、寝心地のいい棺おけのな。……それはわしの最後のいこいの小部屋、安らぎの寝台……。墓に植えられた木の葉が風にそよぎ、緑のかげを落とし、花を咲かせ、葉を散らしてわしを楽しませてくれるだろう。小鳥どもは枝枝で鳴きかわし、トカゲどもは草の根もとをちょろちょろと走りまわってわしをよろこばせてくれるだろう。あらしも吹雪もわしをなぐさめてくれるだろう。なにしろわしはもう怖さも寒さも感じなくなっているんだから。……やがて木の根がわしをしっかりと抱きしめ、わしのなきがらをおもむろに消し、土に帰してゆく。……モウロクすると、ときにはこういう空想を楽しむこともあるのだよ」
 で、ぼくが年をたずねたら、老人は予定よりも二年も長く生きのびて八十二歳になったといいました。
「予定っていいますと?」
「というのは……」といいながら老人は机に両手をおいてゆっくりゆっくりと立ちあがり、ゆりいすに移って長くなり、おなかの上に手を組んでうたうようにあとをつづけました。「じつによく言ったものだが……聖書の詩篇にこういう歌い文句があるからなのさ。

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   われらのよわいは七十年にすぎません
   あるいは健《すこ》やかであっても八十年でしょう
   しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって
   その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです
[#ここで字下げ終わり]

 わしの一生もこのとおりといえよう。だがさいわいなことに、ほねおりと悩みの終わりのほうは満足できるものだったよ」
「クリスチャンですか、あなたは?」とぼくはたずねずにはいられませんでした。
「いいや、わしはたんに聖書を――他の賢い人たちのことが書かれた本と同様に――読むことを好む者にすぎないよ」と老人は答えました。「そして知恵と教えをじかに学び取っている者にすぎない」
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「あなたが満足しているという、ほねおりと悩みの終わりのほうというのはどんなものなんですか?」
「そう、そこが肝心のところだね……」老人はおだやかな緑色の目の光をぼくに注ぎながらいいました。「それは、なんとまあ、……わしが五十歳をすぎてから経験したほねおりと悩みのことなんだよ。というのはそれより前、わしはまことに恥ずかしい話だが、シャカのいわれたぼんのうの暗やみのなかで、おろかなほねおりと悩みを繰りかえしてきていたということだ」
「といいますと……?」ぼくはおどろいて聞きかえしました。「自分の五十をこすまでの人生を否定されるのですか?」
「そういってもいいかもしれないね。わしは自分でそれまでの自分に落第点をつけたんだから」
「へーえ!」とぼくはますますおどろいて叫びました。「じゃあ、ぼくとおんなじだ! ぼくは一流の高校、大学へいけそうもないと自分で自分に落第点をつけて、死んじまいたくなったこともあるんですよ」
 ぼくの言ったことがよほどおかしかったと見えて、ゴロイチじいさんはめずらしく残り少なくなった歯を見せて笑い、ケンもにやにや笑いました。
「気みじかなことをしでかさずに、この国に飛びこんできてよかったね」と老人はいいました。「人生は九十年も百年も生きなければならないほど値うちのあるものではないが、さりとてその入り口で引きかえしたほうがましなほどつまらぬものでもない。なにしろわしのように、五十をすぎてからほんとうの生きかたがわかる人間も少なからずいるんだからね」
 老人は遠いむかしをしのぶようになかば目をとじて、ゆっくりとあとをつづけました。
「そうだ。わしがほんとうに生きることができたのは、一九四五年の大敗戦とのかたのことだろう。
『大飢餓』……『人間戟争』……『大会議』……といろいろなことがあった。そのあとは食糧づくりに引きつづいて、つぎつぎと家、学校、道路、堤防、貯水池、などといった国の土台づくり――それは百年たってもびくともしないようなものでなければならない――をなしとげなければならなかった。ほねおりと悩みの荒れ狂う大波があとからあとからと押しよせた二十年の歳月だったが、その間をわしはその前の五十年間よりもはるかによく生きることができた。この誇るべき国の国づくりに自分の力のすべてを出しつくせたのだからね。だから、ほねおりと悩みも満足できるもの――いや、むしろ、よろこびにさえなったのだよ」
「年をとってからもずいぶんと働いたんですね!」とぼくは感動していいました。「しかも自分のためではなく、みんなのために……」
「ひととおりこの国の土台づくりが終わったときは、わしは七十をいくつかこえていた。わしの一生のうちの冬の部分は半分がた過ぎていたわけだ。残りの冬……決して春のこない冬、行く手に待っていてくれるものといったら死に神のほほえみしかない冬だが、大空の果てのように澄みわたって静かな冬だったよ。もちろん、この冬にもほねおりと悩みはつきものだが、わしはさいわい健康だったから、もうそれは青空にひとすじ引かれた飛行機雲のようなものでしかなかった。人生をその冬まで生きぬいてみるのもいいことだよ。それはこの好奇心の強い二本足の動物にふさわしいことだ。人はそれぞれ自分の人生という自分でつくる塔のらせん状の階段を登りながらまわりを見わたす。一キロさきしか見えない塔もあれば、十キロ四方を見わたせる塔もあり、地平の果てまで見とおせる塔もある。それは高いほど見晴らしがいいが、あんまり高くなると寒さにふるえながら空《くう》の空《くう》しか見られなくなる。……まあ、それはともかくとして、わしはこの冬を与えられたことを感謝しているのだよ。とりわけ、この冬にふさわしい最後の仕事を持つことができたことに感謝している」
「その仕事といいますと?」
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「わしの書き置きのことだが……」
「書き置きって……あの、遺書のことですか?」
 ゴロイチじいさんがうなずいたので、ぼくはふしぎに思って聞きかえしました。
「だったら、いくら長いものだって、一日もかければできあがるんじゃないですか?」
「いや、わしのはながーい、ながーい書き置きでね。いま書き終わろうとしているところだが、十年かかったよ」
「ゴロイチじいさんは書き置きにする本を書いているんだって……」とケンがぼくにいいました。「ヒロシがそういってたよ。この州の文学クラブや哲学クラブの人たちから、ぜひその一生の経験と思想を本にしてほしいとすすめられたんだそうだよ」
「連中はわしを買いかぶっていたんだよ」といってゴロイチじいさんは肩をすくめました。「手足で働くこととものを書くこととはべつのことで、わしの後半生は手足を使うほうが多かったのだからね。だが連中はわしにいい仕事を与えてくれた。というのは、年をとって手足がいうことをきかなくなってみると、書くことはわしに残されたただ一つの仕事だということを発見したのだから。そしてその仕事が、退屈の虫に悩まされることのない静かな人生の冬をすごさせてくれたというわけだ。とはいうものの、ウのまねをしたカラスのかなしさ、たった一冊の本を書くのに三べんも書き直しをし、やっとのことでわしの最初で最後の本の原稿ができかかったというしだいだ」
 ぼくはゴロイチじいさんがずいぶん変わった人なので、きっとその本はおもしろいものだろうと思いました。で、その本をとても読みたいけれど、日本へ帰るためそれができないので、ぜひそのあらましを話してほしいとせがみました。ケンもその本の中身のことはまだ聞いてなかったとみえて、同じことをせがみました。
「ああ、いいとも」と老人はこころよくぼくらの頼みをきいてくれ、ゆりいすをゆすりながら、ゆっくりとその本の話をはじめました。
「最初、わしは『人間戦争』をともに戦って死んだゼンマイ村の同志たちのことだけを書きのこしておこうと思った。ところが年を取っただけ、より高く塔に登り、より広く見晴らせたために、あれもこれも書きのこしておこうという欲が出て計画が何度も変わり、そのたびにふくらんでしまった。トカゲをかくつもりがリュウに変わったわけだ。そして、とどのつまりはツメのある四つ足をもったヘビができたようだ」
 ゴロイチじいさんは四つ足をもったヘビが気にいったらしく、にやにやひとり笑いしてからあとをつづけました。
「さっき話したように、わしがほんとうに生きることができたのは一九四五年の大敗北このかたのことだった。だからそれ以後のことを書いておけばよかったわけだが、それでは片手落ち――影のない絵をかくようなものだと思った。そういう絵もあるが、わしはそれがきらいでね。で、わしは、おろかなほねおりと悩みにすごした五十年間のことにも反省の光をあてることにした。こうした反省にもまだ役に立つものがあろうと思われるからね。……さてそこで、わしのほねおりの作、四つ足をもつヘビの話は四つの部分から成り立っている。まずはこの国のめぐまれた四つの季節――春、夏、秋、冬にかたどり、他面ではそれぞれの季節に応じたこの国のすぐれた四つの州の名――真理、友愛、平等、平和にちなんで組み立てられているというわけだ。で、二十歳までは春と真理の部に、それにつづく四十歳までは夏と友愛の部に、つぎの六十歳までが秋と平等の部に、最後の八十歳までとそのおまけのなにがしかが冬と平和の部にという具合なのだ……」
「おもしろい分けかたですね!」ぼくは感心して身を乗り出しました。
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 ケンは、キムじいさんのお茶をいれて語り手にささげました。
「春。――」といって、ゴロイチじいさんはおもむろにそのお茶でのどをうるおし、そしてつづけました。
「雪が消え、氷がとけ、新しい生命がよみがえり、生まれる。もえ出た新芽や若葉のとき、そして花ひらくとき。……すべてが新鮮で柔軟でうるわしく、うららかな光とかぐわしい風に祝福されているときだ。生きようとする自然の意志がところを得て、ひたすらたくましく伸び広がり、ふくらみつづけようとするときだ。成長、希望の時代、きよらかな幸福の時代――人生の黄金時代だ。失敗やあやまちは成長がいやしてくれ、迷いや悩みは若さがまぎらしてくれる。……」
(黄金時代だなんてとんでもない!)とぼくはあやうく声を出しそうになってのみこみました。(ぼくのは受験戦争時代――鉛時代です!)ぼくはそういいたかったのでした。
「けれども、この黄金時代は真理の星にみちびかれていなければならない」とゴロイチじいさんはつづけました。「真理の星は正しい教育によって――つまりは正しい人によって指し示されなければならない。もしそうでなかったとしたら、黄金時代は見かけ倒しの金メッキ時代かしんちゅう時代になってしまうというものだ。……そのいい例がほかならぬこのわしだった。わしの家はかなりの財産を持っていたので、わしはむかしの中学、高等学校を経てトウキョウの大学で学んだ。なんのためにこうした学校にはいり、なんのために学んだかというと、……偉くなるため――そのころの言葉でいうと『立身出世』するため――つまりは高い地位にのぼって威張ることができ、有名になって名誉心な満足させ、ついでにいやが上にも財産をふやすためだった。なんと人間の欲望の際限もなくみにくいものであることか!……」
「いばるひとは悪いひと」老人がちょっと言葉を切ったとたんにケンが口をだしました。「むさぼるひとは悪いひと」
「おお、子供たちが歌って歩いているあの歌の文句だね」といって老人は満足そうににっこりしせした。
「そのとおりだ。正しい人たちによって正しい教育がおこなわれている。真理の星はまばゆく輝いている。それを見るほどこころよいことはない。ところがわしは、まったく働かなくっても一生暮らしに困らないだけの財産にめぐまれ、しかもそれ相応の尊敬をうけていられたというのに、なお、より以上の地位や名誉や財産をつかもうとして、そのために――ただ自分自身のためだけに学んだのだった。その反対のことをするために学ぶべきであったのに!……わしは間違っていた。だからわしの黄金時代の八割がたはムダについやされてしまったといってもよい。こうしてわしの春はわずかばかりのなつかしい思い出を心にきざんだだけで足早にすぎさっていった。わしは夏の季節にふみいり、そのころ高等官とよばれていた役人になった。
 夏。――草ははびこり、つるはからみつき、枝葉は茂り、実は太り、たがいに空間と光を争いあう。白熱の太陽のしろしめすもと、充実したあらゆる生命は奪いあい、食らいあい、滅ぼしあい、殺しあい、そしてその一方では与えあい、恋しあい、むつみあい、たよりあう。生きようとする自然の意志が燃えあがり、荒れ狂い、のたうちまわるとき――生存と繁殖の活動がくりひろげられるときだ。わしは妻をめとり子をつくり、地位と名誉と財産のために奮闘した。いまふりかえって見ると、ねとねとしてなまやさく、どろどろとしておぞましい、じつになんともいいようのないイヤな時代だったが、そのころのわしはそうしたことには微塵《みじん》も気がつかなかったばかりか、血気さかんで、ごう慢で、生意気で、欲ふかで――ひとことでいえば、鼻もちならぬ二本足のけだものだった。わしはただひたすらに、自分と家族のためにだけ――いや、つきつめていけば自分のくだらない欲望のためにだけ働いていたといってもよい。そしてそれはうまくいっていた。しかし、ここでもまたわしは間違っていたのだ。この白熱の太
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陽の時代、たたかいの時代こそは、あわれみやいつくしみや同情の心――つまりは友愛の精神によってすべての行ないがみちびかれ、清められなければならないのに、わしはそれに背を向けて走っていたのだ。
 すると、夏も終わりごろ、万事うまくいっていると思っていたそのさなかに、ちょうど青空のすみに小さな雨雲があらわれたように、わしの心のなかに鉛色のしみが点じられた。自分の生きかたに対する『これでいいのか?』という疑いがそのしみだった。『これでいいのか?……そうか、これでいいのか?……』わしはいいと答えることができなかった。そのしみはぬぐってもぬぐってもすぐまたあらわれ、そして日一日と大きくなり、広がっていってわしを苦しめるようになった。それは友愛の精神が投げかけた疑問であったかもしれない。こうしてわしの夏が終わろうとするとき、日本は人口過剰のつじつま合わせに正気を失い、中国大陸のしりに歯も折れよとばかり食らいついた。満州事変といわれるのがそれで、世界戦争の火がつけられたのだ。そのころ、わしは役人としてもかなりの地位にのぼっていたが、例の疑問にさいなまれていた上に戦争に対する疑問までも加わって打ちのめされ、どうにもやりきれない気持ちになったので、役人をやめてゼンマイ村へ帰ってきてしまった」
 老人はキムじいさんのお茶でのどをうるおし、あとをつづけました。
「秋。――草木は実りをよろこんで、黄、くれない、かっ色と思い思いのよそおいをこらしてはなやぎ、鳥けだものは繁殖を終えて満ちたり、いこい安らぐとき。人にとっては収穫の時代――めいめいが春にまき、夏に育てたものを、よろこびをもって、あるいはかなしみをもって、あるいは後悔の念をもって刈り入れる時代。だが、少ないほねおりと悩みで多くを得る者があれば、多くのほねおりと悩みでわずかしか得られない者もあり、不義とどん欲で多くの富を積みあげる者があるかと思えば、正直で清廉なため貧しくひそやかに生きる者もある。こうして、富の点でも地位の点でも千差万別、天地のへだたりが万人の上に生じるが、しかしこの万人の上に間もなく冬がまんべんなく訪れてくることになるのだ。だから、この時代を照らすのは平等の精神の光でなければならない。差別や階級はとり除き、生活に必要な物資は公平に分配されなければならないのだ。
 ところで、わしにとっての収穫の時代は戦争のためにまったく変ぼうさせられてしまった。わしの秋は戦争のなかではじまった。そして、その秋のほとんどは、日本が中国を相手にやりはじめて世界じゅうを敵として終えた十五年間の戦争に翻弄《ほんろう》されてしまった。だがわしは、戦争に手玉にとられたといっても、そいつを憎むあまりそいつの正体をつきとめようと考えつづけたものだった。なぜ、日本やイタリアやドイツが戦争を始めなければならなかったのか? なぜ、より多くの土地がほしくなるのか? 人には、そして国にはどれだけの土地が必要なのか?……そうしたことをわしは徹底的に考え、そしてひとりで学んだ。そのくわしいことはわしの本に書いておいた。さて、ここでちょっといっておきたいことは、おどろくなかれ、なんとまあわしは、四十を二つ三つもすぎてから初めてほんとうの学問を、それも百姓仕事の合い間あいまにやりだしたということだ。そして十年も学んでひととおりの結論に達したときに世界戦争が終わり、わしの秋はのこり少なくなっていたのだ。それからさきのことは、さっき話したとおり――わしは残りの秋を夏のとき以上にたたかい、ほねおり、悩まなければならなかったのだよ。そしてそれは冬のなかばにまでも延長せられたのだ。
 最後に冬のことだが、――それは生きようとする自然の意志がこねあげて動かしてきた、どろの操《あやつ》り人形にその芝居の終幕を演じさせようとするとき。生命がその活動をついに静止するにいたるまでおもむろにみずからを鈍らせてゆき、紅葉や熟れた実が風もないのに枝をはなれるように無に移るのを待つ時代。われらが『飛び去る』前のひととき――その過ぎゆくことは入り日のように早いので、冬の時を二十年のばして百年にしてみたところで、その二十年はあの黄金時代の二年にもおよぶまいと思われる
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ほどだ。とはいうもののこの時代は、飢えの心配がないかぎりは静寂で自由で平静で、ほんとうに幸福な時代ということもできよう。ただし、年がいもなく未練がましく、春や夏の夢を追い求める手合いにとってはその反対となるが。こんなわけだから、この時代こそはおだやかな平和の光がもっとも必要とされなければならないだろう。……ざっとこんなものかな……」
 ゴロイチじいさんは大きく息をついて話を切りあげました。年のせいかかなり疲れたようすでした。で、老人には気の毒に思いましたが、かれがいちばん書きのこしておきたいと考えて力をいれて書いたことはどんなことだったかたずねてみました。
「もちろんそれは根本法の三原則について――とくにそのうちの人口問題についてだが」と老人は答えました。「きみはそのことについてだれかから聞かなかったかね?」
「首都でJDIからその話を聞きました」とぼくはちょっと意外に思いながら答えました。「でも、この国の人たちは、もうそのことをよく知っているのではありませんか?」
「わしは根本法を三つの太い柱――あの三原則で組み立てるよう強く主張した一団の一人として運動した。で、根本法ができた後はもちろんこの法の伝道者となって、ちょうど熱心な信仰者が祈りを絶やさないように繰りかえし繰りかえしその精神を説いてきた。わしは耳で聞いてもらえなくなっても目で見てもらおうと考えて、わしの本にしっかり書きのこしておいた。というのは、この問題はきみたちの子供たちの時代のさきのことまで考えると、この国で解決されただけではちっとも安心できない問題だからだ。いいかね……」
 老人の緑色の目がいたずらっぽい光をおびました。
「とかく有象無象というものは――このわしもふくめてのことだが――いかにそのうわべを飾りたて、取りつくろい、もったいぶってみたところで、その薄皮一枚はぎとってみれば、どれもこれもただ自分本位の欲のかたまり。さてその欲にはもろもろが数えあげられるが、とどのつまりは地球の殻《から》をも食らいつくさんばかりのキバを持つ飢餓、すなわち食欲と、これまた地球を丸焼きにしつくさんばかりの炎を燃やす性欲とのひとつがい。この魔王とそのきさきが人類を奴隷にし、むち打ってこき使い、目かくしして東奔西走させているのだ。人類はその滅亡のときまでこの魔王夫婦とたたかいつづけなげればならないのだよ」
「ずいぶん大げさなんですね」とぼくは笑っていいました。「黄塵《おうじん》万丈、白髪三千丈!」
「どっこい。どうしてどうして」ゴロイチじいさんはすました顔をしていいました。「それが証拠には約四十年前に二十億だった地球上の人口はいま四十億になろうとしており、この調子でふえつづけてゆくと四十年後の二○一○年代なかばには八十億、さらに四十年後の二○五○年ごろには一六○億になろうというものだ。ところがどうだ! 現在でも半数の二十億という人間が飢えに悩まされているということではないかね! いまの日本はどうだろうか。なんと百年前の四倍の一億一、○○○万という胃袋をかかえこんでいるのだ!」
「ああ、そうでした!」とぼくは叫びました。「そういう話をJDIのサンエモンさんから聞いたことがありますよ」
「そうかい、サンエモンからね。じやあ繰りかえすにはおよぶまい。ただ、その人口の爆発的な増加の問題については、わしはこう思っているのだ。……一人の人間ないしは一つの国民がその誇りを失わずに生きてゆけるのに必要な土地――むしろ自然といったほうがよかろう――はいまほとんど失われようとしていると。人類と大自然との調和は傷つけられてぼろぼろになってしまっている。その結果、自然に譲歩を求めることはもうこれ以上できないところまできてしまっている。これからは人類のほうが自然に譲歩しなければならないのだよ。それがこれからの人類に課せられた大きく厳粛な義務だとわしは
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思うが、どうだね?」
「でも、いままでなんとかやってきたんですから」とぼくは首をひねりながら答えました。「そんなに心配しなくってもなんとかやってゆけそうに思えますよ。というのは、ぼくの国のえらい政治家たちは自分の国の人口を抑制せよなんてことをちっともいっていませんからね。いいえ、それどころではなく、一億の人間というのは大切な人的資源だと誇らかにいってるくらいです。とすれば人口はむやみに減らすものではないということになります」
 ぼくが人的資源という言葉を使ったとき、それがおかしかったとみえてゴロイチじいさんはプーッとふき出して笑い、ケンもにやにやしました。
「人的資源とね!……きみの国のえらい政治家たちはえらいことをいうものだ」苦しそうにひと笑いしてからゴロイチじいさんはいうのでした。「ハムかソーセージにでもしようっていう気かね。それとも石油がわりに油でもしぼり取る気か。いや、それともお役人さまとお金持ちさまを養ってさしあげるためのかね?」
「まさか……」といっただけでぼくはただ肩をすくめました。
「それから、きみのいう――なんとかやってきたからなんとかなる――ということについてだが」とゴロイチじいさんはつづけました。「そういうことだと、あの魔王夫婦の気味悪い笑いはとまらないことだろうな。というのは、あのいじわる夫婦は、利口ぶってうわべを飾りたて、もったいぶった顔つきをして暮らしている人間どもの生活も、ひらりと裏を返してみると、おろかでみにくく、残忍でいやらしい糸でつづられていることを知っていて、その裏模様を見るのを楽しみにしているのだから。――なんとかやってきた――それを裏返しにしてみよう。するとどうだ。なんというおびただしい同胞【はらから】の生命の犠牲の上に、なんというおびただしい同胞の生命が保たれつづけていることか! しかも万物の霊長という人間のみがそういうことをやっているのだ!……」
「人間の生存戦争のことですね?」とぼくはヒロシおじさんから聞いたその話を思い出して口をはさみました。「交通戦争とか商売戦争とか……。そしてその犠牲者のことでしょう?」
「ああ、その話を聞いたのかね。それもあるが、それは人間生活という複雑で色とりどりの織物の表についた傷やしみのようなもの。わしが話したいのは裏についている、おじけをふるうばかりの模様のこと――二回にわたる世界戦争で演じられた人殺し以上の人殺しの話なんだが、そのことをヒロシから聞いたかね?」
「いいえ、いったいそれはなんですか?」とぼくは身をのりだしました。
「それは、きみの国をはじめとして数多くの文明国とか先進国とか自称している国ぐに――もちろん日没国はその仲間にはいらないが――のあいだで盛んにおこなわれている堕胎というあの人殺しのことだ。きみの国ではこれに人工妊娠中絶などという名前をつけているが、その実は医者を使って体裁をつくろった人殺しといってもさしつかえない。わしの国の研究所の学者たちが発表したものにわしの推測を加えていうと、たとえばきみの国のことだが、一九四九年――昭和二十四年――から去年までの二十五年問に――有史以来はじめてという平和と繁栄が謳歌された二十五年間にだよ――このいまわしい方法によって闇からやみへと葬られた生命は、なんとまい年百万から三百万だから、あわせて二、五○○万ないし七、五○○方――かたく見積もって五千万というぼう大なものになるのだ! 二回にわたる世界戦争での戦死者をあわせても、その半数くらいのものにすぎないということを考えてみると、そのすさまじさがよくわかるだろう。ちなみに、自動車が走り出して以来いままで、世界じゅうでその事故で死んだ者の数は、二、五○○万をこえるといわれるが、これとて堕胎の比ではないということをつけ加えておこう。
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 ところで平四よ。いま世界ではまい年一億数千万人――日本一国の人口をすこし上回るほどの人間が生まれ出ているのだが、その陰ではほぼ五千万という生命が堕胎によって葬られているのだ。そして最もその堕胎の多い国は日本とソ連、これに米国、インド、中国などがつづくといった具合なのだ。まい年、五千万※[#!+!] 戦争をやってないかと思えばこういう人殺しをやっているわけだ! こうして全世界にわたって、妊娠の四分の一から五分の一が堕胎でしまつされていて、成人男女のほとんどが人殺しの共犯者になっているというありさまだ。わしの国はありがたいことに、いまいったような文明国ではないから、そうした罪人はひとりもつくっていない。というのは、わしの国では人口抑制が根本法の一つの柱となっているくらいだから、研究所の学者たちを中心として全人民が一体となって真剣に知恵をしぼった結果、完全な受胎調節方法を持つようになったからだ。こうしてわれわれは、あの魔王夫婦の分身を根本法のもう一つの『欲望の節制』という太い柱に鎖でつなぎとめてしまった。とはいうものの、世界でもご立派な国ぐにのありさまはいま見たとおり――そこでは魔王夫婦はいまを盛りとのさばりかえっている。で、わしはこの国が将来世界に解放されるとき、この魔ものに鎖を絶ち切って逃げられないように、その心得をわしの書き置きのなかに力をこめて書きのこしておいたのだよ。……」
 言葉がと切れたので見ると、ゴロイチじいさんはずいぶん疲れたとみえて、ゆりいすのなかに深く身をしずめ、目をとじていました。そのとざされた口は(わしは昼寝したいんだがね)といいたげでした。ぼくはまたいずれゆっくりと老人の話を聞きにこようと思いましたが、その場の話はしり切れトンボでおわってしまったようで、そのまま帰るのはちょっともの足らない気がしました。
「すみませんが、もうちょっと……」とぼくは恐れ入りながら老人にたずねました。「あと、大切なこととして書きとめておいたことを二つ三つ……」
 すると、眠りの国とおぼしいほうからゴロイチじいさんのつぶやき声が返ってきました。
「日本への復帰または合併の問題について……わしは反対だよ。……核兵器戦争への応待について……おそれることは何もないのだが。……日没国が世界へ出たときの役割について……引っぱり出されないほうがはるかにしあわせなんだがね。……それから、なんだっけな……ああ、そうだ、人類がその滅亡の日まで幸福に暮らせる方法について……」
 ゴロイチじいさんはすっかり眠りこんでしまいました。するとケンは奥の部屋から毛布を持ちだしてきて老人の両足をつつみました。
 ぼくらはゴロイチじいさんの小屋をそっと抜けだして帰ってきました。
 台風はすっかり北の山なみのかなたに去り、西の空の一角を取りもどした青空は鉛色の雲を押しのけて広がりつつありました。あらしで失われた時を取りかえそうとするかのように小鳥どもはせわしげに飛びかい、セミどもは大合唱を始めていました。
                            [#以下地付き](上巻終り)

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