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少年行
中村星湖


 背燭共憐深夜月、踏花同惜少年春。(朗詠)

     一

 熔岩《らば》の崩れの富士の裾は、実に広漠たる眺めである。駿河おもての所謂|御厨在《みくりやざい》を旅する人は、黒褐色の焼砂の道や、雪しろ川のから床の外は、たゞ一面の茅野で、偶に灌木の林がチヨボ/\と、くすねて生えてるを見るばかりであらう。雨の日なぞに独りで通る時は、淋しい、見棄てられたやうな、曠野の感じが犇々と迫つて来る。けれども、表だけに、南だけに、常には明るい、開いた、大まかな、ゆとりのある心地を与へる。
 さて試みに須走から、春|初《さき》ならば雪解《ゆきげ》の水の河をなす細長い名無し谷を渡つて、登り一里の籠坂峠を越して見給へ。誰も知つてるとほり峠から北は甲州路で、天地は全然一変する。脉々たる連山は富士に迫つて裾野を取巻いて、黒木林や落葉林の間に、山中、明見《あすみ》、河口、西、精進、本栖の湖水が散在して――とはいへ其等が此峠から悉く見える訳ではない――其の白く輝く水と黒く集まる山々との対照が、妙に暗い、深い、閉ぢこめられたやうな感じを惹起こす。それでも同じ裾野は裾野である。峠を下れば矢張り焼原の茅野、萩原で、眺めた時の一跨ぎも、歩いてみれば十里二十里、もし疲れた時にはふり返つて見給へ。富士は一万二千三百七十尺、群小の鬩《せめ》ぎ合ふ地を抜いて、赤裸の肌を風雲に暴露する其姿の神々しさ、近く山なき御厨辺で、見ることのならぬ有様だ。加之《のみならず》、夏ならば湖畔の湿地に咲く草花の色々――此辺は春よりは夏から秋へかけて花が多い。わけても萩は美しい――秋ならば、時雨が早く、霜も早く、木立の黄葉し紅葉する様は、淋しいながら見事である。落葉樹では、楢、粟を最として欅や山毛欅《ぶな》や楓や榛の木が多く、常磐木では松、杉、檜は、無論の事、俗に黒木と言つて、樅《もみ》や栂《つが》や椹《さはら》が多い。平地、沼地は大分切り開かれ、耕されて、田となり畑となつたが、谷間から、山奥、山の頂は、多くは斧斤の入るを許さぬ御料林で、蓁々《しん/\》と昼も小暗く茂つてゐる。
 籠坂を越して遠く北に通ずる街道が、所謂駿州東往還で、自分の村の河口は、此街道を挟んで、上下三里の御坂峠の峻
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坂を背負ひ、東に三峰山、西に黒岳、城ヶ山、十二ヶ岳、足和田山、南に河口湖を隔てゝ富士に対する小村である。
二百戸そこ/\の裾野の村! まア想像してもみ給へ。隣家へ二町三町の木曾の山中程でなくとも、隣村へは何方《どちら》へ出ても一里か二里はある。それは小《ささ》やかながら学校もある、役場もあるが、儲からぬとて藪医者さへ住附かぬ程の寒村で、湖水を越しての医者迎へ、医者殿の御座る頃には病人は二時間も前に死んで居たと云ふ例が数知れない。自分は病後の母に飲まさうと、村中探しても葡萄酒一滴なく、雪の朝を二里余り買ひに行つた事を覚えて居る。だが中央東線の鉄道のまだ笹子を抜かぬずつと以前、自分の子供の時分には、湖水は船で峠は駕籠の、お客の往来もあつたので、船唄、馬士唄、駕籠舁唄、か程の片田舎でも、昼間はさう淋しくも無かつた。
 其頃はまた、山中の駅から湖畔づたひに、荷物、多くは魚荷の通し馬もあつて、山中女と通称の女馬士《をんなまご》が男勝りの声を揚げて、ヂヤリン/\と鈴の鳴る帰りの駄馬に横乗りしては、
「富士の裾野の茅野の中で……」
 と云ふ風の追分を歌つて過ぎ行く。その肥え太つた胸をはだけた様は見好くもないが、若い女が多いので十字の欅や笠の紐は、薄桃色か水浅黄、さすがに懐しく思はれた。
 村《むら》尽頭《はずれ》の並木で、村の若者が、御料林の盗伐――とは云へ自然に生えたものを、丸太に切らうが角に挽かうが、かまつた事ではないといふ調子の濫伐――をした帰りを、暖を取らうと背負子を卸しては、落葉や枯枝をかき集めて焚火をし、通りすがりの馬士に揶揄《からか》ひながら、山から採つて来た菌をあぶつたり栗を焼いたりして、罪のない話をして居る。白い煙がする/\と木立をのして、黒木の葉の茂みに紛れ入る下で、赤い火影に額をほ照らせて、折々どつと笑声がする。
 まだいたいけの十歳前後の子が、拾ひ集めて来た柴を背負つた儘、大人の間に足をなげ出して居ると、
「ヤイ、燃木《もしき》を拾つて来なきや仲間に入れないぞ。」
 と揶揄はれるを真に受けて、背負子の肩を脱いで立ち上り、夕闇の中を探り廻つて、
「ホーラ、之でえゝら?」
 と皆の機嫌を伺ひながら、一抱《ひとだき》抱いて来たのを投げ込んで、バツと燃立つかげへ蹲り、小さな手をもみもみ当り込む。
「ナーンダ、早《は》い燃いちまつたぢやないか。武公《たけこう》汝《われ》のもや[#「もや」に傍点](柴)を皆ぶツくべろ。」
「やだア……よせやア、束がほどけるぢやアないか。ウムそないの事しちや困らア。」
 と鼻声になると、
「よせ/\、」と誰か大人が止める。
「武公、汝の荷を今日は乃公《おら》が半分手伝つて拾つて呉れただから、阿爺《おとつ》さんにさう云へよ。今度市場へ行つたらおさぼ[#「おさぼ」に傍点]を一匹買つて来て乃公に礼に寄越すやうにつて。」
「おさぼ[#「おさぼ」に傍点]つて何だア……矢張|鯖《さば》の事か。」
「アハヽヽ、アハヽヽ、ワツハツヽヽヽ。」
 かゝる類ひの焚火にあたつて居る少年を、駕籠の中から見て過ぎた旅人もあつたであろう。云つてみれば之が自分の子供の頃の面影である。
 人並に――と云つて此辺の子供は九歳《ここのつ》か十歳《とを》――八歳《やつつ》で学校へは上つたが、晴れた日には畑の雑草取り、柴さらひ、雨の降る日にだけ汚い風をして、のこ/\学校へ出て行くので、藪の中の蟇蛙だと口悪の若い教員が云つたさうな。
『少年行』はこゝに物語のいと口を開く。

     二

「何有《なあに》ツ、」といらつて癖の左指しで引組んだ。敵手《あひて》は長《たけ》の三寸も違ふ大坊主、しかも年上の頑丈者だ。二三度上になり下になりしたが、たうとう、仰向様《あふむけざま》に引敷かれた。
 踏み固めても五六寸の雪の中。
「降参か、降参か、」と敵は遮二無二押し付ける。額へ手を当ててグン/\小擣《こづ》く。刎ね返さうとあせると汗か雫か頬を流れる。
「糞ウ……うーむ、何有ツ、負けるものかツ。」
 敵の帯際を引掴《ひつつか》んだ左手の爪で肉を捻る。
「ア痛ツ、野郎々々。」
 燃えるやうな顔へバツ/\と雪を掬《すく》ひかけておいて横鬢へつゞけ様《ざま》に拳固が降る。目が眩んだ。夢中になつた。首をひねると何物にか頬が触れた。かツと一と口。
「アーン。」
 吼えるやうに叫んで敵は後へ飛び去つた。曳かれ心地に起き上れば、ボタ/\と滴る唐紅。敵は太股を抱へながら尻餅を擣く。
「こらツ、喧嘩するんかツ。」
 と襟首へ手が掛つて自分の体を振り倒す。ハツと仰ぐと、校長が大きな目を剥いて突立つて居た。
「ア痛ア/\……」
「房吉、お前どうかしたんか、それ/\其血は……?」
「アーン/\、武ちやんがアヽヽ武ちやんがアヽヽア、喰ひ附いたア……」
 つい今迄、二隊に分れて雪合戦をして居た友達は、ぐるツと四辺《あたり》を取巻いた。
「しようない奴等だ、直ぐかう喧嘩アしやがる。」
 房公の縞目も解らぬ程に汚れた裾をまくると、膝の関節の上一寸許、内股に歯形が深く、肉は柘榴のやうにはぜて、鮮血が流れる。房公は泥まぶれの手で顔を掩つて割れ返るやう
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に泣く。
「武《たけ》! こ、こゝを見ろ! こんな事をしやがツて……」
 と校長の眼光はいよ/\険しくなる。
 折柄、チャン/\/\/\……と時間を知らせる拍子木の音がする。
「二人共教員室まで来い、さあ。」
 とまた自分の襟首へ手がかゝつた。グン/\引張られる後から、子供等が真黒に押して来る。
 下駄はもう何時か鼻緒を踏ん断切《だぎ》つて、何処かへ蹴放つた足袋跣の儘、泥だらけの石段を上ると、
「オイ/\其泥足袋はひどい。」
 と山田と云ふ自分の受持の教師が、窓から首を出して云ふ。日常《いつも》ニコ/\して居た顔も今日だけは屹として、胡散臭いと云ふ目で自分を見る。顔を赤らめながら足袋をば脱ぎ棄てたが、許され難い大罪を犯したやうにオド/\する。
「コラ/\、皆此方へ来ては不可《いかん》、席へ着け/\……武、さアお前は此方だ。」
 と云ふ校長に躡いて教員室へ入ると、四角の大火鉢に炭火が赫々と起つて、湯沸が掛つて居る。小擣《こづ》かれた頭がまたがンとして来た。
「君、山田君、あのナニは居ないか、長尾君は……ぢやア君、気の毒だがこれを、」と房公の瘡所を示して、
「あそこの石炭酸で洗つて仮包帯をかけといて呉れ給へ。」
「喧嘩したんですな。」と山田先生は歩み寄る。
 校長は鼬の尾のやうな茶色の髭を捻りながら暫くヂツと自分を見て居たが、黙つて立ち上つて、卓子の上の書棚から勤怠簿と教科書とを取つて、肩幅の広い割に背の低い体を一と揺りする。焼穴のある綿入羽織の「も」の字形《じり》にぐつと胸で結んだ紐は、汚れても白であつた。
「医者へ遣る必要があるかな……あるなら小使を附けて帰して呉れ給へ。」
 と山田先生に云つて、自分の方を向いては、
「武、お前は日暮まで立つんだぞ。」
 理も非もない唯一言、斯う云つて其始終酒の臭《にほひ》をさせる口を一文字に、丸い赭顔《あからがほ》の両側から白眼を見せて衝いと室を出た。
 其隙に山田先生は何か云ひながら、手早く包帯を仕終つた。
「ハヽヽよくやる奴だ、武がまた負けた口惜紛れに食ひ附いたんだらう……お前は日常《いつも》落ち著いてるやうだが、急込むとどうも斯う云ふ事をするから不可《いかん》。」
「そゝれだつて先生……」と云ひかけたものの先生の手まで血に塗《まみ》れて居るのを見ると、何と云つても自分が悪かつたと、出掛ける不平の涙を呑む。
「好し/\、弁解《いひわけ》はしなくつても、どうせ喧嘩は両方が悪いんだ……今|乃公《おれ》があやまつて早く帰すから、大人しくして居るんだぞ。」
 と云つて先生はすらりとした――古物の毛の擦り切れたのではあるが――洋服姿で、沓下に上草履を穿いて廊下へ出た。「小使々々」と呼んで置いて、また室へ戻つて来た。二十幾歳とか云ふがまだ髭も生えず、面長な眉毛を攅《あつ》める時は、物憂い尼様のやうな顔にも見える。其癖極人の好い、腹が立つても笑つてゐると云ふ風だ。
「へえ、お呼びになりがしたか、お茶は今し方婆が買ひに参じがした、へえ。」
 と小使の爺が、継布《つぎ》の当つた股引に長衣《ながぎ》の裾を端折つて、障子際で腰を屈め、其のゝ髷《ちよんまげ》の頭へ手を載せる。
「房吉、どうだ歩けるか……ふむ歩ける、瘡《きず》だつて知れたものだ、二三日で癒らア、医者へ行く程でもなからうが今日は帰れ……爺さんお前気の毒だが、此子を家まで送つて遣つてくれ、少し怪我をしたから。」
「へえ、さうで御座りがす?……どう致しがした、ハヽア日常《いつも》悪戯だアから、二階からでも落ちがしたかな?」
「ナーニ、お前喧嘩をしたんだ、泣かせればつて泣くやうな奴ぢやないがね、ハヽハヽ、偶にやいゝサ……オヽまだ授業があつた。」と壁に掛けてある大きな十露盤を卸して引吊しながら、「ぢやア頼むよ。」と出でて行く。
「サア房どん、お前歩けぢやア手を曳くべえかなア。」
 と小使は皺だらけの手を出しながら室内を見廻して、隅に立つてゐる自分を見ると、仰山に、赤い兎のやうな目を丸くした。
 房公は今迄ヒユン/\云つてたが、衝と室を出頭、「武公覚えて居ろ、コーレ。」と鰐の様な口を張る。自分も負けずに睨み返す。
「お爺なんちゆうえゝよ、乃公《おら》ア独りで帰らア、それよか下駄ア貸しとくれ、下駄ア。」
「お前|履物《はきもの》を持つて来ないかえ。」
「雪ン中い埋つてらア、えゝ此奴《こいつ》ウ穿いてやれ。」
 他の子供の下駄でもつツ掛けたのか、コン/\と二つばかり石に物を打当てる音がした。
「呆れ返つた野郎だ、ふんとうに。」
 小使は斯う呟きながら廊下を立ち去る様子。
 誰も居なくなつたのでバラ/\と涙が溢れた。然し日常《いつも》いぢめられる彼奴を泣かせたかと思ふと、涙が流れる頬へ直ぐ会心の笑が上る。筒袖で顔を拭いて、ぐつたりと壁へ倚ると石炭酸の臭気が、まだ室の那辺《どこ》かに残つて居たと見えて、微かに鼻を襲つて来る。
 開けたまゝの向うの窓からは、直ぐ隣の森の木立が見える。吹き附けた雪に片側白い杉の大木と其右手の松の間から、ず
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つと遠く道が附いて、殆ど雪も犯さぬ森の中の、石段が見える、随身門が見える。
 チン/\と湯のたぎる音に、急に咽喉の渇きと共に餓えを感じる。せう事なしに四辺を見廻せば古い八角時計――針は丁度二時半の所――古い本箱、本箱の上の新聞の堆積《やま》、硝子戸棚の中の地球儀やら何やら……偶と山田先生の卓子の上の包が目に附く。
「ア、あれだ!。」

     三

 其雪の日の朝の事。
 三年の教室で自分は皆と一緒に算術の問題をやつて居た。いつも得意に早くやれるのが此日は最後の一題が、考へが散つてどうしても出来なかつた。
「人一人が、一日に食ふ米五合、一週間と二日では何程……」
 一週間と二日々々……米五合々々……、何だか今までにない勘定だ。米五合に麦幾合だらう、我家《うち》では麦一升へ米三合だちうから、米五合食ふ人は麦……と考へてみる。考へが外れると目も外れる。始終面白い事でもありさうな山田先生の顔をしみ/″\見詰める。ふと眉を顰めた。ア、あの眉毛を開けばよいにと思つても、寄せた儘ぢつと外を見て居る。はつと夜の明けたやうの顔をして首を下げた。ハテと障子の裂目から外を覗くと入口の所でコト/\と傘の雪を払う女、引添つて立つた十歳前後の男の子の横顔も見える。絣の筒袖羽織に袴を裾短に穿いて、新しい紺足袋に爪掛のかゝつた高足駄と云ふ扮装《いでたち》。無論帽子は被つて居た。
 裂目に顔を押しあてゝよく見ると、もう女は四角い包を持つて沓脱へ上つた所で、被つて居たお高祖頭巾は銀鼠であつたらう、包の風呂敷は――今も目に在る――江戸紫。ふり返つてお上りと子供に云つたやうである。女の後姿は何処かで見たやうだが、誰だらう、そして彼《あ》の子は誰家《どこ》の子だらう、と思つて居る内に、黒板の右手の障子が開いて、疑問の二人は正面に現れた。オヤ、女は校長の奥様だ、子供は? と穴のあく程見た。
 輪廓《なり》の好い顔の、色は青い程白く、鼻筋《はなすじ》の通つた、目の割合に大きい、きつとむすんだ唇の賢こげな、そして服装の整然《きちん》とした様子は、まさしく此辺の百姓の子ではない。
 生徒も皆目を欹てた。わけても女の生徒は赤い布のかゝつた頭髪を寄せ合せて耳こすりをする。
 臆せずに其子は目を放つた。然し顔に墨をつけた子や、白雲頭の子や、鼻汁をすゝり込んでる子や、衣服の胸のこびり附きをポリ/\掻いてるのを、一と渡りずつと見廻すと、ふと目を俯せて、妙に口端を曲げる。軈《やが》てまた何処へともなく上目使ひをする。其様が、不満足げにも、物悲しげにも、はた又高慢げにも見える。
「先生、厄介者を連れて参りましたよ。夫《うち》からもお話は申上げて置いた筈で御座んすがね。」
「ハ、承つて居りました、これがあの甥御さんで……ハ、大人しさうなお子ですな。」
「なか/\貴郎《あなた》、」と奥様は其子を顧みて、「これで随分|没分暁《わからずや》も申します、……ハア彼地《あちら》の学校で三年に居りましたさうで、貴郎に持つて頂く都合で、却つて我儘が出来なくてよからうと夫《やど》も申して居ります。」
「お幾歳《いくつ》で御座いますか?」
「ハイ、あの年弱の十歳になります……あのウ、之はほんのわざつとで御座んすが、皆さんに上げて下さいますやう……」
「まア奥さん……」と山田先生は差出された包を押戻すやうにして、「えゝ近頃は斯う云ふ者は一切頂かぬ事に致して、えゝその、校長も御承知で御座います。」
「そりやア貴郎、夫《たく》は夫、妾《わたし》はまた此子の叔母として、且は……」と奥様は云ひ淀む。
「あの他の子供衆とは違つて他所《よそ》から参つたので、特別に皆様に」と笑顔を生徒の方へ向けて、「交情《なか》よくして頂かなくては……で御座んすから万望《どうぞ》お収めなすつてね、万望。」
「そんなに丁寧にして頂いちやア痛み入りますね、ぢやア」と先生は受取つて、二つ許つゞけ様に首を下げてやをら卓上に置いた。
「お名前は……でしたね。」と其子に小声で聞いて、衝と黒板の前の台に立つた。
「皆石筆を置いて……」例の静かながらも号令口調、――実は生徒は先刻から気を取られて、一人として石筆を動かしてる者はない――「えゝ今日は皆様のお仲間が一人殖えました、それは茲にお出での宮川牧夫さんと云つて、校長先生の甥御に当る――校長先生のお姉様のお子様です。これ迄谷村の町の小学校においでたさうですが、御家内に御不……えゝその御都合で、今度此学校の此級へ皆様の仲間入をなさる事となりました、それで今度は皆様と一緒に同じ村に住み、同じお稽古をし、同じ遊びもするのですから、兄弟のやうに……兄弟よりももつと親しく、交情《なか》よくして貰はねばなりません。さア何うです、斯う云ふ好い兄弟を儲けたばかりでなく、交情よくして貰ふお褒美に、奥様からこんな」と包を持ち挙げ、「下《くだ》さり物があります、三時のお退出《さがり》の時には配けてあげるから、皆大人しく待つて居なくてはなりません。」
 と云ひ終つて壇を下つた。
「ぢやア……あの貴郎《あなた》、」と其子を麾《さしまね》いて、「此方へいらつ
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しやい。」と導いて丁度自分の前の空いた机を指し、「これからは此机が貴郎の席ですから、」と掛けさす。
 奥様も後へ躡いて、其痩せた体へ重ね着の重さうに歩いて来たが、
「まア此級には妾の知つてる方は一人も無いよ。」と云つて偶と自分と目を合せると、ニツと淋しく笑つて、「オヽ居た居た武さん、お前さん此組?……まアよかつた、丁度牧夫と後前《うしろまへ》……あの今山田先生が仰有つた通り、此子は妾の親類の子供だからね、交情よくして貰ひませうよ。」言葉が切れると、口をすぼめて一寸|嬌態《しな》をしたが、「オヽさう/\、それからお父さんにね、此間は有難うと云つてお呉れ、これが」と羽織の袖口を返して裏を見せる、「市場から買つて来て貰つたあの甲斐絹サ。」
 何と挨拶してよいか解らぬので、自分はただ莞爾《につこり》と笑つて見せた。やがて奥様は、細い手で鬢の後れ毛をかき挙げながら、衝と自分の前を離れると、
「ぢやア牧夫、妾は帰るよ、大人しくね。……先生何分お頼み申します。」
     ×  ×  ×  ×
 午後雪が止むと、よくやる雪合戦が始まつた。房公は級の餓鬼大将、腕力もあるし勢力もある。意気地の無い奴等は皆向うへ附いて了つた。先生の話に、北海道の雪は灰のやうで、越後辺りのは綿のやうで、支那に降るのは蓆《むしろ》のやうだツて、此辺のは何と云はう、掴めば手に随つて丸になる。新来の牧夫さんは縁側に立つて見て居た。折々振り返ると、一々自分の働き振りを見て居るやうな気がした。雪の丸が縦横《たてよこ》に飛び違ふなかで、頭は次第に熱して来た。ふと敗けては牧夫さんが嗤《わら》ふであらうと思ふと、堪へぢのない自分は野獣のやうに突進したのであつた。
 紫の包を前にして、あの中の物が食べたいと思つて唾を呑んだは暫時、半時間前の出来事を考へると悔恨の念が起こる――自分は余り軽率《かるはづみ》であつたか、房公に食附いたのは気の毒とも思はんが、始終を見て居た牧夫さんは、あの柔順《おとな》しやかな牧夫さんは嘸さげすむ事であらう。――

     四

 留置を喰つた為め牧夫君の「学入り」のお菓子を貰はなんだ残念さよりも、瘡をまやへと房公の親にわなり[#「わなり」に傍点]込まれた恐しさよりも、牧夫君が打解けて呉れなんだ苦痛の方が深かつた。
 牧夫君は偶には皆の遊戯を黙つて観て居る事もあつたが、多くは、美しい表紙の本なぞ持つて独りで森の中を歩いて居た。折々社の段に腰をかけて、青い、沈んだ顔をして居るのをも見かけた。世馴れぬ子供の悲しさには、自分は斯う云ふのへ云ひ寄る術を知らぬ。後を慕つて近くまでは行くが、浮かぬ顔をして振向かれると、お前は乱暴だから可厭《いや》だと宣告される様な気がして、つい道を外らしてあらぬ方へ歩みを向ける。
 持つてる本は何だらう、町場の話も聞いて見たい、何か気に入る事を云つて、と子供心に企《たくら》んでも、どうもうまい考へはない。他の子供が、「牧夫さん/\」と云ふのを聞くと嫉ましい。
 一目見た其時から引きつけられた心は、今迄覚えた事のない煩悶をする。
 それは学問も出来る、服装《みなり》もよい、比べてみると母の丹精で刺して呉れた古足袋や阿爺《おやぢ》が商売に便ふ繭袋《ゆたん》の布を染め返した兵児帯なぞの、側へも寄れぬ次第ではある。けれども牧夫君は自分独りを疎外するのではなかつた。
「これをやるべい、」と誰かが何か機嫌取りに差出しても、「いゝえ、僕はいらない。」とすげなく云ふのが常であつた。他人と仲善しにならぬのは切てもの心遣りではあるものの、好意を刎ねつけられるのを見聞しては、自分まで安からぬ。益々何も云へなくなる。我ながら笑止の次第ではあつたが、何か云ひ損じて一層機嫌を損ねては、取返しのつかぬ事と思つた。
 学問がよく出来たら、目をとめて呉れるだらうかと、一生懸命に勉強を続ける。学校を休むと信用が無くならうか、其間に他の子供と仲善しになりはすまいかと、勉めて学校へも出る。喧嘩もすまい、行儀もよくせう――それで何時か機会があつたらと待つて居ても、顔を会せる機会は常にありながら、唯笑顔で迎へるより外、生来の訥弁と、此頃覚えた遠慮とに、「何処かへ遊びに行くべいかね」の一言すら、スラ/\と出ぬ。
「牧夫、お前さう引込んで居ては不可《いけない》、此方へ来て一緒に遊びな。」
 と校長も、其沈み勝なのに気が附いてか、呼び出してみるが、つい其処までは来ても淋しい笑顔をするツきり。校長が居なくなると軈てまた、つまらなさうに那辺《どこ》かへ去る。
「牧夫さん貴郎《あなた》はどうも柔順し過ぎる、少し皆の様に角力でも取るやうでなくちやいけませんよ。」
 と山田先生も云つた。
「牧夫さんはなぜあゝづら、誰とも碌に口をきかないよ。」
 と自分が或時母に話すと、
「お父つあんちゆう人がさうだつたちゆう、公事《くじ》に敗けたを口惜がつて脳病になつてね、其が原因で死んだださうで御座んすよ。」
 と自分へではなく父に云ふ。
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「ふゝーむ、」と父はうはの空で聞いて、好きの煙草をバクツと喫んで、「何や?」と長く延してめつたに櫛を入れぬ頭髪《かみのけ》を振つて顧《かへり》みる。
「アレ、あれだ、内のお父つあんも考へ事が好きでふんとうに困るよ、人の云ふ事つちやアまともに聞いた例《ためし》はありやしない。」
「フヽヽヽ」と父は軽く笑ひ去つて、気に懸ける様子もなく、また煙管を取りあげる。母が重ねてあれだと云ふ目附をすると、お祖母様が、
「さうは云つちよやい、阿哥《あにい》も、お前商売をして居りやア、多少《いくらか》屈托もあらあナ。」
 細い資本で、父は糸繭の商売をして居た。折々旅へも出る。律義一遍――それが取柄だとお祖母様が弁護すると、あんまり正直過ぎると母は不平を云ふ。そして商人は掛引がなくつてはと云ふのが母の口癖であつた。父はその正直者だけに屡々むかツ腹を立てゝ鉄の火箸を叩き曲げた事もある。商売の傍ら百姓もしたが、先祖譲りの荒畑を母が雇人なぞを指図して、母自らも鍬を取つた。
 当時の自分の心では学校へばかり行つてるのはまるで遊びで、申訳のないような気がして、学校は休まぬまでも、休暇には屹度柴刈りに行く。そま[#「そま」に傍点](杣夫)が削ぎ棄てた木屑を拾ひにも行く。慣れたもので、もう独りでも淋しくない。――田畑へ出る事は云ふ迄もない。
     ×  ×  ×  ×
 消える頃には降り、消える頃には降りした雪も霽れ、幾日か天気が続いて道路も固まつた或日の午後、例の通り城ヶ山の手前の大窪山と云ふへ入つた。南向きながら松林の薄暗い程茂つてゐる山で、谷も深い。然し自分の家からは一番近く、登りながら木立の間から富士も湖水も一目に見える。加之《それ》、此山は昔我家の持物で、今雲を呼ぶ老松も、皆幾代か前の先祖が仕立てたものだと聞いてから、何とはない痛みと懐しみとに――無論子供心に零落とか追慕とか云ふ纏まつた思想はないが――つひ通ひ馴れた。
 自分は此山へ来てはいつも曾祖父の事を考へる。母の話に依ると、曾祖父は其頃での近郷切つての学者であつた。母一人子一人の間をまだ酒造介《みきのすけ》と云つた二十歳《はたち》の年にお江戸へ逃げて、学堂とやら聖堂とやらで修業して来たのだと云ふ。そして、お前も精出して学問してえらい物になれよと附足すのが常である。
 ボキ/\と枯枝を折つては集め、折つては集めして居ると、木から木へチキチン/\と啼き連れて渡つてくる四十雀《しじうがら》の群。それも軈《やが》て谷を越してひつそりとなる。
 今日からいよ/\冬の休暇が始まつた。一週間許は此山へも来られるが、と考へる。ふと昨日始めて一緒に遊戯した時、牧夫君が打解けた言葉を交はした事を思ひ出すと嬉しくて嬉しくて堪《たま》らぬ。それにしても、休みになつては暫く逢はれぬ。逢はれぬ間にまた素気なくなつてしまふか知らんと気遣ふ。
 大束が二把出来たので、荷を作つて、さて切株で一休みする。何の気なしに向うを見ると、木立の暗い間に顔が見えた。ホと思ふ中に那処《どこ》へか消えた。
「ヤーイ……」
 と呼んで試《み》ると向うの方でもやーいと応《こた》へる。而も同じ調子だ。訝《をか》しいぞ、此間も父に連れられて始めて市場の賑ひを見た時、同じ様な顔を認めた。判然とは解らなんだが牧夫君のやうだつたので後を追つたつけ、……立ち上つてよく/\見たが誰も居ない。急に襟元がぞつとした。荷を背負つた儘一散に坂を飛び下り、林を出抜ければ、夕暮ながらパツと天地の開けた心地――腹が空いて荷が重くなる外何事もない。「早く帰つて来うよ、」とお祖母様が云つたつけ、今日は蜀黍《もろこし》のお団子を拵いといて呉れる約束であつた、と思ひながら、疲れた足を一寸立ち止まると、膝が慄へる。股引が切れて居る。修身書に書いてあつた二宮金次郎――あれは斯様《こん》な風で本を読みながら歩いて居た、とまた歩き出す。乃公《おれ》も明日から本を持つて来ようと考へると、もう金次郎になつたやうな気がする。
「えらくなれ/\、」と云ふ声が聞える。えらくなるともさと歩く足にも力が入る。我知らず微笑が顔へ上る……
「坊やーい!」
 皺嗄れ声で不意に呼ばれて、屹と彼方を見遣ると、お祖母様だ。お祖母様だ。婆々被りの手拭の下から皺だらけの顔で嬉しさうに笑つてるやうだ。そして背中には例の通り子供をおぶつてる。自分も急げば、向うも急ぐ。島の畔で一緒になる。案《あん》の定《ぢよう》、お祖母様は笑つて居た。
「ソレ/\兄いが来たぞ、」と背中の子を揺りあげて、「武《たけし》、お前遅かつたぢやないかえ、まあ滅法いかい束だよー、……独りで淋しかツつら? それとも連れがあつたかや?」
「いンえ、一人だけんど淋しかなかつたに。」と勢よく手を振つて、ズン/\歩いて見せる。実は、自分は今日位淋しい事は無かつた。
 チラリと見えて直ぐ消えた……ありや何としても牧夫君の顔……目もなく、鼻もなく、たゞ朦朧と白かつた。それでも……あれへ嵌《は》まるものは牧夫君の目や鼻よりない。だが沈んで居ない時の牧夫君は、と考へてみると懐しい感じが犇々と胸へ迫る。あゝお祖母様もいゝ人だ、背中の妹だつて可愛い、お銭は呉れないけれどもお母様も、褒めも叱りもしないけれどお父様も――家の皆は誰も彼も好きでないのはない。けれども牧夫さんは別段に好きなやうな気がする。何故《なぜ》だらう? 何故だか知らないが矢鱈に好きだ。学問が出来る。行儀がよ
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い。色も白い、衣服《きもの》もさつぱりして居る……さうだから好きか。そんな事ばかりぢやない。そんならなぜ? 解らない! 矢張り唯好きだから好きだ!
 葉の落ち尽した桑株の、低い林のやうに並んでる下には、雪が斑らに消え残つて其間には凍《い》て附いたやうに二葉の麦がごちや/\黄色い顔をして、寒さうに臥し重なつて居る。湖水の方から剣のやうな風が吹いて来る。
「オヽ寒む/\、早く帰らんぢよよ。」と云ひながらも、お祖母様の足はトボ/\してゐる。お祖母様はもう七十越している。
「ホラ/\杉の木の間へ燈《あかり》が点《つ》いた、ありや家《うち》のだぞよ、はい坊の好きの団子もうだツつらぞ。」

     五

 絵本を借りに行つて、借りて来た夜の嬉しさ!
 本を伏せて、ふと壁に向ふと、あらら、煤けた土壁が、たとへば春の空のやうに!――星か、花か、チラ/\と、ハラ/\と、咲き乱れ、照りかがやく。中の一つが笑顔に見えた――莞爾《につこり》と、其時の其《それ》その儘!
 林の奥に見た影は人を欺く孤狸の業で、消えては矢張跡もないが、之ばかりは真の牧夫君だ!
「あゝ執《ど》れでも、君の好きなのを貸して上げよう。」
 と牧夫君に云はれた時、小さい胸の血が躍つた。其時怖い校長の顔もにこやかに、痩せた奥様も大きく見えた。
「ほんとうに交情《なか》よくしてお呉れよ。」と先生と口を揃へて、奥様は其上に、「まだお馴染《なじみ》がなくて淋しがつてるからね。」とつけ足された。
 今は、なぜもつと早く借りに行かなんだらうと思ふ程――噫、此喜びを何に譬へよう!
「お前其本は余つ程面白いと見えて、先刻《さつき》から、ニコ/\して撫ぜたり擦《さす》つたりばかりして居るぢやないか?」
「お母ちやん、あのね………」と云ひかけたが、続いてのぼる微笑の外は、此心を説明する言葉がない。
「そらまた。」と母も誘はれて笑つた。「お前、今夜はどうかして居るよ。」
「こ、こりよ御覧な、まア、」と暗い洋燈の陰で、妹に乳を呑ませながら坐つてゐる母の膝に近く本を置く。
「ナニ、少、年、世、界」と一字々々読んで、「雑誌かい、面白さうだ。」と云つたきり手にも触れず、
「此子をちよツくら抱いとくれな。」と泣き出す赤児を自分に渡して忙しさうに台所へ立つ。
「お母さん、明日は引割にしべいかね……アレまアお婆さんは風呂ン中で眠つたと見えるよ。」と云ひながら暗闇でゴト/\させる。
「何や?」と暫くあつてお祖母様の寝とぼけた声がして、ボシャン/\と急に湯を浴びる音がする。
 弟共二人は、湯上りの好い気持で、犇と抱き合ふやうに父と同じ床で眠つて居る。自分の前の炉には、榾火がドカ/\燃え盛つて、自在鍵には大鍋がかゝり、鍵の中程に何かの禁厭《まじない》に吊した杓子と穴明銭とが立ちのぼる湯気と火の気で動かされて鉢合せをする。鍋の中では明日のお菜が煮えて居て、大根や馬鈴薯の匂に味噌の匂も交つて旨《うま》さうに鼻を襲ふ。
 好い塩梅に寝入りさうな赤児を揺りながら、「お父つあん、」と低く叫んでみた。先刻《さつき》先生の奥様に頼まれた事を思ひ附いたので。けれども父は昼間の疲労《つかれ》でか、ぐつすりと寝込んで居る。
「お父つあん!」と再度《にど》やゝ高く呼んだ時、「何だい武《たけし》?」と母は此夜寒を片肌脱ぎで、水の滴る笊を提げて、ヒヨイと台所から首を出す。
「あのーお母ちやん、先生の奥様が、あのー、お父つあんにそ云つて………」
「また買物かい?」
「いゝえ、牧夫さんが喰べたがるから、あのー、馬鈴薯を、あつたら少し譲つて貰ひたいつて。」
「え、薯を譲つて? 家ぢやアお婆さんが好きで毎日毎晩のやうに使ふから、あんなに取つても早《は》い沢山《たんと》はあるまいよ。それに大分|凍《し》みたつて云ふよ、薯の番人はお婆さんだから………」と云ひかけると、ヒヨツクリお祖母様が衣服《きもの》を抱いて外から入る。
「何や?」と云ひながら、ハツクシヨン、「……お民、お前はまアそんな肌ぬぎで――さう我身を大事にしないから、嘗《いつか》のやうの大病をしるだぞよ。早く引掛けさつしやい。」
「ハイ/\、」と母は笑つて台所へ引込む。引込みながら、「お婆さんも湯ざめがしない内にお休みよ、他《ひと》の世話ア焼いたつて、湯の中でうたゝねなんちゆしるだものー。」
「アハヽヽアハヽヽ」と祖母は歯の無い口を開けて、「……年寄はこんなものサ、之がまた楽みだわな。」と衣服を引掛けて上へ登る。
「坊やい、薯が何うしたとや?」と鍋から一つ摘み出して、「煮えたかな……オヽ熱い、ちゝ。」ボタリと灰の中、「オヽヤレ/\勿体《もつたい》ない。」
「あの先生の許《とこ》でなーツ、牧夫さんが喰べたがるからなーツ、薯を二三升売つとくれとサ。」
「薯を三升や、つがもない、……牧夫さんたア誰《た》が事だつけなア?」
「牧夫さんてば、知らないかい、僕の友達サ!」
「僕や、そせい[#「そせい」に傍点](書生)さんのやうの言葉を使ふぢやないか、
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豪気もない。」と祖母は皺だらけの笑顔をする。
「僕?」思へば、自分でも可笑しい。つい牧夫君の口真似をした。
「よ、牧夫さんが喰ひたいちゆうに。」
「三升なんて遣りやア、早《は》い後がないぞよ。」
「えゝぢやア、我家《おらん》ぢやまた取るから。」
「取るツたツてお前、来年の夏まではありやしない、お婆アが楽しみの薯だぞよ。」
「よ、それだつて牧夫さんが喰べたいちゆうから……よーお祖母さん。」
「ふんぢやア、せめて一升も遣らざア。」
「あんなケチの事、」と此時ばかりはお祖母さんを怨めしく思つた。
 友を得た歓喜《よろこび》は、黄金《こがね》にも珠玉《たま》にも代へられぬ。まして薯をや、の子供心――老人の唯一の嗜好をも無下に顧みなんだ。

     六

 村の祭典なぞによく出る戸板店で、其極彩色の表紙を見ては、「あの本を、」と母に強請《ねだ》つた事もあつたが「お参詣《まゐり》して帰りに買つてやる」なぞと誑《だま》されて、願ひは多く許されずに本意なく過ぎた自分には、宮川の――牧夫君の貸して呉れる絵本や雉誌が、いかに珍らしく嬉しく見られたであらう。
 加之《それ》また宮川は手工が上手、画が上手で、町から持つて来た水彩顔料《みづゑのぐ》で、鳥獣を描いたり、景色を写したり、雑誌の挿絵を色取つたりした。其手際の巧妙さは――今見たら何うか知らぬが――実に驚く計りであつた。白紙一枚へ鋏を当てゝも、すぐそれが丸にも角にもなる。梅の花にも、桔梗にも、蜘株の巣にも、蛇目傘にもなる。出来が悪ければクシヤ/\にして、噛んだり抛つたりするが、満足に行けば必ず自分に呉れるやうになつた。
 真似をしても、これだけはどうも出来ぬ。あゝ何としても宮川はえらい者! かくていよ/\彼は幼い自分の崇拝の本尊となつた。
 よく喧嘩はしても房公も面白い奴で、直に仲直りをしては一緒に遊んだものだが、此頃は口を利く事もあまり無い。向うでは先日の怨みを忘れたらしく、尋常に、遊び相手になれと云ふやうに仕向ける。けれども自分は、お前達と遊ぶ時は過ぎたと云ふ風をして居る。一つは彼等の仲間に入つて宮川の機嫌を損じてはならぬの気遣ひもある。
 矢張り宮川は静かな所が好きであつた。
 ともすれば沈み勝ちなのが自分の一番の心配の種で、「何を考へてるの」と聞いてもみた。てるの[#「てるの」に傍点]も元は宮川の専用語である。
「いゝえ何も、」と彼は首を振つて打消すが常で、たゞ「また画をかいて呉れないかい。」と云ふとどんな不機嫌な時でも、「あゝ、描いてみようか、」と屹度快諾する。
「牧夫や、お前さう画ばかり描いてちや学問の方がおろそかになりますよ。」と奥様が注意するのに自分は出遇つた事がある。
「ナーニ大丈夫よ、叔母さん。」
「でもお前、算術が少し疎《うと》いつて山田さんが仰有《おつしや》つたよ、好きな事だから止《と》めはしないが、さう絵ばかり描いてちやよくあるまいよ。」
「アラ叔母さんは家のお母さんと同じ事を云ふよ……けれどもつまらないなア。」と云ひながらも彼は画筆を放さなんだ。
 或日の夕暮、自分が子供をおぶつて訪ねて行くと、彼は庭の泉水の岸に彳《たたず》んで泣いて居た。それはもう春の暮で、石燈籠の上に枝を出した老松の陰へ那辺《どこ》からともなく散つて来る花弁が、ハラ/\と苔むした石の上へも水の面へも。
 奥様は庭向きの縁側で、お裁縫をして居た。シク/\/\と縫つて行つては針を返す度に、赤い八口《やつくち》や褐色《かついろ》の※[#「ころもへん+(施−方)」]《ふさ》が翻へる。先生の着物ではないらしい。
「牧夫さん、」と呼んだが返事がない。近づいて、「何うかしたの、」と聞いても泣き脹らした目で見たばかり、矢張り歔欷《すすりなき》を続けて居る。
 之は先生か奥様かに叱られたに相違ないと、自分は調停《とりな》す積りで、
「小母《をば》さん牧夫さんは何うしたゞね?」
 奥様は、白眼をして一寸彼の方を見たが、軈《やが》てまた目を俯せて針を遣りながら、
「牧夫が悪いのサ、余り絵ばかり描いてゝね、学問がよく出来ないから先生に叱られたの。」
「え、だつて今度も牧夫さんが一番だちゆうがすものを。」
「それはね、他《ほか》の事はよく出来ませうサ、けれど算術がね、試験のは二題しツきや出来なんだとサ……それでね、」と云つて奥様は首をあげて、「武ちやん、お前さんはよくお出来だとねえ。」
 賞められて嬉しくないでもないが、奥様は違つてる。
「それだつて小母さん、あのー山田先生に先刻逢つたらお前は三番だつて、だから二番違つてるぢやア。」
「それを内の先生が云ふのサ、武《たけし》は三番だけれど、算術は百点だ、牧夫は一番だつても四十点きや無い、数学の――算術の出来ないもなア駄目だつて甚《ひど》く今日叱つてね、少し酔つても居たけれど、絵具も皿も泉水へ打込んぢまつたの、もう絵なんか描くぢやないつて。」
「え、そりや甚《ひど》い、それでか。」と顧みた時、宮川は筒袖で眼を拭つて、屹とした様子をして奥様の方を向いた。
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「どうだいお前、好き程泣いて気が済んだかな、もうあんな無理を云ふんぢやありませんよ――そりやアお前死んだお父さんが買つて呉れた絵具皿なら無理もないが、叔父さんはそんな事に気は附かないわね、酔へば荒つぽくなるし、壊《こわ》さうとつて投げたぢやない、皆ありやお前の為めを思つてだよ、あゝもしたら懲りてお稽古に精を出すだらうともつてだよ。」
「叔母さんが、エ、ヘ、」と彼はまた啜り出した。「叔母さんが側でて、絵ばかり描いてるからなんて余計な事を云つたからだ!」
「ヘエ/\、そりやア妾《わたし》が悪う御座いました……さうだがね牧夫、そりやア叔父さんだつてちやんと知つてらアね。」
「いゝえ、叔父さんは知らなんだ、叔母さんが悪い。」
「アレあゝ強情だよ、あんなところは誰にか似てゝほんとにいけ好かない。」
 斯う云ひながらも奥様は、最早しつけ糸もかけ終つた衣服を、襟を折り前を返してちやんと畳み附ける。
 無言で庭に立つてる二人の方へ、縁側を歩み寄つて、奥様はあたりを見廻して今更気が附いたと云ふ風に「オヤ、もう暮れるよ。」と云つて小手招《こてまね》き、「一寸|赤児《あか》やを見せておくれな、……オーヤ目をパカ/\開いてゝ柔順《おとな》しい事、こんなに柔順《おとな》ぢやア妾の許《とこ》で貰をかしら。」と淋しく笑ふ。「ほんとうに武ちやん家は浦山しい、兄弟は幾人ね?」
「四人ありがす。」
「お前さんが総領で、その子が末ですね、幾歳《いくつ》その子は?」
「早《は》い丸く一つと若干《いくらか》になるちいがす。」
「妾も一人欲しいわ……と云つても体が弱いんだから何うもならない。」と奥様は眉を曇らす。
「内のお母ちやんは餓鬼共が餓鬼共がつて叱つてばか居がす。」
「世は様々だねえ!」と云つて奥様は子供に蓋ひ被さるやうに、「バアー」をすると、ワツと泣き出した。
「オヤ困つたよ、まア此子は人見知りをして、……サ何かお菓子でも、」と奥様は座敷へ入る。
「牧夫さん飯もう済んだ?」と自分は訊ねる。
「うゝんまだ、」と彼は首垂《うなだ》れる。
「赤児《あか》が乳を呑みたくなつたから乃公《おら》ア帰るけんど、早《は》い先生に叱られないやうにおしよ、」と自分は云つたが、彼は矢張り首垂れたまま。
「ソーラよ、之を赤児に遣つて残りを二人でおあがり、……牧夫。」と奥様が紙に包んだのを差出した。けれども其を睨むやうに見たばかりで宮川は猶ほ無言。
「ぢやア武ちやん之を取つとくれ……さア牧夫もえゝ加減で機嫌をお直しよ、さう不機嫌だと世間で何とか云はれるぢやないか、叔父さんは親身だから宜からうけれど、妾《わたし》の立つ瀬が無いわね、サ聞き分けて、よ、また叔母さんが絵具も皿も市場へ行く人に頼んで買つて上げるから。」と重ねて突き附けられた紙包を彼は渋々受取つた。
 分けて貰つた菓子を持つて、「どうも御馳走さま。」と礼をのべて、扉は何時も鎖されてる古い大きな門の耳門《くぐり》を自分が出ようとすると、彼も続いて来る。
「牧夫、もうお夕飯だから、遊びにはまたお出でな。」と優しく奥様の止める声がする。「また遊ばうね。」と自分は言葉を残して外へ出た。

     七

 善応寺山の茶碗桜も――之は村の東丘《ひがし》――馬乗石の桃林も――之は湖水の北岸《きた》、村の西郊《にし》――花は疇昔《きのふ》の夢と消えて、緑の夢が裾野を領する。白雪の被衣《かつぎ》を刎ねてそゝり立つ、富士は紫紺の装ひ新しく、空かける鳥の目には、其裾模様の、ささやかな百合、紫陽花《あぢさい》は隠れても、川も、田畑も、森も、家も、自然の意匠の巧みさ、鮮かさ、生命《いのち》あるものと映るであらう。
 村から見れば、夏木立の間に対岸の白壁が際だつて、帆をあげて行き交ふ舟は、富士道者の乗合かさらずば桑荷を積んだ舟だ。盛んな生気が天地に充ち満つると同時に、戸外は桑摘み、屋内は蚕飼《こが》ひに忙しくなる。鄙びながらも優《やさ》しい節の、いつの代にか無名の詩人が作つた桑摘唄が、武蔵ならば狭山あたりで聞く懐しい茶摘女のそれに似て、姉様被りの乙女達が、手甲掛けた繊手を巧みに動かしつつ、桑畑の桑を摘みまはる。
 一般の村童《こども》の為めには、甘い桑の実を喰ふ時節が来た。泳ぎに行く時節が来た。蝉を取る時節が来た。我家《うち》のお祖母様の為めには、馬鈴薯に花が咲き、その実の取れる時節が来た。阿爺《おやぢ》の為めには繭買ひに出掛ける時節となつた。
 我等の為めには、我等二人――宮川と自分との為めには焼蜀黍の喰へる時節が近づいた。
 二人は挑も李も――子供の頬のやうに赤くなる果物の色、色でさへ既に好ましい――総て果物は好物であつた、が、わけて宮川は、谷村の町に居る頃から焼蜀黍が大好きで、其青い苞《かわ》を剥いて、押せば白い汁の出る位のを火に灸つて焼く、其匂ひが忘れられぬと云つた。自分だとて同じ事。
 降りつゞいた梅雨も霽れると、黄に熟した麦は刈られ、摘み尽された桑の梢も切り去られて、後から/\と新芽がずん/″\伸びて行く。
 蚕飼する家の常として、日毎に戸口へ積み上げる蚕糞《こくそ》は少し取り方附けを怠ると、すぐにもう蒸れ切つて、見て汚い物ではないがただならぬ熱い臭気を発する。かてゝ二階は蚕室、
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階下は買込む繭の棚。昔は富士道者の宿までしたと云ふ広い――勿論、壁も障子も浅ましい程破れてはいた――自分の家も、楽々寝そべる席も無くなつたので、宮川にも久しく遊びに来て呉れとも云へなんだ。来て貰つても忙しさは忙しゝ、遊ぶ場所はなし、また斯様な汚い所を見せては済まないとも思つた。
 けれども約束の玉蜀黍は熟つた。
 普通の畑の蜀黍はまだやうやう尺余りでも、子供のある家ではよく庭の隅なぞへ早蒔をする。其蜀黍は逸早く槍ツ穂と云つて槍のやうな雄花の穂を突出し、次に広い、硬い葉の間から、流蘇《ふさ》のやうな毛を垂れて雌花をつける。其毛の白が赤になり、赤が黒ずみ枯るゝ頃でなければ熟らぬとは知りながら、毎朝々々株毎に苞を開いて調べてみる。丁度柿の実の青い内から歯形を附けると同じ調子である。それがたうとう喰ひ頃になつた。
 それを食べたさに宮川は遊びに来る。それを呉れたさに此方からも呼びに行く。
 往来が余りはげしいので奥様から、
「遊びに行くはよいが、此間も誰か死んだつてから、泳ぎにだけは連れてつてお呉れでないよ、お前さんは上手ださうだけれど、牧夫はから鉄槌《かなづち》だからね。」と云はれたこともある。
「いンえ、泳ぎに行くぢやアありがしない。」と弁解しては連れ出す。囲炉裏に火の無い時は庭へでも畑の畔へでも火を焚附ける。それで宮川は、宜い塩梅に狐色に焦げた蜀黍を、嬉しさうに目を細くしてまづ嗅いでみる。それから一粒宛掻き落して口にする――其様子を傍から見る楽しさ! これが然し災ひの種にならうとは、思ひ設けぬ事であつた。
 養蚕も上る。大掃除も済む。蚕糞の臭気は残つて居ても、涼しい潮風《うみかぜ》のはいるあけ広げた座敷には雪のやうに白い繭ばかり――家で取つたのや買込んだのや――其中で揃つて飯を喰ふ時、あたりを見廻して、「なア、一粒いくらと云ふ訳だぞよ。」とお祖母様が満足げに云ふと、「早く此だけの物を自分の金で買ふやうになりたいね。」と母が云ふ。
「そりやアお前直|《ぢき》の話さ、商売なんちゆうもなあ、」とお祖母様は父の方へ向き、「なあ、阿哥《あにい》……借りて買つても結構さ、貸す程に信用して呉れるだから、早《は》い占めたものだ、なあ。」
「さうさ、」とばかり軽く受けて有繋《さすが》に父もニコ/\する。
 弟共と一緒に笑つてる自分も、追ひ使はれる仕事は済んだし、此様な話を聞くと、体が軽くなるやうな気がする。休暇もまだ幾日か残つて居る――此頃自分等の学校には夏中休暇は無くて養蚕休暇と云ふものがあつた。
「坊、お前もよく働いたから、お父つあんに、あの牧夫さんのやうの夏帽子を買つて貰ふがえゝぞよ。」とお祖母様の言葉。
「乃公《おら》どうでもえゝ。」とお世辞に辞退はし乍らも、黒い鉢巻の尻が燕の尾の様に二つに分れた新形の麦稈帽――欲しい事は欲しいと考へる。それにしても、と直ぐ転じた。
「宮川はどうしたらう? 四五日見えないが。」
 飯が済むと飛び出して、例の蜀黍の長いのを択んで二三本引捩断《ひきちぎ》つて、懐へ押込んで表へ出た。
「兄《にい》やん何処へ行く?」と後を追ふ弟を睨み返して、五六丁ある宮川の家へ行つた。日常《いつも》の通りすぐ縁側へ廻ると、簾張の二折屏風が座敷の隅にたてゝある。
「牧夫さん」と呼ぶ。那辺《どこ》かで返辞をしたやうだが影は見えぬ。勝手では襦袢一つの先生が毛脛《けずね》を投げ出して昼寝して居るらしい。と奥様が青い顔して、濡手を拭き/\現れた。洗い晒しの浴衣へ白い襷をして頭髪《かみ》も乱れて居た。家の母よりづツと若いと思つてたのが、今は四十近くにも見える。
 いつものやうには笑顔もせずに、「オヽ武《たけ》ちやんかい、牧夫はね、」と云ひながら屏風の側へ歩み寄り、
「牧夫、お前まだ痛むかい?」
 はつと自分の胸が躍つた。
「武ちやん、まアお上りな、」と奥様が屏風を引のけると、ア、宮川は床の中! 僅に擡げた顔の憔悴《やつ》れた事!
「困りものさ、此通り。」
「え、何うかしたかね、」と自分は塵埃《ほこり》だらけの足を忘れて上へ登る。
 宮川は黙つてホロ/\と涙を溢した。
「一体が弱い子だのに何か食中りでもしたと見えてね、四五日続けて大変下痢したわね……よく聞いてみると大分蜀黍を喰つたとさ。」と奥様に自分の顔を見られた時の心地……ふと気が附くと懐から蜀黍がはみ出して居る。顔を赤めながらも、
「まだ痛いかい?」と覗き込むと、
「いゝえ、もう痛くはない。」
「お医者様は遠いし、一時は心配したがね、好い塩梅に昨日あたりから、下痢だけは少くなつたの。」
「まだ診ちやあ貰ひがしないかい?」
「お医者様? お医者様は一昨日来て診て行つたの、大した事は無いとさ……で安心はして居るがね、薬取りに行く者がなくて困つてる……」と奥様は独り語《ごと》のやうに云つて去つた。
 突然宮川は、真黒に日に焼けてる自分の手を掴んだ。
「昨夜、ぼ、僕は亡父様《とうさま》の夢を見た。」
「え、どんな夢?」
「どんなつて、たゞ亡くなつたお父様がね、牧夫やい/\つて……」
「呼んだの? どんな風をして?」
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「判然《はつきり》覚えては居ないけれど、……武《たけし》さん! 君にやお父さんもお母さんもあつてえゝなあ!」
 ホロ/\とまた泣きながら見詰められると、穴へでも引込まれる心地がする。
「でも君のおつ母さんは健在《たつしや》だらう。」
「お母さんは健在《たつしや》だけれど……健在だつてお酒ばかり飲んでて、僕をちつともかまやあしない。」
「女でお酒をかい!」声が高かつたので、自分は四辺を見廻して首を縮めた。「それで今でも谷村に居るの、病気だつて知らせて遣つたかい?」
「うゝん、あんなおつ母さんになんか来て貰ふもんか!」
「それから君にやア新しいお父つあんが来たつちゆうぢやないか、それは可愛がつた?」
「ありやアお父さんぢやありやしない、もと居た内の書生だ。」と云ふ内に彼の顔がます/\青くなる。
「あんな野郎をお父さんと云へなんて、……だから僕アおつ母さんと喧嘩したんだ、叔父さん許《とこ》へ来て居るのもそれからだ……」
 おつ母様と喧嘩? 柔順しいと思つた宮川がそんな親不孝を? 信じようにも信じまいにも其人自身の言葉である。此村へ来たのも、さては其程込入つたわけあひからか……?
「そんでも、」と自分は気を換へるやうに、「此家《ここ》ぢやア叔母さんが好え人だから、可愛がつて呉れるら?」
「アイタ/\、」と彼は顔を顰めて横腹を抱へる。
「え、痛む、摩《さす》るべいか。」と自分は膝行《ゐざ》り寄る。
「ウーム………」と彼は意気んで、「もういゝ、大丈夫だ、可愛がつては呉れるけれど、でも此間つから怪《をか》しいよ。」と声をひそめ、「そら、あの山田先生が、島のお祭に舟で二人を連れてつたろ、お別れだつて、そらね……あの前の前の晩、叔父さんと叔母さんと大喧嘩をしたぜ。僕は寝ちまつた後だつた(山田の野郎が……あの野郎ぶち殺しても足りない)つて大きな声で目がさめたら、叔母さんが散し髪になつて泣いてるんだ、(そりや貴郎余り邪推と云ふものです)とか何とか……丁度死んだお父さんとおつ母さんが彼様《あん》な喧嘩ばかりした……それで僕には何も解《わか》らなんだけれどね、それつから叔母さんが済まない顔をしてばかり、僕をも余り可愛がらなくなつた、……学校へ行つたつて山田先生は居ないし、つまらなくなつちまふ……。」

     八

 急に跫音《あしおと》がしたので、二人が目を見合せて口を噤《つぐ》むと、
「サ、牧夫麦湯だよ、武ちやんもお上りな。」とお盆へ杯《こつぷ》を二つ載せて、匙を添へて奥様が持つて来た。
「武《たけ》ちやん、今日は忙しいかね。」
「いンね、早《は》いお養蚕《かひこ》も片付きがした。」
「ぢや別に用も無い訳だね。」
「はア。」
「ぢやア……ぢやアつて事もないけれど、」と奥様は云ひ難くさうに、「一つ小母さんの頼みを聞いて呉れまいか、お駄賃は出すが。」
「何で御座んすね?」
「是非つて訳ぢやアないけれどね、家で聞いて若し行つて遣つても宜いつて云つたら、行つて来て呉れないかい、船津まで。」
「お医者へでかね……」船津の医者てばあれだ、と或事を思つて一寸躊躇したが、「えゝ行つて来がせう。」
「行つて呉れるかい、」と奥様は宮川の枕頭《まくらもと》にあつた空壜を二つ取り上げて、「これ二つと外に粉薬が来るだけれど、袋は破つたからつて、新しく貰つて来とくれな。」
「それぢやアこれから直《ぢ》き行つて来がせう。」
「直き? まだ暑いから、もつとゆつくりで好いよ、……それからね、これで、」と奥様は帯へ挟んで置いた財布から五十銭銀貨を一個出して、「あの、絵具皿と絵具があつたら買つて来とくれな、一時忘れて居たつけが……」と宮川を見て笑つて、「病気になつたら暇だもんでまた考へ出してね、叔母さんは嘘吐きだつて、毎日責められて弱り切るわね、……どうせ此人は画工《ゑかき》にでもなるのさ。」
 宮川はつんとしてヘムと云ふ顔をする。物を考へてる時の彼とは別人のやうだ。
 さて行つて来ようと起たうとしたが、起ちよどむ。実を云ふと、××病院へは行き度くない、其医者と自分の父とは仲違ひである。先年母の大病の時にも、態々船津よりは一里も遠い所の医者を呼んだ。小耳に挟んだ理由《わけ》は斯うである――
 此頃東京へ出て居た伯父、とは云へ夜逃げ同様に出たので、どんな暮しをして居た事やら解らぬ。その伯父の妻が、あの医者の姉であつた。伯父と云ふのは父の兄で、父に輪をかけたお人好しで、お坊ちやん育ちの故《せい》でもあつたか、正直の外に取柄はなく、洒落女《しやれもの》で美食好《うまいものず》きで、病身であつた妻と、親達の世を去る頃には最早、大分有つた家財田畑を奢り潰して了つた――と思つたのは愚かな事で、大半は妻の弟の修業の為めに持ち運んだのであつた。弟として、兄の家の内幕を薄々なりとも知らぬ事はない訳で、さうならぬ前から黙りん坊の阿爺《おやぢ》も観て居られずに、伯父に忠告する、伯母とも衝突するして、百方警戒しながらも、身は人の養子、一家の主人、負担は貧乏世帯を振り廻すだけで余つて返る。随つて何事も思ふに任せぬ上に、妻にのろい伯父が、妻の云ふなり、妻の親達のよいやうにされて父の苦心も水泡となつた。
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 軈て伯母は病気で死ぬ。住む家も無くなる。何とか形を附けねばならぬ事となつた。で相談に乗つて呉れろと云つて来たが、憤慨して居る父は勝手にしろとばかり刎ね附けた。が然し生家《せいか》を見す見す潰すは本意でないと思ひ返し、さて深く負債其他の内事へ立入つてみると、驚いた。伯母の弟が借人、其親が連署で、立派に証書を入れただけでも四五百円、只で強請《ねだ》られたのは数知れぬとの事である。お蔭でやうやう医者になりながら、妻が死ぬと其つ限《き》り構ひも附けぬと、有繋《さすが》の伯父貴も不平を鳴らした。
 それ見た事かと罵つても追附かぬ。阿爺《おやぢ》は伯父と同道して談判に出掛けた。向うの父親と云ふのが酢でも蒟蒻《こんにやく》でもと云ふ難物で、倅は知らぬ事で一切自分の業《わざ》だ、殊に俺《わし》が保証人だからどうぞ俺から取つて呉れと、叩いても酒臭い※[#「口+愛」]《おくび》より出もせぬ体で逆捩《さかねぢ》を喰はさうとする。正直一途に固まつた阿爺の一こくは破裂した。喧嘩にならざるを得なかつた。が他人が入つて、向うの娘と伯父との間に出来たひとり児を一人前に学問を仕入み、且つ伯父の商売の資本を若干出すと云ふ事で一先落着した。其内に子供だけは引取つたが、金は何月何日と云ふ期限は過ぎても揃へて来なかつた。
「兄貴が意気地なしだから。」と阿爺は伯父の行末を心配の余り考へ事をしては「家《うち》の者を何うしるだね。」と母にが[#「が」に傍点]鳴られた事も屡々ある。
 かくて遂に窮余の伯父が逐電するに至つたいきさつ[#「いきさつ」に傍点]には大分込入つたものがある。
 一伍一什《いちぶしじふ》の詳しい事は、勿論後から知つたのだが、此頃とて子供心にも、其医者一家を敵のやうに思つて居た。
 父や母に知られるだらう。自分だとて行きたくはない。けれど……と臥て居る宮川を見た。……牧夫さんは病気ぢやないか、其様《そん》な事が云つてられるか! と自分を叱つて衝と突膝した。
「ふんぢやあ大切にね、ちよつくら行つて来るから。」
 と云ふと、団扇で蝿を追ひながら返辞は奥様がした。
「さうかい、気の毒だね……まアこれを一杯あがつてお出なよ、それから壜は此風呂敷へ包んでつてお呉れ、小母さんがお礼は屹度しますよ。」
 裏道を通つてこつそりと、横宿《よこじゆく》の狭い往還から村を出抜けると、村《むら》尽頭《はづれ》の番太の家――此頃は最早番太と云ふ者はなかつた。昔番太の住んだ家――の前の浅い流れの中で素裸の黒奴《くろんぼ》が遊んでる。皆|五歳《いつつ》六歳《むつつ》の子供だ。二三人川の中へ尻を据ゑて、臍の辺を緩く流れ去る水面を面白さうに叩いてるものもあれば、尻を上げ首を下げて、頻りに石の間を漁つてるのもある。また、一人河畔の草の中の虫でも追ふのか、「ホツ、ホツ」と小さな手を拍ちながら腰を屈めて歩いてるのもある。そして一番年の下らしい一人は河原の焼砂の上へふん反り返つて居た。其の膚の色は銅《あかがね》と云ふよりは鉄色《くろがねいろ》だ。其上へ遠慮なく夏の太陽が照つて居る。
「まア壮健《たつしや》なものだ!」
 と思ひながら偶《ふ》と仕末に困つた懐中の蜀黍に気が附いて、引ずり出して川へ投込んだ。同時に、
「ヤイ、蜀黍を呉れべい。」
 と声をかけると、皆一度に起つた。見て居る内に喧嘩が始まつた。蜀黍は三本しきやない。人数は五六人だ。「乃公《おれ》が、汝《われ》が、」と奪ひ合ふ。自分もまだホンの子供であつた――一本を二つ宛に折つて皆で分配《わけ》ろと云ふ程の、思慮ある裁きの分別も附かずに、水の中で下になり上になりするのを、唯興ある事と見て過ぎた。
 頭髪《かみ》はお茶台だし――此頃、此辺の子供は総てこれで、中ずりを丸く明け、周囲を剃り、あとは宛然《さながら》お茶台のやうに耳が隠れる程延して置く――頬がこけて居りや差詰め河童《かつぱ》だが、どれもこれも三平二満《おたふく》で、腹も馬鹿に出張つてる。嘸いろいろの物を喰ふであらう――。
「だが宮川はなぜあゝ脾弱《ひよわ》いづら、町場の者は皆あゝかしら?」
 斯様《こん》な考へをめぐらしながら、日に輝く真夏の湖添《みづうみぞ》ひに、凸凹のはげしい石ころ道を上つたり下つたりした。帽子も被らないので、顔とも云はず胸とも云はず汗が流れる。
 一時間許の後、自分は××病院の玄関に立つた。水に臨んだ松林の中で、ソヨ/\と通ふ涼風に嗅ぎ馴れぬ薬の香もする。新築ながら綺麗に拭き込んで柱も何もテラ/\して居る――之も誰のお蔭だ、と思ふと父の激した顔が見える。窓口から薬壜を差入れ、云ひ附かつた口上を述べた時、我知らず手が懐へ、声が慄へた。幸にして誰にも知れず薬は貰ひ得た。
 急ぐ積りでスタ/\と門の所まで来ると可愛らしい狗児《いぬころ》が二匹、親は暑さに居眠つてる側で、パツパツと土烟を揚げながら、転んだり起きたりして巫山戯て居た。見るともなしについ足を止めた。
「小母さん御覧な、あの子の顔の黒い事!」
 はつと振向くと、萩の植込の間にしやなり[#「しやなり」に傍点]とした婀娜姿《あだすがた》が立つて、鮮かな染浴衣に、淡紅色《ときいろ》の扱帯《しごき》を前でだらりと結んで、洗髪が肩を流れてゐる。傍に九歳許りの男の子の、ジロ/\と自分を見た目は! あゝ四年前に此家へ引取られた従弟ぢやないか。向うは、記憶はないらしいが、正しくそれだ。
 気附かれてはと、とつかはと駈け出した。
「オホヽまあ羅漢様のやうだわ。」

     九

 可厭《いや》な思ひをしながら、自分は幾度か船津へ通つた。他村《よそむら》
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の犬に吠えられたり、家《うち》の間を欠いて叱られたりして薬を齎らした甲斐あつて、幾程もなく宮川は回復した。其内に夏休みは済む。学校は始まる。新涼の気裾野を吹けば、校舎の庭の梧桐も落ちる。我家の周囲の柿の実もそろ/\大きくなる。夕の空の星も鮮かに、湖水の水も静かに澄んで、馬の嘶きも勇ましく、いよ/\収穫前の草刈も始まるのだ。
 初秋の裾野を過ぎた人は、桔梗、苅萱、女郎花――鳴きすだく虫の宿とも生えた――その七草のやさしいのも、嵩《たかがや》茅《ちがや》の荒々しい、譬へば草中の鬼のやうなのと一緒に、刈られて行くのを見たであらう。こゝらの人達に取つては、美しい花の百茎より、腐つた肥料の一と掴み――これも然し、百姓で飯を喰ふ彼等には余儀ない事だ。
 此九月から房公は――依然として来たり来なんだりだつたが――ばつたり学校へ来なくなつた。十三にもなつたから、いよ/\百姓になるのださうな。
 宮川と自分とはあひ年の十一、来年の春は卒業のはこびである。
「卒業すりやあ、君帰る?」
 十月初めの某の日の朝、学校の二階の窓へ倚つて、薄化粧のやうに初雪の降つた富士の巓《いただき》を仰ぎながら、自分は斯う宮川に問ひかけた。
「帰るつて? おつ母さんの許《ところ》へかい。」と彼は鉛筆の尖端《さき》を横にして、白壁へチヨイ/\富士を写す。
「お止しよ、先生に叱られるよ。」
 ハツと気が附いた様で手に唾液《つば》をつけて擦《こす》つてみる。
「君はまだ高等科へ行くづら、さうしりやアどうしても谷村へ行かなきア……ね。」
「それやアさうだけれど、来年からは此校《ここ》へも高等を置くやうにするつて。」
「先――叔父さんが?」
「あゝ、是非さうなさいつて叔母さんも勧めたつけ。それに此間村長さんの許へ行つて相談が纏まつたつて。」
 そりや先《まあ》よかつた。自分も学校を続けられるし、宮川と別れなくても宜《い》い。
「ねえ君、今度また町のお友達が少年世界を送つてくれたぜ、そりや面白いよ、「一夜天下」つて台所道具の大騒動もあれば、何とかして……えゝ花を踏んで――何だつけ……オヽ同じく惜しむ少年の春つてのもあるよ。」
「そりや何の事だい?」
「雑誌の中にあるのさ、そして可笑しいよ、叔父さんが一度あれを読んで馬鹿に感心してね、此頃は酔つ払ふとその(おなじく――をしむウ――ウ、せうねんの――オヽはるツ!)つて吟じるんだぜ、あの、ホラ、ガン/\声で変に引張つて、泣きさうにやるからね、叔母さんも僕も腹あ抱へらあね。」
 と、宮川は其可笑さを目に見るやうに笑傾《ゑみかたむ》けて、
「今夜僕ン許《とこ》へ来ないか? 見せて遣るけど。」
「行くべいか?……けんど、番代りに行つたり来たりの約束づら、今度ア僕の家へ来る番だぜ。」
「さうだつけか、過日《こないだ》ア……と、うゝさうだ、過日僕ン家《ち》だつたね。」
「こゝ今夜来りやア、えゝものがあるよ。」
「何よ。」
「栗。」
「ホ。」と手を拍つた。
「柿もあるよ。」
 笑《ゑみ》の上る友の頬には、近頃赤味が見えて来た。
 軈て階下でチヤン/\/\……と始業の拍子木が鳴る。すると其音は鎮守の森へ響く。黒ずんだ杉は黙つて聳えて居るが、樺や山毛欅《ぶな》は其細い枝々を揺ぶつて、黄ばんだ葉と葉を戦《そよ》がせる。散ばつて居た子供は例の通り真黒に押寄せて来る。
 四年になつてから受持は校長であつた。算術の時間に宮川が痛めつけられるのは甚しい。親身の叔父なので、山田先生のやうに遠慮はない。時とすると、短気だから鞭を持つてツカ/\と寄つて来て、ソレソレと石盤をつゝく。
「先生は八ヶ間し過ぎるね。」
「アヽ怒りつぽいけど……僕も悪いサ。」
「過日《こないだ》、君の家で題を出して貰つてやつた時はよく出来たぢやないかい?」
「算術か? もうそんなに六ヶしいたア思はないよ、今日だつて皆出来つちまつたから裏を返して……へゝ画を描いてたの!」
「久しく叱られなんだのにとおもつたら、え、それでかい?」
 学校の帰途に、二人は話し合つて笑つた。
「ふんぢや今夜お出でよ。」
「あゝ行く。」
 それは時雨が裾野を過ぐる晩であつた。
 宮川が来た時には星が見えた。二三時間経つてから、雨戸を繰ると、戸外には粛々と雨の脚が動いて、灯影《ほかげ》の射すほかは一寸先は真暗で、湖でも鳴りそうな気配である。森の女神が――鎮守の神は木華開耶姫《このはなさくやひめ》――湖水に沈んだ老杉を見張りに行くとか聞くは、此様な晩であらう。
 冷や/\吹附ける夜風に、危く灯を奪られようとしてハタと戸を閉ぢた。
 お祖母様はショボ/\した眼に眼鏡を掛けて、二重《ふたへ》になるようにこゞんで、銘仙の糸をつむいで居た。油気の無くなつた指に唾液をつけては、キーキー、キヽーツと細い声を立てさせて、竹筒の切口に挟んだ真綿――と云ふのは下繭から造
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つた綿――から太い糸を引張り出す。束にしたのを二掛か三掛か済ますと、膝の上へ溜めた糸を、平たい飯籃の蓋へ手繰《たぐり》直《なほ》して、さて其格外に大きい眼鏡を外し、暗い灯影で本を読んでる二人を見て、
「早《は》い深けたぞよ、根《こん》を詰めると毒だに……オヽそれ、粟でも焼いて食はつしやい。」
「アハヽお祖母さん、疾つくに……こオれ。」と剥いた皮を囲炉裏へ投込むとフス/\と燻ぶる。
「牧夫さんまつと焼くべいか?」
「え、けれど最早《もう》遅くなつたらうよ、僕ア帰らうかしら……」と彼は四辺《あたり》を見廻した。
 宮川の許《ところ》には時計があるが我家《うち》にはない。そして梁も天井も燻り返つて、真黒に漆を塗つたやうである。壁の隅々の小柱は捩れたり傾いたり、其壁に張つてある錦画も、幾年昔のか解らない。其へ雨水が浸みると見えて、所々汚点になつて居る。
 と、お祖母《ばあ》様は――学者の娘であり乍ら学問は嫌ひであつたさうだが――昔者の癖で、草分けの時代からの住民ででもあるやうな調子で、一村の盛衰から、其の家、其の血統の移り変りまで、あゝであつた、かうであつたの物語をよく話した。一度、宮川の母方の事にも説き及んだが、
「お前さんのお袋さんは、若い内は滅法えゝ女でなア。」
 と云ひ掛けたきり、ほかの事に紛らせて、後を継がなんだ。
 また粟や柿を持出すと、立ちかけた宮川も坐り込んで、ボツ/\と飽かずに手を出す。腹を害《こは》してはと云つて、柿は余り喰はぬ。自分はまた下手な調子で宮川に話を為掛けながら、面白く雑誌を見つづける。
 成程「一夜天下」の滑稽も棄て難いが、三昧道人の「小荊軻」は殊に幼い心を惹く。二人の美少年が功名を争ふ所や、木下闇の決闘や、敵に仕ふる少年の苦心、就中其扇を取つての舞姿――永洗の挿絵は、宮川の彩筆で色取られて、一人の少年が謡つたとある「背燭共憐深夜月、踏花同惜少年春。」――無論仮名附き、仮名交り――の朗詠と共に、十幾年後の今も記憶に残つて居る。
 話好きのお祖母様が、此夜は何うした事か其|白髪《しらが》首《くび》をふらり/\と動かして、たわいも無く居眠りを始めた時、宮川は衝いと立つた。
「もう帰らうよ。」
「さうかい。」止めたかつたが遅くもある。
「牧夫さんお帰りかね。」と次の部屋から、寝就いた母の声、
「武《たけし》、雨が降るから傘を見て上げろよ。」
「あゝ。」と土間へ降りて積んである俵の上から探り得た化けさうな傘。夜が更けては提灯で送るが常なので、之ばかりは重代物の馬乗提灯――根笹の紋を表に、奈良原と筥文字を裏に、胴へ二本の朱線を入れて、剥げかゝつた黒塗の把手《とつて》は長く笠は鉄。点し余しの一寸許の蝋燭に火を移した時、お祖母様はぐらつと大きく体を動かして、ハツと目を※[#「目+(淨−さんずい)」]《みは》り、「オヽお帰りか?」
「アヽ。」
 二人は戸口を出た。雨は思つた程でない、ビジヨ/\する泥濘道《ぬかるみ》を、一つの傘に身を寄合はせて、一二町来るとばつたりやんだ。
「もう君いゝよ。」
「アヽ。」と云ひながら半町程。
「もういゝの、提灯だけ借りてかう。」
「ぢやアえゝかい、恐かない?……傘もやるべい。」
「うゝんいらない。」と最早二三間離れる。
 つい其所の土橋の上に立つた時、牧夫さんと呼んでみたが水音で聞えなかつたと見える。橋向うはやゝ登りになるのを、校長の住居が其近くにある森の方へ寝静まつた村の闇を縫つて、丸い提灯がぶらぶらと段々小さくなつてふと消えた。

     十

 畑では、蜀黍の葉も稈も枯れて、豆は自然にパチ/\とはぜ、その黒や茶色の莢と莢とが風吹く毎にカラ/\と鳴る。村|尽頭《はづれ》の銀杏樹は真黄《まつき》に色附いて、宛ら裾野の予言者めかしく「冬が来た冬が来た。」と東へ一葉、西へ一葉、物に激しては急雨の如くに、報告《しらせ》のちらしを振撒いて居る。雑木林は日毎に骨を現はし、松林、殊に杉林は、愈々黒みを増して行く。湖水の水は鉛色を帯びて雲も寒げの立《ただ》ずまひ。「雪婆々、雪婆々、雪を背負つてつン逃げろー」と夕暮になると村童《こども》が謡ふやうになつた。蜉蝣《ぶよ》に似た小さな羽虫の、臀に真白い毛が生えて――恐らく虫の防寒具であらう――村中を縦横に飛び廻る。裾野の住民は此の雪婆々を「雪の使」だとしてある。
 云ふ迄もなく富士の頂には最早や幾度か雪が降つた。「雪の使」は山の頂から村里への使者であらう。
 子供は震へ、老人は鼻涕《はな》をたらして、兎角火の傍が恋しくなり、飲酒家は酒の量を増《ふ》やし、病人は重ね著をする。其間に、いや半ばは其前に、収穫が済んで、軈て稈は抜かれ、畑は裸に耕されて、一年最後の野良時である大麦小麦の蒔附けが終る。
 そして自分の家では、夏に買入れた繭を全然《すつかり》乾燥させといて、野良仕事がなくなつて手が空いてる村の女へ配るのであつた。大きな工場なぞを持つてる町場の製糸屋とは異つて、古繭袋《ふるゆたん》か大笊かへ五六升づつ量り分けては、取らせて呉れろと云つて来る女の人柄を見い/\配り附ける。
 やがて其等が其繭を糸に取り、管に捲いて持つて来て、
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「今度は何うで御座んすらね、目があつて呉れゝばえゝが……」と、質朴な顔に心配さうな色を浮べては、水目を量つてみる母の秤の手元を見詰めるのだつた。大抵は日一杯稼いで夜分に持つて来る。すると若い衆が跡をつけて来て、障子へ指を貫《とほ》して覗いたり、妙な声をして笑つたり、冷かしたりする。女共は別に可厭《いや》だと云ふ様子も見せずに、矢張ニコ/\笑つて居る。
 斯様《こん》な風に、野は枯れ村もます/\寂れて行く年の暮から、ずつと雪の下が却つて自分の家の忙《いそが》しい時節である。生糸を引く家は外にも四五軒あつた。其頃はまだ水車で糸を撚《よ》らせる事など考へ附かなんだので、撚車《よりぐるま》の重いのを母がガン/\廻したものだ。そして撚のかゝつた糸は揚枠《あげわく》へあがるやうな具合になつて居て、揚枠を外して父が大きな綜枠《へわく》と云ふので、四十よみ[#「よみ」に傍点]とか五十よみ[#「よみ」に傍点]とか糸の数を定め、長《たけ》を定めて、経糸《たていと》を綜上《へあ》げるのであつた。
 綜上げた経糸は――機にする糸に経《たて》、緯《よこ》の区別がある――一の日と五の日に吉田と云ふ二里|許《ばかり》隔てた町の市場へ背負ひ出して、仲買人の手へ渡したり、つぼ(素人)へ売つたりした。
 此糸の捌けて行く所は同じ裾野の内でも、下郷と総称して吉田から下つて東の方、谷村や猿橋辺の機織場である。所の者にはさして珍らしくは無いが、旅をする何人《たれ》でも、偶と通りすがつた藁家の軒端に、サヤサヤ/\と静かな調子で――此辺の機は引梭《ひきをさ》と云ふので、チャンカラ/\と打つけはせぬ――織り進む梭の声を聞いたなら、場所柄だけに、沙漠に妙音を聞く感じがするであろう。よく絵や歌に入れる桃咲く軒端のそれもよいが、雪の静かに降る日なぞには殊に懐しい惹きつけられるやうな幽韻《ひびき》がする。
 一口に甲斐絹と云つて了ふものの、絵甲斐絹もある。縞甲斐絹もある。白無地もあり黒無地もあり、綾物もあれば綾でないのも、五裏だとか何だとか、それ等は皆、裾野の乙女達の手になるのです。そして骨細で百姓の出来ない者で、小金の廻る者は――矢張甲斐絹にも生糸と同じに市が立つた――市場へ出て仕入れたり、つぼ[#「つぼ」に傍点]から頼まれたりして、方々の国へ、所謂甲斐絹商人となつて廻つて行く。父の来た家がもと甲斐絹で資産を作つたと云ふ事で、お江戸と云つた昔から東京には大きな顧客《とくい》の呉服店があつて、前に云つた父の兄は、其店に幼少のころ、見習の為め奉行した事があつたと云ふ。然し呉服屋の丁稚や番頭なぞと云ふ者は、暖簾《のれん》でも分けて貰へば兎も角、田舎なぞへ帰つては何にもなるものぢやない。何にも成らなくても身上世盛の時には宜《よ》かつたが、零落《おちぶ》れて見ると彼様《あん》な人でも内の阿爺《おやぢ》は何故《なぜ》乃公《おれ》に様な仕込をして呉れなんだらうと愚痴をこぼしたさうだ。
 父はまだ生家も養家も盛りの頃、「富士の御師」と云ふ門閥望みで貰はれて来たさうだが、それも御師(神官の別名)の階級が毀たれて、檀家なぞが分離して了つた今となつては、門閥も何もあつたものぢやない。養子に来る早々から、生活の味の苦さを嘗め続けた。ちりつぱ一つ残さずに売り払つて、「へ」の字を「く」の字に伯父の家の方立《ほうだて》の時、伯父には、別に之と云つて手に職があるぢやなし、商人と云つても随分運賦天賦だから、これは死んだ積りで、昔の事を縁に、元の呉服店へ番頭にでも住込んでみてはどうだらうと、父から勧めてみたさうな。すると疾うに三十越した身で、お内儀様、旦那様と匍匐《はひ》つくばふは可厭《いや》だ、と云ふ。そんなら何をする積りかと云つても別に好い分別のある訳はない。理に詰んだ押問答も切なる忠言も其甲斐なく、其尽ぐづ/\に商人様《あきうどさま》の真似事をしたはよいが、元来が才も根気も無い人の、昔の生括が忘られず、借金しつゝの贅沢に、二進《につち》も三進《さつち》も行かぬ場合となり、たうとう夜逃げ同様に村を出た。
 父の商売の仲間なぞで、折々東京へ出掛ける者の話は、屡々父の心を痛ませた。
 或時は飯田町辺で荷車を挽いて居た伯父を見かけたと云ひ、又或時は砲兵工廠の職工に交つて居たとも伝はつた。「何うかして遣つては……?」と他人が口を利くと、母は、「何うかしてとつて此方《こつち》の勧める言《こと》はちつとも受付けない人だから為様《しよう》がない、加之《それに》自分の頭の蝿も追へやしない。」と云ふ。父は、腹は知れないが、口では、「ナニ今に懲りて帰つて来がす、長く勤まるものぢやアありがしない。」とばかり打棄てゝ置いたが、帰つても来ずに杳として消息を絶つた。
 若し此物語の進み来つた所、即ち自分が尋常小学四年の冬を現在として振返れば、丁度一昨年、砲兵工廠火に薬の爆発のあつた時の事だ。遅くなつても例《いつ》も其日のうちに帰るのを、父は市場へ行つたまゝ翌日も帰つて来ぬ。追剥にでも逢つたぢやないかとお祖母様は騒ぐ。母は市場へ行つた人を尋ね歩くして、非常な心配をして居る所へ御殿場から出した葉書が来た。母が読んで聞かせたには、砲兵工廠の爆発騒ぎを市場の茶屋の新聞で見、居ても立つても居られないで直ぐ飛出した。今上りの終列車を待ちながら此葉書を出すと云ふ意味であつた。
「オヽヤレ/\安心したよー、……でも兄弟でなくつて誰がお前――」とお祖母様は云つた。
「全く砲兵工廠に居るだか何だか解りもしない者を。」と母は不平らしい調子であつた。
「さう云つちよやい、兄弟だもの、兄イが何処に居るか位ゐは、突留めて置くわな。」
 父は其から四日目に帰つて来た。人の話の通り造兵に居る事は居たが、幸ひに災難には罹らなかつた。其所で、何時迄転んで居てもしやうは無いから、と無理に勧めて同道して、
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神田神明下の増田屋と云ふ以前兄貴が奉公した呉服店へ行つて、恥を打開けて頼んで来た。
「これで先づ一と安心だ!」
 と父はさも/\安心した様に、嬉しげに云つたツけ。
     ×  ×  ×  ×
 雪催ひの天《そら》がいよ/\雪になつた。
 ドン/\火を焚いて囲炉裏で当つて居ると、「郵便!」と一声、障子の裂目から手紙を投込んで去《い》つた。
「オヽ、おつちやんからだ。」と自分は取上げて父に渡す。封書で奈良原次郎殿、氏家作太郎。
「さうか?」と父は廻してゐた綜枠《へわく》を控へて開いて見る。
「なアお民、久し振の兄貴からの手紙だが此様《こん》な事が書いてあるぞよ。」
「何てね?」と、囲炉裏端で食事の仕度をして居た母は、灰ぽこりのたかつた、鳶の巣のような頭髪《かみ》で振向く。
「兄貴がな、来年から通《かよひ》番頭になれるとよ。」
「まア、よかつたよー。」
「給料も多分ぢやなくても一軒持つに足りる程出す筈ださうだ……此儘しつかり行つて呉れゝばえゝが……なにしろ昔の五六年の無駄奉公がたし[#「たし」に傍点]になつたと見えるよ。それで終《しまひ》へ持つてな――乃公《おれ》もお前のお蔭で斯うなつた弟つたア……」と云ひかけてホロリとした面持《おももち》で押黙つたが、ハヽヽと笑つて、「おらが兄貴も旨い事を云ふやうになつたよ、弟たア思はない恩人だとサ。」
「……恩人でも変人でも、緊《しま》つてさい呉れりやそれが何よりで御座んさアねえ。」

     十一

 年も変つて、桜の花の咲く頃に、伯父からまた手紙が来た。
 いよ/\小《ささ》やかながら一軒の主《あるじ》となつた。今更ながら、年寄つた父母に孝養を怠つた事を残念に思ふ。せめてはお前の姑に目の保養なりとさせて上げたい。都合して寄越して呉れとの意味であつた。そして尚ほ旅費として為替券まで封入してあつた。
 お祖母様は昔気質の、贅沢だ、勿体《もつたい》ないと辞《いな》んだが、つまりは、折角の好意を無《む》にする訳にも行くまいし年寄はまたと云つて向うの事は当《あて》にならぬ、好機会《よいをり》だから是非にとの父母の勧めに従ふ事となり、自分を連れて何月何日には出掛けようときまつた。
 東京行! 思ひ掛けない事なので、自分の歓びは別段だ。そしてそれを第一に打開けたのは、宮川へである。
「ア然《さ》う! そりや面白からうよ、何日《いつ》頃帰つて来る?……直《ぢ》きだつて、一週間ばかり?……ぢや此休暇のお了ひになる時分だね、今高等科を併置《いつしよに》する事で叔父さんが骨折つてるから、君が帰る頃にや決つてるだらうよ。」
「何かお土産を買つて来るよ、屹度《きつと》なツ。」
 明治二十○年四月○日、自分は生れて始めて国境を越した。地理で習つた、駿河表の広々とした裾野も見た。御殿場へ出て、黒煙を吐き蒸気を漏らす大きな汽車を見た時の驚き、真鍮の光る把手《とつて》を握つて乗り心地の好い腰掛へかけた時の喜び。美しい婦人やおめかしの紳士の間に挟まれて、新奇を好む少年の心臓の鼓動は、悉く文明に対する歎美の声であつた。
 新橋で降りて初めての人力車に乗り、銀座通りの店の装飾や人の賑ひに目をまはし、矢鱈に立派な建物の押し合ひへし合ふ間をぐるぐる廻つて、村を出て二日目の灯ともし頃、伯父の住所を尋ね当てた。伯父は非常にお世辞のいゝ、取廻しのうまい人となつて居た。昼間は務のある身だからと、俥を取つて方々の公園から丸の内まで見物させて呉れ、夜分は自身で手を曳くやうにして町々の有様を説明して歩いた。住所は町麹の、と有る家の離亭《はなれ》を借りたので、一と月の費用がこれ/\収入がこれこれ、貯金が此位ゐと、お祖母様に打開けた。親達の話が出ては、「私の母も生きてますれば貴女《あなた》より十歳《とう》も若いのですが、」と云ひ、また子供の事も忘れられぬと見えて、「どうでせうか、健在《たつしや》の様子ですかね? あれも今に何うにかする積りです。」と云つた。食べる物は旨し、見る物は美しゝ、自分はもう全然《すつかり》都会の繁華に酔はされて了つて、何時《いつ》国へ帰らうと云う気もなかつたが、「坊やい、早《は》い一週間になるぞよ、お花見も名所見物も大抵済んだ、伯父さんは忙しい体だから余り長くは気の毒だに、明日《あした》時分帰らんじよよ。」とお祖母様に云はれて、「あゝさうだなーツ」と帰る気にはなつたものの帰つて行くには裾野は余り淋しい心地がする。ならば一生を此地で過してみたい。
 然し我儘の云へる身でない事は知つてる。帰らうと云ふ事を伯父に話すと、またと云つてさう/\出ては来られぬからと、また二三日芝居や何かに費した。いよ/\明日《あす》は帰ると云ふ晩、伯父は土産物など調へて、半ば其身の懺悔のやうに、「武《たけし》、精出して勉強してえらい者になれよ、若い内遊んでた者は惨《みじ》めな目に逢ふぞ。」
 としみ/″\とした調子で云つた。
「えらい者になつたら東京に住まれるづらかね?」
「アヽ/\東京へ出て何様《どん》な暮しでも出来るぞ。」
 麹町から新橋へ行く車の上で、「牧夫さんと約束したと云ツたけが、何か土産を買つてくぢやアないかや。」とお祖母様に注意されて全然《すつかり》忘れて居た事に気が附いて、停車場附近の勧工場で車夫に頼んで二品三品買つて貰つた。
 来た時と同じ道を取つて四月半ばに故郷へ帰る。広々とした海の眺めや、青々とした松原や、桃の林や、桜の隧道《とんねる》や、
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行き来の繁い町々も過ぎ、石炭の香する汽車も棄て、御殿場の宿《しゆく》尽頭《はづれ》から乗つたいかにも田舎めいたガタクリ馬車の細い柱に掴まつて、裾野の春の夕暮を、髪の白いお祖母と倚り合つて、ゴトリ/\と揺られながら、遙かの村の灯を眺めた時、見続けた夢からふと覚めた。
「もう舞台は変つてるのだ!」
 と思ふと後へ七分、前へ三分の子供心、何時また東京へ行かれるだらうと考へると同時に、思ひ出しては忘れ、思ひ出しては忘れして居た宮川が、判然《はつきり》胸に浮んで来た。そして、「待つてたよ!」
 と言はれる気がして、荷物の包を撫でて試《み》た。
「お土産、約束のお土産は此中にある!」
 其夜は須走で一泊し、あくる日徒歩で年寄子供のそろ/\と、でも六里あまりあるので船津へ入つた頃は大分疲れて、湖水は乗合客も無かつたが船に乗つた。船頭の老爺《おやぢ》はお祖母様をよく知つてて、江戸見物に行つて御座らつしやつたちゆうが羨ましいとか、俺《わし》も死ぬ迄に一度行きたいとか、ギーチギーチと艫を押しながら話しかける。
「俺《わし》らが村ぢやア何も変つた事ア聞きがしないかえ?」
「ハア別段の事ア……ただ学校に紛擾《もめ》が出来たとかでね。」
「え?」
「ありや塩谷つて言ひがしたツけかね、校長が河口を辞職《やめ》にして、何でも今日早くに俺らが方を通つたつて事で。」
「へーエ? あの校長さんが? まア何うした訳づら?」
「深い訳ア知りがせんが、何でも太《えら》く紛擾《もめ》があつて其揚句のやうで御座りがすよ。」
「それぢやアお祖母さん、牧夫さんも、」と云ひかけて自分は泣きたくなつた。「え? 居なくなツつらなーツ?」
「さうだな……まア飛んだ事だ、酒が悪好《わるず》きツきり村の為めにやアなつた人だが――」
 噫、此様《こん》な事になる程なら、東京へ行くではなかつた、と村に居たなら何か留める工夫もあつたやうな気もする。
「でも宮川だけは残つてるかしら、先生は行つても惜しくない、牧夫さんだけ居ればよい。」と思ひながら、船から上つて家へ着く迄、小さい胸を痛め/\歩いた。
「お母ちやん、牧夫さんも去《い》つちまつたかい?」
 帰ると第一に、自分の口から出た言葉はこれだ。
 母は呆れたやうに暫く見詰めて居たが、軈《やが》て微笑《ほほゑ》んで、
「此子はまア、帰つたとも何とも挨拶もしないで……お前誰かに学校の話を聞いたかい、オヤ、え帽子《しやつぽ》、おつちやんに買つて貰つたかい。」と言葉をあらぬ方へ転じて、どうであつた、かうであつたかと、問ひかけるばかり。
 子供等はもうお祖母様を囲んで、土産物を配けて貰つて居る。父が「どうだつたな?」と重い調子で、でも晴やかな顔をして爐傍へ坐り込むと、直ぐお祖母様が引取つて、一伍一什《いちぶしじふ》の物語が始まる。自分に問ひかけられた事は忘れたやうに、母も其方《そちら》へ膝を向けた。
 一段落附くと、「家の者は皆|健在《たつしや》だつたかな。」と先刻《さつき》も一度云つた事を繰り返して、「村には……」と云ひかけて、お祖母様の例《いつ》もの仰山声で、「オーソレソレ学校が大分もめたちゆうなあ。」と首を傾ける。
 父は「アヽ」と云つた切り、土産の菓子を摘んでポツリポツリ。甘い物ではお辞儀のない人だ。
「それがねお母《かあ》さん。」と今度は母が話し出す、「校長がまるで器量を下げた訳だわね。」
「お母ちやん何うしただよ、牧夫さんは?」
 幾度聞くか知れやしないに、と自分は母の餞舌《おしやべり》を自烈度く思つた。
「今話すから、」と、母は矢張膝をお祖母様へ向けた儘話を続ける。

     十二

 母が云ふには、村長の従弟《いとこ》で、師範学校を卒業したものが他村《よそ》の教師をして居る、それを村へ呼び寄せたいばつかりに、高等科併置と云ふ事を唱へた。唱へ出したのは村長で、校長は喜んで之に乗つて相応の尽力をした。併置はいよ/\許可になつた。それで塩谷校長は依然其身が校長になる積りであつたのに、「高等科併置に就いては、貴郎《あなた》が尋常科の主任、別にこれ/\の人物を高等科主任として頼まう。」と既にきまつたやうに村長は切出した。其が校長の癪に触つて、むしやくしや紛れに大酒を被つて村長の家へ怒鳴り込んだ。「ヘン斯う見えても立派に検定で免状を取つてある、馬鹿にして呉れるな。」と、えらい見幕。座に村長におベツかる長尾と云ふ代用教員が居て、「貴郎はえらい、人の信書の秘密を破る、法律から行きやア刑法の罪人だ。」と村の娘に送る艶書を書いといたのを見現はされて痛く説法食つたとやらを含んででも居たであらう、校長の旗色の悪いのを機会に、喧嘩を吹掛けた。激し易い校長は直ぐ手出をして、村長とも取組合をした――
「それがつい二三目前の事だつてね……そのまた長尾ちゆう奴が若い癖に悪企《わるだくみ》ばかしする与太野郎で、何でも山田先生を突ツつき出したもあれだちゆうがすよ。」と母は煙草を吸着ける。
 話は終つたのか、宮川の事も話すともツたらちつとも為やしない!
「牧夫さんはよ? お母ちやんてば!」
「アヽ牧夫さん?」と母は自分を顧みて、「つい昨夜の事だ
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よ。」と初めてしみ/″\と、(武さんはまだ帰りませんか)ツて来てね、(まだで御座んすよ)と云ふと、(僕は明朝谷村へ帰りますが、武さんが戻つたら宜しく云つて下さい)、と斯ふ云ふのさ。」
「それツきり……それで去《い》つちまつた?」
「何うにか納まるづらと思つてたらね、お母さん、」とまた話が向うへ移る、「牧夫さんが来ての話でいよいよ塩谷さんが此村《ここ》を辞職して他村《よそ》へ去《い》くちゆう事が知れたからね……」
 父は直ぐ仕事場へ去つた。
「何とか調停《とりなし》は出来まいかつて勧めたら、子供のお父つあんがあんな尻の重たい人だけんど、オーと牧夫さんの跡を追ふやうに直き行くと、其時にやア早《は》い荷物も皆な纏めた後で、お崎さんが――奥さんが泣きながら向うの魂胆を話したさうだわね。」
「あとはどうしるづら?」
「学校かね?」
「いゝや家をよ、ありや牧夫さんの亡父《おとつ》つあんの持物だぞよ。」
「アヽ其預かり物だツて事もあるし、実アお崎さんの考へぢやア村に居たくもあツつらけんど、先生の怒りやうがひどくて、どうせ田舎へ引込む筈だから後始末は向うへ行つてから相談する、他国へ行つて百姓しればツて、村で奴等の面を見るが可厭《いや》だツて、家はすつかり閉めちまつたとサ。」
「牧夫さんも一緒に去《い》つただなーツ?」と自分は泣きたいのを抑へて確めるやうに繰返して訊《き》く。
「アヽ。」と母も有繋《さすが》に憤然と、「あの子とも折角お馴染《なじみ》になつただけんど――。」
 堪らなくなつて自分は衝いと立つて、ぐる/″\家を歩き廻つた。
「兄ちやん/\、こりや誰へのお土産だい?」と弟が持つて来た。新刊雑誌と画の手本。
「之かツ、これはなツ……」
 涙は雨のやうに表紙を打つた。
     ×  ×  ×  ×
 高等科併置――ただひとへに宮川と一緒に勉強が続けられると云ふ故で喜んだそれも、却つて彼と別れる基であつた!
 東京から帰つて二週間程たつて、宮川から手紙が来た。
「村を出る時あはなんだはざんねんでした、東京からいつかへりました、ぼくは今こちらの学校へ通つてます、さうして日ぐれには雲の赤い西の空ばかりを見て居ます、叔父はとなり村の小学校へ行きました、叔母だけはまだぼくの家に居ます。」
 自分もそれへ返事を出した。
「ざんねんは同じ事、君が村を出た其日の夕がたかへつて来て、話を聞いて泣きました、君が居ないから学校へも行きたくない、此間も山へ行つて二度ほど泣いた、やくそくの土産は父が市場へ行くから人にたのんでとどけます。」
 此後手紙の交換は屡々あつたが、別れて居ては思ふに任せなかつた。加之《それに》、月移り年変つて、その花咲く頃ともなれば、「あゝ去年の今頃!」「あゝ一昨年《おととし》の今時分!」と果敢《はか》ない、逢はずに別れた其事を悲しまぬではないが、「其時にはお祖母さんと一緒に……伯父さんに手を曳かれて……」と自分は淋しい友の面影より、大廈高楼の並び立つ都の夢の方を多く見た。
 かくて一人は町に、一人は村に、一人は恐らく、冷たい継父を戴いて、一人は勝気の母の膝下に十三となり十四となつた。
 此間に村では学校の新築も出来る。教師も幾人か新らしいのが来る。山は焼かれる。森は畑になる。御料局の役人の巡回が烈しくなる。樵夫《きこり》が縛られる。旧暦で行つた鎮守の祭が新暦になる。岬に華族の別荘も出来れば、猟場の制札も立つ。湖水を潤さうと云ふ計画も立てば、沈んで居る神代杉を掘らうと云ふ者もあり、風俗の悪い土方石工も入込んで、酒屋も殖える。料理屋も出る。それで酌婦の心中やら、堕胎騒ぎやら、此頃に始まつた事でもないが、月日と云ふ眼鏡を拾へば拾ふだけ、自分にも四囲《あたり》の事情が解つて来るし、判断の力も生じ、慾も駄菓子、果物以外に馳せて、あらゆる出来事が注意を惹くやうに成つた。
 此頃の谷村の町の様子は何うであつたか、今知るに由もないが、町場はまた町場だけに、宮川が世間と云ふものに、より多く接触して居たに相違ない。
 宮川は居ないし、おベツか野郎の長尾や、からくり[#「からくり」に傍点]で入り込んだ新校長の小面が悪くて、自分は一時、実際、学校へ行く気にもならなかつたが、一生を田舎に朽ち果てる心は更々無い。白状すれば、「えらい者になつて、あの賑やかな華やかな東京のやうな場所に住んでみたい!」
 これだ。之が当時の自分の理想なので、それには伯父の云つた通りみつしり勉強しなくては、と学校へも続けて行つた。
 高等三年に進級して暫くすると校長がまた変つた。其は池辺と云つて二十五六、矢張師範出の、教育家の癖に馬鹿にビスマーク贔屓で、腕力の恐ろしく強い人だ。それで塩谷先生のやうに怒りつぽい方ではなく、無論山田先生の女性に近い温順でもなく、色は白いが角張つた、眉毛の太い顔面《かほ》に活気が終始溢れて居た。其如何にも男性らしいキビ/\した所が、全然《すつかり》自分の気に入つちまつて、話をする毎にクン/\と鼻を鳴らす、其癖までをも真似をした。
 ともすれば自分でも、宮川が来なんだ以前の腕白に返つた
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やうな気がする。其癖頻りにガーフヰールドの伝記を読み耽つて居たので――伝は前年宮川が送つて呉れた雑誌に詳しく載つて居た――遊びに来いと云はれて校長の所へ行くと、よくビスマークとガーフヰールドとの優劣論を戦はしたものだ。
 先生は村役場の一室を仕切つて借りて居た。役場は学校の側で、先生の部屋には何の装飾も無く、食卓《ちやぶだい》にもする唯一脚の机へ五六冊本を積んだ外、壁に掛けてある帽子と古袴と、吊り提げとく撃剣の道具のみであつた。
「先、先生そりやア違ひがすよ。」
 と云ふ吃り調子で、何処までもガーフヰールドの肩を持つ。それを面白がつて、校長は特有の大口を開いて、何有《あなあに》、ビスマーク、ビスマーク! と笑ひながらも譲らない。
 議論してひン負けても、先生の生々《いきいき》した様子を見ると、男は斯うぢやなくちや――我家《わがや》のお父つあんなんざ、一こく[#「こく」に傍点]を起す時は別として、余り黙りん坊過ぎる、温厚過ぎると、母にのさばられてるを歯痔くも思つた。

     十三

「拝啓久々御無音に打過ぎ候処如何お暮しなされ候や、さて小生儀此たび受験の結果県立中学入学の許可を得、四五日前より当甲府へ参り居り候。就ては我校の例として来月上旬あたりには春季修学旅行有之、我等一二年の生徒は、江之島鎌倉辺まで出掛くべく、略決定したるやの噂の御座候、もし順路駿州東往還を取つて昔懐しき裾野を過る事も候はば、幸にして御目に掛かるを得べきかと、今より楽しみ居り候早々。
    四月十日[#以下地付き]宮川牧夫
 奈良原武様
 自分が高小四年の始め頃、偶《ふ》と斯ういふ手紙を受取つた。――思へばほんとに久し振である。去年までは互に文章を飾り合つて長たらしい物を取換はして居たのが、遂には書く種も尽きたのか、何方《どちら》から遠のくともなく遠のいて、近来遣り取りした記憶《おぼえ》もない。
「さすがに忘れては呉れなかつた!」
 と繰返して読むうちに、
「中学? え、宮川はもう中学へ入つたのか。」
 新しく湧く懐しさ嬉しさの間へ、突如として上る羨ましさ!
「自分は馬鹿だつた、まだ前途《さき》の学校も定《き》めてない――それにしてもなぜ宮川は、入学試験の前に一言《ひとこと》知らせて呉れなかつたらう?」
 怨みがましい心も起こる。
 で、前後も考へずに、自分も来年は中学へ入つて見たいと父へ相談を掛けたが、父は、新しく谷村へ立つた染織学校へ入れる積りであつたらしい事を云ふ。母にはがんがんわな[#「わな」に傍点]られるだけに我儘も云ふが、父に対しては気の毒で強ひては云へぬ。
 斯様《こん》な時には池辺先生へ行くに限ると、手紙を掴んで飛んで行つた。そして自分の望みと父の考へとを併せて判断を乞ふと、例の快活に笑ふ人も、真面目になつて、
「うむ/\、中学は金が掛かる事はかゝる……また、中学限りでお了ひにしたでは何にもならぬ、もつと上の学校へ行かなきやならぬ、……なる程、お父つあんは苦しからう、うむく、そりやアさうさ、勘定なしで矢鱈に学校へばかり入つても、途中で潰れたんぢやアな、そりやお父つあんの云ふ通りだ、……然し染織学校はお前には考へ物だぞ、つまり職人になる訳だね。」
「先生、あのガーフヰールドのように――」と熟した面《おもて》を上げて、自分で働いて自分で勉強する事は出来まいかと質《たづ》ねた。
「そりや不可《いかん》、亜米利加と日本とは全然|国風《くにがら》が違ふからな、彼国《あちら》は学生の自活しても通れるやうに都合よく出来てるんだ。日本でも東京あたりぢや、苦学生なんちつて新聞売や牛乳配達をする者もあるが、そりや勉強の時間なんぞはありやせん。偶《たま》に成功する者があつても大抵は誰かの補助があるからだよ、……それよりや一つ師範へ入つて試《み》てはどうだな、自分が出たから勧めるぢやない、師範学校へ入つたからつて必ずしも教師になる必要はない、其内にお父つあんの方が都合が好くなりや、費用をさへ返せば何うでもなる……まだ年齢が少いから二三年待つてゝ行つちやアどうだな、決して損は無いよ。」
 と云つて先生は師範出の人傑の名を挙げて、諄々と諭して呉れた。
 考へて見ると、去年から今年へかけて商売は多少失敗して居る。此際たつて父に腰ふ事は出来ぬ。と云つて自分でやる事も世間知らずの身には大分懸念はある。
「ぢやア然う云ふ事に致しがせう。」
 と礼を述べて帰つたが、矢張中学へ入りたい事は入りたい。其夜夢にまで中学の様子を見た。
 軈て五月となつた。
 宮川からまた、明後日出発、河口一泊の予定との葉書が来た。其明後日も今日といふ日に、晴空に舞ひのぼる雲雀を聞きながら、自分は地俗、西原の麦畑の雑草を抜いて居たが、遙かに勇しい軍歌の声がするので其と知つて、手の土を掃ひもせずに駈け出した。畑の中を真一文字に、よその庭から往還へ出ると、黒の制服に脚絆を著けた一行は既に宿屋の前に並んで居た。
 物見高い女子供は真黒に出て見て居る。
 皆一様に海軍帽、巻いて肩にした外套の緋羅紗や黒繻子の
-----P038-----
裏を見せ、金ボタンを光らせて整然と列を作つた凛々しい扮装《いでたち》を、遙かに見かけた時、其一行に宮川が――牧夫君が居ると気附いた時、ヅキリと電気に撃たれたやうな心地がして、自分ははツと物蔭へ隠れた。そして、
「此|醜態《ざま》で!」
 と己が姿を見返つた。浅ましくも汚れ切つた山着物……ふと涙が落ちる。泥の着いた拳を挙げて眼を抑へたが、遂に其処へ泣き倒れた。
 暫くして顔を上げた。もう夕暮である。そぞろ寒い風が濡れた頬を嘗めて行く。
「何故泣いた?」
 と自分で考へると、あまりにはした無い振舞の、恥しさに堪へぬ。人が見はせぬかと立つて見廻した。露地のやうになつてる所を潜つて裏通へ出抜ける。そして無暗に歩いてると木立の間から薄れて行く夕雲が見える。その木立も越した。越すとまた南北へ横ぎる野径《のみち》があつて、南へ曲れば我家の方、北へ折れれば再び往還へ出る……迷ふともなく岐路をさまよふ。
 頭脳《あたま》はまだむしやくしやして居る――何か考へなきやならんが緒口《いとぐち》が掴まらぬ。かくて、右へ行つたか左へ行つたか、何時《いつ》か呆然《ぼんやり》と他家《よそ》の垣根へ凭《もた》れて居た。
 気が附くと、此処は房公の家の背戸で、那辺《どこ》かでポカリ/\と木を割る音がする。そしてガタ/\閉て附けの悪い戸を押すらしく、
「房やい、早《は》くお了《しま》ひにしろよ。」
 と女の声がかゝる。
「馬鹿アこけ、まだ割り切れないわ。」
 と云ひ棄てゝ猶勢よく割り続ける。
 房公も与太野郎だが、感心な奴だ、と思はずぐるツと廻つて見た。夕闇に斧を振り翳して木を割る姿!
 今姉が閉てかけた雨戸の隙を漏る燈火に、立派に発達した頬や腕の筋肉を見せて息をも継かずに続け打つ! 自分は少時《しばし》たつて見惚れて居た。
「早いお了ひツてばよ!」
 と姉は重ねて声をかけて、ぴたツと戸を閉めた――灯影が消えた――其刹那、ポカンと一つ打下したが、「チヨツ」と舌を鳴らして、「気の利かない女《あま》だよ、ふんとに……」
 ドサンと物を抛つ音がして、のそり/\と黒い影が闇を動く。今割つたのは松の樹か、松脂《やに》の香が微かにする。自分は胸がすつきりとし、頭も軽くなつて、衝と其所を離れた。
「ア、遅くなつた、――乃公《おれ》も家へ帰らう。」
 帰ると母は笑顔をして、
「馬鹿につめ[#「つめ」に傍点]たぢやないか、お父つあんもまだ帰らないぞよ……オヽお前、中学校の生徒が来たさうだ、早く支度ウ取つて見て来たらえゝら、牧夫さんも来て居るらに。」
「えゝ、アヽ」曖昧の返事をして自分は立つて居る。
「湯も沸いてるが入るかや?」
「アヽ、然うしべいか。」
 山着を脱いで外風呂で一浴びし、平常服《ふだんぎ》を引かけて坐つてみた。――だが之が洋服だつたら何うだらう。そして修学旅行の仲間で来て、今夜|我家《うち》へ泊るのだつたら何うだらう。ともう「牧夫さんに逢ひたい。」よりは、「中学校へ行きたい。」が勝つて居た。
 兎も角も、怖いやうな気はするが訪ねて行つて、学校の様子や費用の点を聞いて来ようと考へながら、晩飯を喰つて居ると、丁度向うから来て呉れた。
 彼はもう見違へるばかりに立派になつて、白かつた顔色は一層白く、やゝ釣上つた目が涼しく、青く、透徹《すきとほ》るやうな五分刈頭、それに学校服へ緋羅紗の肩章――聞けば組長の章ださうな――白いカラーも似合はしく、金ボタンの数多いジャケツの尽端《はづれ》に、露西亜《ロシア》鞣《なめし》の胴締をしてゐた。
 度々貰ふ手紙の筆蹟文章の、回を追うて巧みになるのも羨ましかつたが、此時の彼の服装は殊に自分を戟した。美しいが為めばかりぢやない、中学の制服だからだ。
 更にまた、挨拶の言葉の流暢さ、キチンと坐つた様子の落着きやう。相見なんだ三四年は茲に千里の懸隔を作つて、殆んど近づき難き思ひに、さらでも口重い自分は、唯面を赤らめてヘドモドした。
 が、有繋《さすが》に昔懐しく、話せば自ら心も融け合ひ、言葉もはずんで、殆んど二時間も話し続けた。
「余り遅くなつては監督が八ヶ間敷いから、」と彼が辞し去つたあとで、母は、自分が色々と中学の様子を聞き質したを耳にしてか、「お前も行きたからうなア。」と云つた。
「え?」と云つて自分はせぐり上げる不覚の涙を、「お父つあんは今夜ア泊りづらか。」といふ言葉に紛らした。そして、御苦労なさると、心の中で、贅沢を云つては済まぬ、と繰返して考へた。

     十四

「家出!」
 船津から吉田へ通ふ間のまるび[#「まるび」に傍点]の原を、阿爺《おやぢ》に吩附《いひつ》かつた糸荷を背負つて辿りながら、これかあれかと例の事を考へ惑つた揚句、自分は偶と斯う思ひ附いた。
 宮川に逢つてから最早二月になる……「食料が五円、月謝が一円五十銭、小道銭が二円、倹約すればそれであります、其外服や帽子や、平均月十円は掛りませうか。」と宮川は云つた。月十円、年に百円、百二十円――出来ないかなア……
-----P040-----
家の収入は年|何程《いくら》づら、そして費用は? それもまア喰つて通るだけとして、借金して五年で五、六百円――貸して呉れる人があるづらか……到底駄目だ、と諦めたり、何有、と思ひ返したり、師範学校も結構と其気になつたり――其様《そん》な斯様《こん》なに、二月の間|頭脳《あたま》は燃えた。
 然うだ。家出するより外あるまい……五歳《いつつ》や六歳《むつ》で死ぬ子もある。今迄生きたが儲物として、死ぬ積りで行《や》つたつて……然うだ、死んだつて別に損は無い訳だ。斯様な田舎でぐづ/\一生を送るよりや、早く死んだ方がえゝかも知れぬ。そして其内にやお父つあんの都合も宜くなるら……が今の値ぢや仮令十分でなくても、学資と名の附く物を出して貰ふ事は無論出来まい。と云つて此決心を打開けて、石に噛り附いても独力で行《や》つて試《み》ようと云つた所で、親の身としては許して呉れやうもない。
「家出だ/\然うだ!」
 と繰返して思ふと、我ながら身慄ひがする。しかも心は前途の開けた喜びと、自らの決心の大きさの誇りとに満ちた。
「それには此註文物の糸代では……」と背の荷を揺上げながら糸代を勘定して試《み》る。「たしか三十円近い金額だ。十円だけは最早《もう》前金で受取つたさうだが、残りの十五六円、汽車賃を引いて一月位は宿にも居られるだらう、牛乳配達でも何でもよい、それに万一の時には伯父さんがある。斯うして郷《くに》を出る以上は、知つてる人の世話になる積りはないが、然し一人でも知人《しりびと》があれば気強い……」
 と、いよ/\決心の臍が固まる。
「然しお父つあんは嘸驚くだらう、お母さんもお祖母さんも嘸騒ぐだらう……まアそれも一時だ、家の事を考へたりなんしちやア到底駄目だ、えゝサ今に喜ばせて上げる。」
 斯う考へながら吉田へ入つた。阿爺《おやぢ》が始終取引する曾根と云ふ仲買人の家は、町《まち》尽頭《はづれ》にあつた。使の口上を述べて糸を渡し、さて金を受取る段になつた。曾根の主人はづんぐりと肥つた体であぐらを掻いて、パチ/\と十露盤を弾ひて、
「と、差引いて十五円と二十五銭五厘あげる訳になるだアが、生憎今日は手元に無えからな阿哥《あにい》、次の市にお渡し申すつてせえツてくれ。」
 胸がどきりとした。さア大変だ。何とか云つてうまく取らねばならぬ。
「あのえゝ、ちつと入用が有りがすちゆうけんど……」と少し考へて、「えゝ糸撚場《いとよりば》アこしらいたから余分にも借りて来うつて云ひがした。」とありもせぬ事を云ふ。
「そりや困つたなア……ぢや端銭《はした》だけ上げときやせう、なツ。」
 と同じ甲州でも甲府在から来て居るので、癖のある方言を操《あやつ》りながら、図抜けて大《でか》い革財布を出して、
「五円」と紙幣を一枚「一、二、三、四……二十五銭。」と突並べる。
「あとも何うで御座んすら?」
「あとけえ? あとはまアちつと待つて受けるだア……実際無えだから。」
「……」さア困つた。こればかしぢやと、自分は首を垂れて考へ込む。
「ま、お茶でも上らつせえ……オ、阿哥《あにい》、お前まだ昼飯前づら、丁度膳が出てら、昼飯ウ上らつせえ、よ上つて、むゝ草鞋けえ……ぢやアお嬶其膳と飯櫃《めしびつ》ウ此所へ持つて来うやい。」
 昼飯を強ひられたりなぞして居る内に、無理にも取らうと思つた勢を失つて、端銭《はした》だけ受取つて其家《そこ》を出た。
 其時から幾時間過ぎたらう。自分は籠坂の峠に立つた。白絣の単衣をぐつと端折つて、襯衣《しやつ》も着ず、茶色の化けた滝縞の股引に草鞋を穿き、糸荷を包んだ風呂敷は、細く絞つて片棒にかけ、懐中へ手を差入れて、落しはせぬかと銭入を探つて試《み》る。
「噫、此峠が国境……」
 富士の腰から故郷を望む、――彼の山よ、彼の水よ――さらばと歩《あゆ》みを転ずる時、有繋《さすが》泣き度い心地になる。悪まれて追はれた継児《ままこ》ぢやない。はぐれて食を求める孤児《みなしご》でもない。云はゞ自分の我儘から苦を購《あがな》ひに国を出るのだ。前途を望めば漠々と、雲のやうにもあれば、花のようにも見える。後《しり》へにはまた様々の声が呼返すやうな心地もする。
 先年お祖母様と一緒に越した記憶で道を降つたが、日も暮れさうなのに脚《あし》も疲れた。でも峠の茶屋にも憩《いこ》はず、追越して行くガタ馬車も呼留めぬ。懐中が心配だからだ。すべてで、母の呉れた十銭の小遣銭共で、五円三十五銭しきや無い。他国へ行つては金より外に便りになる物は無いと聞いて居る。――一銭減れば一銭の苦痛。二銭使へば二銭だけ心細くなる。何故《なぜ》跡《あと》の十円をも無理にも取らなんだか、と残念に思ふ。坂を降り尽すと谷底のやうに低い道で、すつかり日は暮れた。ハラハラと蜉蝣《ぶよ》か何か顔へ当る。木の葉や草の戦ぎさへ、一つとして心地のよい感じはさせぬ。坂が尽きれば須走の村は近い筈と、急いでも急いでも灯は見えぬ。アまた深い森へ入つた、と思つて立止まると、直ぐ左手に木立を漏れて灯影が差す。安堵の涙が迸しつた。そして最早藪も糞もない。突破る勢で入つて行く。神の社だ――須走の浅間である事が解る。須走? とすると汽車のある御殿場までは尚二三里ある記憶だ。
「遅くなつた、今夜は須走で泊らうか?」と疲れと飢ゑに頽然《ぐつたり》となつて石段へ腰掛けながら考へる。「けれど予定では御殿場までだ、今日は首途《かどで》ぢやないか、死んでもえゝと云ふ、決心の首途ぢやないか、其第一日に予定通り歩けんやうぢや
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前途の事も覚束ない訳だ。好し! これも自分の力試し、運試しだ、倒れる所まで行け、行つて試《み》ろ!」自分で励しながら衝と起つた。と社前に吊下がつた提燈に気が附く。
「あゝ好《ええ》都合《つがふ》だ、借りて行かう。」
 疲れた足を格子にかけて、とかうして毟《むし》り取つた、奉納と書いた真新しい赤提燈を、覗くと中には蝋燭でもある事か、俗にひようそく[#「ひようそく」に傍点]と云つて、茶飲み茶碗程の橙子《だいだい》形した土器《かはらけ》の、出臍のやうな部分へ燈心を挿して、油は殆ど燃え尽して今にも消えさうである。
 村へ入ると怪まれては不可《いけない》ので、提燈を消し、土器を抛つて、提燈は畳んで懐中へ押込んだ。何処かで燐寸と蝋燭を買はうと、キヨロ/\しながら、傾斜のある往還を降つた。大抵の家は最早《もう》戸を閉めて、宿屋と覚しい二三軒に燈火がして居た外、店らしい家は見当らぬ。困つたものだ/\でつい村尽頭まで来ると「一膳めし」と障子へ書ひて、草鞋を下げた家で起きて居た。
 立寄つて「蝋燭がありがすらか?」と云つた時、煮物の匂がして、思はず咽喉が鳴つた。余り急いで、然うだ、まだ晩飯も済まさんのだ。
「蝋燭けえ?」と云う向ふの言葉と、「何か喰べる物がありがすかね?」と云ふ此方《こつち》の言葉とが鉢合せをする。
「あゝ蝋燭もな、お飯《まんま》もな。」と老婆が答へる。
 白髪頭《しらがあたま》、皺苦茶面《しわくちやづら》、眼むさうな目、生きてゐるのに飽いたと云ふ全体の調子――よくある店番の姿の型ではあるが――「あゝ我家《うち》のお祖母《ばあ》さんは……今頃は――」と直ぐに自分は、聯想《おもひあわ》せながら上框《あがりがまち》へ腰を卸す。
 囲炉裏傍に対ひ合つて、くはへ煙管《きせる》の老爺は其獅子鼻から空様《そらざま》に煙を吹上げて居たが、ジロリジロリと自分の姿を見廻し、ちよいと其長い眉毛を動かして、
「阿哥《あにい》、斯様《こんな》に遅く何所へ御座る――つい見掛けぬが何所の者だアえ?」
「……」
「此村《ここ》なア者《もん》ぢやアあんまいな?」
「はア他村《よそ》で、」とばかり、深く問はるゝを恐れて、自分は「ぢやお婆さん飯を出しとくれな。」と言葉を外らす。
 婆さんはやをら立上つて支度をする。冷飯の然も汗をかいてプンと臭ひさうなのへ、こればかりは煮返しか知らぬ湯気の立つ干瓢と焼豆腐の煮〆を添へた膳を据ゑる。
 気持が悪い程腹が空いて居たので、お茶漬にして息をも継かずに掻込む。五杯目の茶碗を差出した時、婆さんは目を剥いた。そして爺は、
「ハツハヽヽ、阿哥、えらい食《い》けるな、これから坂でも越すだかや?」
「……」
「御殿場の方へ出るだかや?」
 いらざる事を訊《き》くもんだ。自分は聞えぬ風して、早々と勘定を払ひ、燐寸と蝋燭を買つて衝いと出た。九時から十時の頃と思ふ。
 村を離れてから「奉納《をさめたてま》」を取出して燐寸を擦つた。初夏の空の曇りでもしたか星も無く渾沌《まつくら》の曠野を人の子一人、これが自分かと怪まれる。かくて急ぎ足に幾丁か行くと、「オーイ/\!」
 振返つて提燈を翳せば、人の追駈る様子である。
「阿哥やーい、オーイ!」
 茶屋の爺の声と聞いたが、急に怖気づいて胸に浮ぶは昔話の「一軒家」、呼戻すは物取る儔《たぐひ》であるやうに覚えて魂も身に添はず、燈を吹消して爪先の向いた方へと一目散。木に突当り、石に厭き、する/\と草に滑つた……と思ふと真逆様……ドブーン!……
 ハツとしながら一口二口水を飲んだ。ヂツと息を塞ぐと、やがてスーと浮き心地、頭を挙げた――闇を破る一点の燈が黄色に、バシャ/\/\ギーと物の軋る響……
 身を横にして湖水に覚えの抜手を切りながら、
「助けて/\!」
 流れは早い。グン/\押流される。えゝ此所で死ぬのか
「フツフツ、アー/\フツ助けて!……」
 声を限りに呼ぶ内に、著たまゝの体が重く、手が動かぬ。――眼も眩み、気も遠く――

     十五

 頻りに呼立てられると思つて、あツと気がつくと、自分は裸体《はだか》の男に抱かれて居た。
「確りしろ! 小僧ウ……」
「オー/\気が附いたか、俺が見えるか俺が……」と他の声。
 ガシャ/\/\ギー/\、ガシャ/\/\――
 稲妻のやうに闇夜の燈《ひ》、草を滑つて陥入つた、其光景が閃めいて来る。
「うーむ。」と唸ると同時に鼻孔からも口からも物が出る。頭がボツとする……
「阿哥《あにい》やーい、確りしろよー、お巡りさんが御座つたぞー。」
 ハツとして身を越すと、自分は布団の上に大人の長衣《ながぎ》を著て臥て居たのだ。
「ホウ起きられるかな。」と白い服の巡査が帽子を被つたまま身を僂《こご》める。「まあ/\宜《よ》かつた、人一人助かつた訳だ――佐太郎お前、」と其処に居た壮者《わかもの》を見て「えらい手柄だぞ。」「なんの俺が手柄ばかぢやありがせん、此子も運がえゝだア
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ね。何しても俺が戸外《そと》え出て体ア洗つてる時だつたアから――」「あんにしてもえゝをりで御座りがした、助けて呉りよーちゆう声がするで、俺はまた倅が打落つたかと思つてねお巡査さん、燈を持つて飛出したでえすよ、堰の上手でバシャリバシャリ水ウ掻く様子でえしたが、石垣に立つてた倅が直ぐそれ飛込んだもんで。」
 あゝ死ぬ可き生命《いのち》がそれで助かつたか! 自分は膝を折つて手を突いた。
「あゝ皆様……」と続け様に二つ三つ首を下げて、「何ともはい……」
「うむ、礼が云へる程確かになつたか……立つて試《み》ろ、歩いて――」
「ハイ」と自分は立つて歩いて試た。
「もう大丈夫々々々……ぢやア余り遅くなつて此家へも気の毒だ、一先《ひとまず》駐在所まで一緒に来い……や非常にお世話であつたな、孰れ人命救護のそのなにはある訳だ、小僧お前もよツく礼を云へ、生命《いのち》の親だぞ!」
 最早《もう》其時は水に落ちてから二時間も経つて居た。乾して置いて呉れた衣服に著換へて、礼を繰返して、自分は巡査に連れられて村の駐在所へ行つた。
 型の如く郷貫姓名生年月を尋ねられ、出奔して来た事も包み切れず白状した。
「ふむ、逃げて来たのか、家に面白くないことでもあつてか?」
「いゝえ、たゝゝ唯その東京へ行きたかつたで……」
「たゞ行き度かつたつて親の金を盗んで逃げて来る奴があるかツ!」と巡査は甚《ひど》く叱つた後、兎も角も今夜は此処へ寝さす、明日は馬力にでも頼んで甲州へ送らうと云ふ。
 軈て自分は卓子の据ゑてある室の板敷の上で煎餅布団一枚にくるまつた――何有《なあに》、皆寝静まつたら逃出して呉れる、思つた事を遂げないで置くものか――と考へながら、体の弱りと疲れとで、蚊に螫《さ》されるも知らずについぐつすり寝て了つた。
 翌朝、自分は恐縮しながら、鋭い目の巡査に朝飯を振舞はれて居ると、ドヤ/\と人がはいつて来た。
「オヽ居たぞ/\!」
 偶《ふ》つと振向くと、昨夜の飯屋の爺、続いて……オツ! 思はず茶碗を落して立つた。
「武」《たけし》と突然自分の手を引掴んだのは、人違ひぢやない、父だ!
「お前はまア……」と云つた切り、思はず取縋つた自分の襟へ、熱い男性《をとこ》の、親の涙を注《そそ》ぎ掛けた。
 少焉《しばらく》して、
「ぶ、馬鹿ツ……」
「お父つあん勘忍しとくれ! 俺《わし》が悪かつたに……」
「ヤ先生、」と父は始めて巡査の方を向いて坐つた。「えゝそのこりや俺の倅で御座んすが、えゝ何うも、飛んだ御手数を掛けがして、何ともその……」と首を下げる。
「うむ、お前の子か、」と水車小屋から呼びに来たので行つて見ると斯う/\と云ふ話をして、「まア無事で何よりぢやつたが、何うしてまた家出なんぞをしたものかな?」
「なんの、斯う云ふ訳で、」と父は青い顔で、「昨日《きのふ》その、商売品《あきないもの》を持たせて吉田まで此子を遣つたで御座んすよ、それが先生、朝出たいちら晩になつても帰つて来ない、さア老婆《としより》は騒ぐ、俺《わし》も心配になるもんで、一旦寝床に就いたが起きて支度をしがして、態々吉田へ出掛けがした。もう向うは夜中で一寝も二寝もした所だで、驚いて、金はこれこれ渡して飯を食はせて一時頃に帰したがと云ふ話で、さア解らない。さうすると其家《そこ》の子供が、河口の阿哥《あにい》は家《うち》を出てツから何でも新屋《あらや》の方へ行くやうだツけと明《あか》して呉れたで、始めて見当が附きがした。此子がその日常《ふだん》学問しに他所《よそ》い出たい/\つて云つてたから逃げたに相違ない、それに新屋の方つて御殿場へ出る道だし、親類が東京にあると来て居がすから、何《ど》の道《みち》其方だと解つたで御座んす。そこで家へは別に人を遣つて、俺は夜通し梨ヶ原ア通つて籠坂を降ると夜が明けがした。」
「ふむ/\。」
「其あとア此方《こつち》だ、先生斯うだア、」先刻《さつき》から窮屈さうに座つてた爺は、「えゝそのなんだ俺達ア老人《としより》だから早起だア、婆々は釜の下を焚きつける、俺は表の河で顔を洗つてるちゆうとそのなんだ、此人がな先生、昨日の日暮か、もちつと遅くに斯様《こんな》ねえの姿《なり》をした小《のけ》えは通らんかつて事だ。通つたとも通つたとも、色の黒え、頬ぺたに瘡あとのある、なホレ」と自分を指して、「額の出張つたア子せえば、昨夜俺がで飯を食つてつた。オヽ待つて下されツて阿哥が忘れてつた風呂敷を見せると、確にこれだツちゆう訳でね、先生、風呂敷を置いてつたに気が附いて後を追つて呼んだアが提燈が見えなくなつたで帰つて来たちゆ話をして居る所へそれ下の水車屋で昨夜《ゆふべ》十四五の子が断崖《がけ》から打落つて、佐太兄に助けられたアが何でもその他所の者だツちツて通る奴が話して行つただアね。無理もねえ、阿爺さん馬鹿に心配し出してね、それでつひ俺が水車屋い案内して遣つて来た所だアね。無事だつて聞いて安心して、駐在所に居るちゆう事で来て見たら、アツハヽヽヽまた昨夜のやうに大食《おほぐれ》えを為《し》て居た所だア。」
 巡査も笑つた、細君も笑つた、父も自分もつい笑つた。
 軈て巡査は手帳を取出して父に対ひ、
「昨夜これの云ふ所では斯うだが――山梨県南都留郡河口村、奈良原治郎長男、奈良原|武《たけし》、十五年――其に相違は無いかな?」
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「ハ、其の通りで。」
「お前が奈良原治郎――此子の父親だな。」
「ハ。」
「此子の母と云ふのは――その矢張実の親か?」
「へえ/\左様で、その決して機嫌が悪くて出た訳ぢやありがせん。」
「コレ、」と今度は自分を見て、巡査は其チビ髭を捻りながら、「斯様《こん》な家出などして親に心配を掛けるばかりか、命まで危くするは馬鹿者だぞ、今後決して斯様な事をするんぢやない……お前学校へも行つた者だらう、な、此位の訳が解らん事はあるまい。」
 皆に心配掛けて悪かつたとは思つた。が然し自分は巡査の此言葉には答へなんだ。
 父は巡査に厚く謝礼を述べて、自分を連れて飯屋の爺と共に駐在所を出た。
「まだ体が弱つてるやうだから、ガタ馬車へでも乗つけて連れて行くが宜う御座るよ。今日らア砂原ア歩くぢや暑かんべえに。」と親切に云つて呉れる爺《ぢぢ》に、父は先刻《さつき》は急いで気が附かなかつたがホンの寸志のお礼だ、水車屋へ之を届けて貰ひ度いと若干《いくらか》を紙に包み、別に煙草でも買つとくれと爺への分も渡して、辞退するのを押著けて、やがて馬車の通ふ街道へ出た。
 一こく[#「こく」に傍点]の人だから駐在所を出てから如何《どんな》に叱られるかと思つたが、小言は一口も言はずに、父が自分の体を抱くやうにして馬車へ移して下さつた時、悔悟の涙が流れざるを得なんだ。
 飯屋の爺は道傍に立つて見送つて呉れた。凸凹《でこぼこ》道をガタリゴトリと北へ/\と軋つて行く。振返ると駿河向きの裾野はパノラマのやうに開けて、宛然《さながら》天地を幅に大刷毛《おほばけ》を揮つたやうな緑《みどり》一色――浅間の森の外には陰翳《かげ》を投げる林も無く、陰翳を写す水も見えず、唯広々と南へ/\と降つて居る。噫、今日は南の方、海のほとりを汽車に身を委ねる日取であつた――いや最早《もう》新橋へ着いてる時刻である――車蓋の下から見遙かせば、日のみ晴やかに照らして居る。
「沙上の楼閣はまた崩れた!」
 然し小さき身を倚せた、父の青白い面を仰ぐと、遺憾も残念も何も無い、唯恐縮、唯恐縮!
     ×  ×  ×  ×
「なぜ」「何が不足で」と取縋るやうに左右から、祖母と母とに涙の目で問ひ詰められて、答ふる言葉も無しに自分は声を放つて泣いた。
 死ぬ可かりし身の上を、父が其重い調子で語つた時、皆々重ね/″\の驚きやう――
「お前気でも狂《ふ》れはしなんだかい?」と母。
「狐にでも魅《つま》まりやしなんだか?」と祖母。
 集まつて来た近隣の人達も、唯不思議に堪へぬと云ふ面持ちであつた。
「えお前、其様《そん》なに親に心配|為《さ》せてもえゝものかい――お前が居なくなつたら、あとは何うなると思つたえ?」と母は重ねて恨めしげに云つた。
「お母ちやん、俺《わし》が悪かつた、勘忍して……よ、たゞ、俺ア学校へ行きたかつたに――」
 前後の考へも無かつた軽率を自分は只管詫びる積りであるが、咽喉が詰つて言葉が出ぬ。目も霞む。耳も鳴る。其夜の夢の恐ろしさ! 何物かに追はれて高い崖を真倒様に、落ちたと見て覚めると闇の中……ハテと昨日《きのふ》からの事を思合はせるに、悉くそれが夢のやうで……額を押へて考へる。
「ねえお前さん。」
「う。」
 闇の奥で、父と母が話してゐた。
「まゝい甲府へでも遣つて呉れるぢやありがしないか?」
「うむ、然うよな、乃公《おれ》も然う思つた、あれ程行きたがるを家へ置くな罪だ、また今度のやうな間違の出来ないやうに、お前からもよつく話して遣れな――如何《どん》な工夫をしてでも学校へ遣るからつて。」
 聞きも終らず、嬉しさか、悲しさか、何とも云へぬ情が激して、掌《てのひら》は自ら合ひ、涙は自ら溢れ流れた。

     十六

 お江戸の真中《まんなか》で目をまはしてから五年目、藪の蟇蛙は甲府の城下へ出た。
 人間以上の大きな物の目からは斯うもあらうが、忘られぬは明治三十○年四月○日、半年余を待侘びた入学試験に及第して、自分は県立中学の生徒となつた。
 校舎は其当時は、錦町、師範学校の東向ひにあつて、師範学校の四層八角の高楼を前に大きな建物の並んであるのと比べては、門も古く垣も破れて、地に匍ふばかりの見すぼらしさであつたが、自分の目には、希望の殿堂其儘と輝やいたのだ。
 それも然し三年以上の上級生の占める所で、講堂で校長代理の一場の訓示があつた後、我等新入生は一二年の教室としてある県庁前の仮教場へ送られた。そして体操の教師が来て、成績の順で三組あるのへ一人宛振分けて、一々名を呼んで室を示して呉れた。第三組の二番――之れが自分の入学試験の成績であつた。
 席次は決つた。然し今日は授業は無いと云ふので某所此所に集まつて皆面白さうに話を為て居る。自分には別に知つて
-----P048-----
る者はない。つまらんから帰らうと靴擦台へ降ると、向うの廊下を歩いて来る者がある。
「オー宮川君!」
「アヽ奈良原」と彼は急ぎ足で近寄つて、「君よく来ましたねえ……何日?」
「甲府へですか、昨夜遅くに。」
「そして何処に宿を取りましたか、もう下宿も決りましたか?」
「今は、あの金手の穀屋に……知つてお出でゞせう、むゝ村から出た人です。」
「いゝえ……金手と云ふと何とか云ふ寺があつて、其出口……」
「それ/\其所の、こ、穀屋です。」
「あんな家でも二階か何かあるのですか?」
「いゝえ穀……えゝその倉がありますがね、其倉の二階に当分置いて貰ふ積りです。」
「さうですか、君、僕の処へも来て呉れ給へ、僕も孰れ伺ふから……僕の下宿は愛宕下の橋際――」
「えゝ御手紙にもあつたので、お住居《すまい》はよく存じて居ります。」
「ぢや失礼します、これから一寸本校へ行かなきやならんから。」
 急ぎの様子で立去る宮川を見送つて自分は暫時彳んだ。緋羅紗山形の肩章は依然二筋で、綺麗好きの彼は服装も整然《きちん》として居たが、去年より顔色が一層青味を帯び、調子が非常に重々しくなつて、話して居る中に自然此方の言葉も改めなきやならんやうになる。去年とて多少其様な気味はあつたが、其は寧ろ流暢の言葉なぞで気圧《けお》されて居たのだ。
「然し宮川君は最早二年だ、自分は一年後れてる訳だ……」
 自分は斯様な事を考へながら、桜もちらほら咲きかけている県庁前の大通を真直に、柳町、八日町を過ぎて金手町の家へ帰つた。
 それから一週間程経つて、自分は宮川の下宿へ訪ねて行つた。
 其時彼は手紙を書半《かきさ》して居た筆を置いて此方《こつち》を向いた。そして左手《ゆんで》を上げて其|顳※[#「需+頁」]《こめかみ》を揉み/\、秀でた眉を打|顰《ひそ》める。
「何うかしましたか?……かゝ、感冒《かぜ》でも――」
「え>感冒も少しは……ナニ別段の事は無いです。」
 其内に徐々《そろそろ》話が進んで、宮川が云ふには、
「僕の家でもね、近い内に河口へ引越すさうです。」
「ぢやアすゝ、全然《すつかり》谷村を引払つて?」
「アヽ……それで、小父さんが何か目論見《もくろみ》があるらしいです。」
 小父さんと聞いて、自分は一寸首を傾けたが、それは宮川が以前から然う其継父を呼んでゐたと気が附いて、
「さうですか、彼様《あん》な瘠村にも何かうまい仕事があるでせうか?」
「何うですか、僕等ア反対の方だが……まア好きな仕事を行《や》つて試《み》るがいゝ、子供にはわからない事だ。」
 と彼は打遣るやうな調子で云ふ。
「なゝ何をお始めですね?」
「ナニつまらない……今に解ります。ハヽハヽ。」と彼は無意味に勢の無い笑ひ方。
「……」
「奈良原君、……君にや両親があつて浦山敷い!」
「え?」と彼の顔を仰ぐと、目に涙を溜めて居た。
 両親があつて浦山敷い――それは子供の時分から幾度か聞き馴れた嘆声であつた。
「……然し両親は揃つてたつて僕の家なんざア貧乏だから、とゝ到底学校を卒業迄続かないでせうよ。」
 と云ふ自分の言葉は耳にも掛けぬ様子で、
「加之《それに》、僕ア体が弱いから……」と彼は首垂れたが、偶と気を換へたやうに、「然し、精神一つだ、斃れるまで行《や》つて試《み》るです。」と鋭い目を光らす。
 斃れるまで――其決心は自分だとて同じ事だが、此場合|相槌《あひづち》を打つ訳には行かないので、暫くの間押黙つた。
 壁には美しい水彩画を掛け、西洋の名士の肖像をピンで押へ、開いた窓の向うには、愛宕山から長泉寺山へかけて桜が見える。
「どゞ何うですね、少し散歩に出ようぢやあありませんか。」
 と余り話がはずまぬので自分は誘つて見た。
「さう……出てみませうか……一寸、一寸待つて呉れ給へ、今手紙を書き切つて。」と彼は机へ向いた。
 手持無沙汰でまた四辺《あたり》を見建すと、硝子戸の附いた渋塗の本箱の上に、一葉の写真が飾つてある。八字髭のある三十許の洋服姿で、頬のこけ具合から眉毛の塩梅が宮川其儘だ。亡くなつたお父つあんだらう、さうに違ひ無い――と思つてるとベリ/\/\――。
 見ると宮川は何にか激したらしく、折角書いた長い手紙を引裂いて操み丸める。
「な、何故です君?」
「ナーニつまらん……サ君出掛けませう。」
「さうですか、遠慮は要《い》らない、かゝ書直すなら書き直し給へよ。」
「ナニ遣つても遣らんでもいゝ手紙だから……では愛宕山へでも登つてみませうか?」
 下宿を出て二三町登るともう其愛宕山である。桜の中の小さな御堂の前を右へ折れて、平坦な展望の利く場所へ出た。
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玄からは甲府の市街が一と眺めで、舞鶴城も手に取るやうに、甍《いらか》の波の間には基督教の教会の尖塔も見える。
「オヽ富士も見えますね!」
 偶《ふ》と其姿を見附けたので、自分は懐しさに声を放つた。霞のかゝつた赤石山系の支脈に遮られながら、甲州二十四万石の萌黄色の春野を覗く様は、まア何と云はう? 女神の山! 然うだ、其より外の名はあるまい。
 二人は柔かい草を籍《し》いた。見る間に野の萌黄は黒ずみ、山の霞は紫がかる――最早《もう》、日は暮れるのだ。然し富士の雪は一層鮮明に見える――
「故郷!……や、矢張、何かに就けて忘れられませんね……」
 答へが無いので顧みると、宮川は反古紙を手にして首垂れて居る。
「君、何うかしましたか?」
「え、」と仰ぎ見た面は曇つて、唇端《くちばた》を少し歪めたまゝ暫く言葉が無かつたが、突然、
「義理ある間《なか》でも君……」
「え、何です?」
「その、子と名の附く以上は其親に従はなきやならんものだらうか?」
「サ、そりやアまた何う云ふ訳です、え君、何か面倒の事でもあるんですか?」
 宮川はずつと一渡り暮れて行く四辺を見廻して、
「実は……昨日|親父《おやぢ》から手紙が来ましてね、其中にその、今度|国許《くにもと》からたつた一人の娘を呼寄せた――名も年も書き添へて――それには今は母親が無い、万望《どうぞ》お前の妹と思つて末永く保護してやつて呉れ、就いてはお前の母が、其娘を何うも虐待して甚だ可哀想だ、因果同士と云へば云ふやうなものの、俺はお前とは義理ある間だが、そんなに甚《ひど》く為《し》た覚えはない、万望お前からそれとはなしに其娘を可愛がるやうに云つて寄越して呉れ、頼む、とあつたのです……それで先刻母へ出す手紙を書掛けたんです。」
 と言葉を切つてまた考へ込む。甚だ要領を得ない。
「さ、先刻《さつき》破つた手紙ですね……何故《なぜ》また破つたりなんぞするんです?」
「……君、亡くなつた父に対して済まなくて、生きてる他人へ義理を尽せば、それでいゝでせうか……手紙の事なぞ何と書いて遣つたつて構《かま》やしない、唯死んだ父の事を思ふと堪らなくなる――世間ぢや君、僕の父は訴訟の弁論に負けて気が狂つたつて云つたさうです――違ひます/\、子供の頃だつたけど僕はよく知つてるんです、彼奴《きやつ》等二人が父を狂はせたんです。父は度々其事を口走……」
「きゝ君、他人《ひと》に聞かれると不可《いけない》よ。」
 激して声まで高くなるので、自分は袂を控へて斯う注意した。
「え、……ハヽヽヽ行《くだ》らん話をしましたね、オヽ最早《もう》暗くなつた、さア君帰りませう。」
 フイと気が変つたやうに彼は立上つた。
「僕にやよく解《わか》らんけれど、そゝそれぢや其様《そん》な事情があるのですか……お察し為ますよ。」
「それでゞす、今の継父《おやぢ》が、以前は随分|継親《ままおや》根性で辛くも当つたやうでしたが、近頃はもう全然《すつかり》僕を可愛がつて呉れてね、学資も云つてやるより何時でも余分に送るし、手紙の度にお前の人と成るのが何より楽しみだとか、勉強を過して体を壊すなとか、実の親でもあれ程にはと思ふ位で……まア僕も有難く思つてるのです。それで亡くなつた父の事を忘れて了へば何の事はない訳です、忘れませう、忘れませう、過ぎ去つた事を考へたつて何の益《やく》にも立たん。」
「亡くなつたお父つあんて、あの本箱の上に載つてた写真がさうですか?」
「あれです……だがあれを、子としてねえ君、暗がりへ押込んどく訳には行かないです――」
 然し最早彼の語調も態度も落著いてゐた。やがて二人は彼の下宿の前で機嫌好く別れた。

     十七

 兎も角も、学校に於ける宮川の評判は非常なものであつた。眉目の清秀と、学才の卓越と、殊に絵画の手腕に至つては、早く一種の天才を以て目されて居た。
 自分はまた、泣いて入学を喜んだゞけに、健康の体を持つて居たゞけに、無理な勉強をも押して為た。子供らしい目的は政治家にあつたが、作文、算術、語学、体操――好きでも好きでなくても有ゆる学課に手を廻した――拙《まづ》ければ巧くする。下手なら上手になる。有り余つてする学問ぢやない。今に見ろ今に見ろと云ふ調子であつた。演説会や運動会にも常に出た。学友とも盛んに議論をやる。理が非でも云ひ出した事は押通さうとする。其癖、口は天性の訥、散々に云ひまくられて益々躍起となる――斯うして胸は反抗の心に満ち、眼は常に前途を見た。
 翻つて自分の周囲の事を説くならば、一年から五年までを通じて五百有余の学生は、皆所謂第二の甲州男子であつた。維新後間もなく「大小切《だいせうぎり》」の一揆を起して、時の県令土肥某を舞鶴城内に逃込ませた父祖の血を享けて、いや更に歴史を溯るならば、父に背いた機山公以来、討幕を主張した大弐《だいに》以後の山国甲州の意気を彼等の間に認める事が出来た。されば
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当時教育界でストライキと云へば直ちに山梨の中学を指した程で、彼等の振廻すボールやバツトの触るゝ所は、硝子戸と云はず壁と云はず、可厭《いや》と云ふ程痛め附けられて、頽廃の校舎は愈々荒されて行つた。
 自分が二年に進んだ折、文部省は校規粛振の目的を以て特に一人を我中学へ送つた。其人が新校長の静橋氏で、長身痩躯しかも女性のやうな容貌を持ちながら、教育家には稀有の雄弁で、非常に操縦の手腕のあつた人だ。教員の淘汰を厳にし、生徒の賞罰を明かにし、智育よりは寧ろ体育徳育に重を置いた氏の画策は、著々其効を顕はして、就任早々取懸らせた城内新校舎の建築も一カ年許で出来上つた。そして五百の健児は鬱勃の気を負うて舞鶴城頭に蹲踞する事となつた。
 自分が金手町の穀倉の二階を去つて城北新紺屋町の大工の家の一室を借りて、自炊を始めたのも此頃で、三年の級長として「獰猛」の名を得たのも此頃からである。
 それで宮川との交りも、普通の学友と同じに逢へば挨拶するだけの事で、一月逢はなくても二月逢はなくても態々下宿を訪ねるやうな事はなく、偶《たま》さか話為ても可厭《いや》に取済ました陰気臭い「性の合はぬ人」と思ふやうになつて了つた。――そして彼と同宿して非常に彼を崇拝して居た同級生某が、宮川は近頃大分|頭脳《あたま》を壊《こわ》したやうだと知らせて呉れた時一度、余り勉強し給ふな無駄な心配は廃《よ》し給へと忠告に行つた限《き》り、折々教会へも行くなぞと聞いても、別に心には留めなんだ。
 自分が三年、彼が四年の夏休以後、彼はトンと校内に影を絶つた。聞けば、脳病が重つて此学年中は学校を休むと同宿して居た某へ手紙があつたとの事で、谷村へ向けて見舞状を一通出して置いた。すると返事は自分の故郷から来た。其返事で宮川の継父《ままちち》が湖水の疏水工事発起者の一人として事務の都合上今度いよ/\河口へ移転した事が知れた、そして其手紙には以前塩谷先生――宮川の叔父が住んで居た家で居酒屋をやつて居ると附加へてあつた。なほ附加へて、後半年で五年になれる所で休学するのは残念だと結んであつた。
 其手紙を読んだ当座は、自分も昔の事をあれこれと思出したし、宮川は実に気の毒な男だと考へないではなかつたが、例の勉強だ/\で直ぐに何も彼も忘れて了つた。
 其年の冬の事である。自分は学校の忙しい所を、祖母の病気の為め呼戻された。お祖母様は最早八十近い年寄なので、今度は到底持つまい。何月何日には俺は死ぬ――何故と尋ねると、お袋の命日だから――なぞと見通しのやうな事を云つて居たが、或夜家内中を枕もとへ呼び集めた。
「商売も追々当つて行くし、坊も中学へ通ふし、これで坊の嫁でも見たいが慾が深過ぎる、俺は早《は》い何時死んでも不足はないぞよ。」
 雪の静かに降る晩であつた。祖母が眼脂《めやに》のたまつた眼をしばたゝいて、蓬々と乱れた白髪頭を擡《もた》げた時|四辺《あたり》も森とした。
「お母さん何の事だい気の弱い、八十までも九十までも長生して曾孫《ひいまご》の顔を見なくちや死ぬぢや御座んしないよ。」と母が力を附けると、「然うかなア。」と皺だらけの顔を歪め、顎を突出して、「ふゝふゝゝゝ」と笑ふでもない唸るでもない奇声を発した。
 軈て自分の手を引寄せて、じつと握つた其手の冷めたかつた事!
「家ぢやア手前が一番大切だぞよ、馬鹿に学問に骨を折つて、な、それ、牧さんのやうに病人になつちや呉れるなよ……」
「アヽ/\。」返辞しながらふと自分は幾年か昔の、丁度今夜のやうな静かな夜の事を胸に浮べた――其夜は秋――雨だツけ――と思つて部屋の戸口から向うの壁を振返つたが、其時あつた錦画は跡もなく、土壁は何時か新しい板で張換られて居た。
 余り静かなので、「お祖母《ばあ》さん」と呼んで試《み》たがぐつたりと頭を横たへたまゝ昏睡に陥ちた様子――ソレと皆で声を限りに呼んで呼んで呼び抜いた。然し、其ツ切《き》りで、我が為めに村の歴史を語り、我衣作る為めに綿を紡《つむ》いで呉れたお祖母様の魂は去つた。
 医者も迎えたが間に合わぬ。逆屏風の内に香を焚いて、一族集まつて通夜をした。人々は色々の世間談――××医院の医者の末路や、引取られて居た従弟も、今は東京の伯父の許へ帰つて居る事なども話された。日常《いつも》ならば悉く興味の中心となる可き問題であつたらうに、自分は黙して忘られぬ祖母の屍に纏つた白布を見詰めながら、「死」と云ふ一事を深く考へた。
「人は死んで何処へ行く?」
 功名に熱する自分の頭へも、冷かな刃のやうに此問題が折々閃いて来るのは、抑々此夜が初めであつた。
 明け方に厠へ起つた。雪は何時しかやんで入るさの月が僅に雲を漏れて居る――降り積んだ雪は際涯《はて》もなく白く、解かうと思ふ疑惑は限界《かぎり》もなく遠い。
 嘗て物の本で見たことがある――現在は唯一秒、未来は人の知らざる所、過去のみ薄明《はくめい》の光を残す――と、実に然うだ。蒼生億兆の間に親となり、子と生れ、祖母とおはし、孫と愛せらる、何等の奇遇ぞ! 悉く親となり、悉く子となり、悉く祖母や孫となつて、総ての人、総ての人を愛し、総ての物、総ての物を慈《いつく》しむと云ふことは、此一秒、此一刹那を生命とする人間界では、到底不可能の事である。
 されば仮令小範囲でも知れる限りの者に慰められ、知れる限りの者を愛するより外はあるまい。そして霊魂と云ふ者が真に永劫の物ならば知らず、「死」と共に消え去るものならば――知遇も恩愛もたゞ生きて居る間だけではないか……
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 あゝたゞ生きて居る間だけか?
 その生きて――不思議な此世に生れ合つて、自分を最も愛して呉れた人の一人は欠けた。返す由もない過去の人となつた。然うだ、残るはたゞ追憶《おもひで》ばかり!
 月は軈て雲に没《い》つた。
「死」は早晩人の免れぬ所とすると、一人欠け二人かけして行く其末は何うなる? と考へるともう寂寥に堪へぬ。
     ×  ×  ×  ×
 神官の末裔《すゑ》だからと云つて葬式は神葬に営んだ。簫や篳篥《ひちりき》の音も物悲しげに響いて、柩は徐々と雪の村を通つた。白昼に点けた提燈を先に、神葬でも行く所は矢張お寺の山である。
 寺は善応寺と云つたが余程以前に焼けて、普通の百姓家のやうな庵《いほり》が一つ建てゝある。神官が柩を卸した穴に臨んで祓《はらひ》を読んだ時、庵からも鉦《かね》が聞えた。

     十八

 葬式には宮川の継父《ままちち》も来てくれた。年頃は自分の父などと同じ位。四十になるかならぬで、浅黒い顔の目も鼻も尋常な、これと云つて特長のある顔立《かほだち》ではないが、至極気さくらしい、口前の好い人であつた。
 其夕からまたも霏々《ひひ》と降り出して翌日も降り続いた。学期試験は近くあるし、学校はさう長くは休めぬとは思つたが、御坂は雪が深からうに霽れるを待てと云はれて、自分は家に籠つた。然しさうして居てもつまらなかつたので、宮川を訪ねてみようと家を出た。
「雪やコンコ、霰やコンコ、お寺の林の榎の木へ止まれ……」
 と道々聞く童謡も昔の儘に残つて居る。折々崩れ落ちた壁の隙などから、草鞋や草履の藁細工でも為るらしいヅンヅンと云ふ木槌の音が漏れて、雪に降り埋まつた村の様はいよ/\以て昔の儘だ。
 自分ももう全然昔に返つた心持で、あの優しい塩谷の奥さんの住んでた宮川の家を訪れたが、閉まつて居た門の扉は押開かれて、それを入ると大分勝手が違ふ。嘗て宮川が絵具皿を抛たれた池の辺は物置小屋になつて、玄関の所は垣で遮り、西向に新しく格子戸の戸口が出来た。
 軒端に立つてゴト/\と傘の雪を払ふ時、中から賑やかな話声が聞えて、やがて障子を引くと、ブンと酒の匂がする。只《と》見《み》ると土間の腰掛――と云つても四五人一緒に掛けられる長方形の厚板に脚の附いたもの――に襤褸《ぼろ》の山衣を著て雪靴を穿いた百姓が二人、茶碗酒のぐい[#「ぐい」に傍点]飲を行《や》つて居た。
「へヽ御冗談もんで……」舌鼓を打ちながら斯う云つて、髭のむしや/\生えてるのが、「御免下さい。」と云つた自分を振返る。
 取著きの八畳の長火鉢の側に、柱へ寄掛かつてるのは正《まさ》しく宮川の母で、ジロリと流眄《ながしめ》に此方《こちら》を見たが、妙に口をすぼめて言葉が無い。
「牧夫君は御在宅でせうか?」
「はい。何方で?」
 と身を起して正面《まとも》に向いた。成程|何辺《どこ》か塩谷先生に似て居る。色は左程白い方ではなく、鼻に少し難はあるが、切れ長の細い目の目線をほんのりと染めて、二重《ふたへ》顎の婀娜《あだ》つぽい顔――如是《これ》で四十を疾うに越してるのか驚かれる。
「私は奈良原、昨日は道の悪いのに御会葬下すつて有難う存じます。」と自分は改まつて会釈した。
「アレ/\貴野が奈良原さんの御子息――さうで御座んすかまア、倅からは毎々承つて居りましたが……牧や」と張上げて、「あの奈良原さんがいらしつたよ。」と云つて、突いて居た長煙管に煙草を詰める。そして「嘸お淋しう御座んせうね……まア少しお上り遊ばせな。」とお愛想を云つたが、衝いと首を廻して「だが健さん、世の中に酒程旨いものはあるまい、お前さんなんざア飯よりアまづこれだね。」と手真似をする。
「へヽ嬶はなしさね、お内儀《かみさん》、酒でも頂かにや楽みは有りがせんわ。」
 宮川は何うしたらう? と自分は土間に立ちながら四辺を見廻した。土間にも板の間にも菰冠や醤油樽なんぞが積つたりして、今、大黒柱の側の四斗樽から女の子が小さな瓶へ酒を移して居る。
「でもお前、信州屋のサの字が……だつてぢやないか?」
「おつ母さん何です、其様《そん》な奴等と行《くだ》らない!」
 突然の大声に、ヒヨイと見ると次の間の敷居の所に宮川が立つて居る。髪が延びて、頬が青く、目が光る。
「ハイ/\。」と母親は首を縮める。
「君、上り給へ。」とぶつ切ら棒に彼は自分に言ふ。
「アヽ、お忙しくはありませんか?」
「……如彼《あれ》だものをお前……可厭《いや》に糞真面目の人間が出来たものぢやアないか?」
 声を後に二人は奥へ通つた。奥座敷には書物が縦横に散ばつて、其間に机が一脚、絵具皿と絵筆と描きかけた画用紙が載つて、床の間には何かの古い掛図、其前の写真立にいつぞや見た洋服姿の写真がある。
「勉強ですね。」
「……」白い眼をして自分を見たが、宮川は書物をつツと押退けて、「勉強? 勉強と見えますか。」と抛げるやうな調子で言ふ。
「君、病気は如何ですね、頭は?」
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「よくないです。」
「医者にかゝつてますか。」
「こゝらの庇つぽこぢや到底……君、此所いなつて学校を休むなア、僕ア実に残念です。」と俯目になつて手を膝に、彼はホツと溜息する。
 然う鬱ぎ込んでは不可《いけない》、一年や二年は後れたつて体には代へられぬから、気を大くして漸を以て進まうぢやないか、と自分は慰めたけれどあひ手は黙つて居る。
「お養父《とう》さんは今日は?」と自分は問を変へてみる。
「えゝ今日も事務所の方へ出て居るでせう、――雪で当分工事なぞは始まりはすまいが、何しろ相談相手が御存じの山漢《やまかん》ばかりだから覚束ないものでさ、加之《それに》僕には別に議論がある。」と彼は頭を挙げて、「元来が君、湖水を引くつてことが間違つてます、良田がいくら得られるか知らないが……」
「粗茶で御座います。」
 と娘が来た。小柄ではあるが色の白い、片頬に寄せる笑靨も自然な愛嬌の、無邪気らしい十五六。
「アラ兄さん、此画――こりやア、」と机を覗く。
「えゝ彼方へ行つてお出で……そ、そら、絵具を落したんぢやないか。」と宮川が恐い目をすると、娘は顔を赤らめてほうほうに逃げて行く。
「湖水を引いたら君、此村の景色はゼロですよ。」
「そりや然うですね。」
「年々水出がして困るんなら君、皆出稼にでも行つちまやアえゝんだ、僕は自然の美しさには換えられぬ――と云つて斯様《こん》な議論は継父《おやぢ》なぞには通じない。」
「実際村に居る内は斯様なつまらん所は無いと思つても、二年なり三年なり他所に行つてると折々村が恋しくなる、一つは君の云ふ自然の、その何でせうね。」
「それからあの官林の濫伐です。実に解らな過ぎる、今飲んでる奴等なんざア君、飲まんが為めにですよ。」
「ハヽヽヽヽヽ然う云へば僕も三四年前までは皆の尻に喰付いて盗み伐りに行つたものです。然し外に財源の無い所ぢや恕す可き点もあるでせうよ、ね?」
「ま、云へば其様なものです、だが実際世の中の事は思ふ様には行かんものですね。」二人はじつと目を見合せた……。
「全然《すつかり》変つてしまつたが、ずつと以前に君と遊んだ座敷はたしか此所ですね。」
「はあ。」
「あの頃は僕の祖母さんも丈夫で、君覚えてますか、栗が跳ねて、そら僕の家でさ。」
「はア、然うでしたツけか?」
 変つた面白い話題はなくとも、心床しい昔話でもしてと思ひふくらんで来たのだが、浮立たす事の出来ない程沈んで居る――沈む而己《ばかり》でなく折々|自棄《やけ》気味の友を、気の毒に思つたのみで、「運動なぞ力めて行つて体を拵へ給へ、決して無駄な心配を為給ふな。」と繰返して云つて、自分は別れた。
     ×  ×  ×  ×
 年を越して自分は中学の四年となつた。十八歳と云ふ師範学校入学の規定年令も過ぎたのだが、家の都合も多少好くなつたし、馴れた学校はやめ度くもない。また之が本来の望みなので、其儘に続ける事にした。そして学課の方も最早あせらずとも著々と進んで行くし、心にも幾分の余裕が出て、割合に平坦な道を進んだのであつた。
 此学年の始めから、宮川も病気が癒えたと云つて復校して、自分と同じ級に入つた。そして、気心の知れぬ者とは何うも衝突する様子だから、と彼の継父からの依頼で、同じ紅梅町の下宿に居る事にした。日曜毎に自分は野と云はず山と云はず散策を試みる定めだつたので、誘つてもみたが、彼は時偶教会へ出掛ける外休日平日の区別はなく、勉強家を以て自ら許し他も許して居た自分も遙に及ばぬ烈しい勉強をやる。それで口を塞ぐと一日でも二日でも黙つて居ながら、論じ始めると人が違つたかと思う程無類の長広舌を振つた。
 暑中休暇も過ぎて一学期の成績順で依然として自分は首席、彼は三組の組長となつた。或夜理想の人物に就いて話が出た折、自分が例のガーフヰールドを振廻すと彼はグラツドストンを担出した。自分は、貧乏に育つてあれだけの人物となつたからガーフヰールドが真の偉人だと論じ、彼はまた富裕の子と生れながら驕らず怠らずにあのやうな人格を完成したからグラツドストンは真の英才だと主張して、孰れも崇拝の本尊であつた為めか、彼も弁難の言葉を余さず、自分も我流の強情を張つた。
 然るに其翌日、自分は他所から帰つて下宿の門を入ると突然、「宮川さんはつい先刻お宿替をなさいましたよ、貴郎喧嘩でもなすつたんぢやありませんか、」と云ふ内儀の言葉に驚かされた。そして昨日の議論を気に掛けてかと思つた時、強情張つて悪かつたと後悔もしたが、宮川の宛然《さながら》女性《をんな》の腐つたやうな処置を余り面白く感じなかつた。
 二三目してある友人が、「宮川は君と別れたんか、何だか大層君を怨んで居たやうだぞ、同郷の出でありながら悪い事だね。」と云ふので、
「へえ? そりや案外だ。」と自分は此迄の事を話して、「だから君、僕の方から宮川の男らしくない処置を怨めば怨むんだ、然し宮川は気の毒の境遇に育つた人、且は病人である事を知つてるから、ぼ、僕は決して気に掛ける積りはない。」
「君の言葉を聞けば一応有理だが、君が大変宮川の勉強の邪魔を為るとか云つたぜ、そして君、怒つちやア不可《いかん》ぜ、奈良原のやうな奴を首席に戴いて有難がつては居られないツて。」
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「ハヽヽヽヽヽヽさう僻まれちやア困る、何も戴いて貰はなくても宜いが……む、解つた、まア聞いて呉れ――あれを邪魔するやうに取られたかなア――宮川は君、元来勉強家ではあつたが、殊に近頃は寝る目も寝ずに勉強するんだ、好きな絵まで抛つちまつてね、で僕が度々止めたんだ。(君はまだ体が十分ぢやないやうだ。さう勉強しては毒だよ。)と云ふとね、(抛つといてくれ給へ、ナニ学問で斃れるに怨みはない、)と斯うだ……ぢや君の話で見ると、僕が首席に在るのが気に喰はんのか、つまらん競争心を起したもんだ、弱つたな。」
「まア君も力めて誤解されないやうに仕向け給へ、如彼《あれ》で実際気の弱い男だからね。」
「有難う、君等にまで心配を掛けるのは小学校以来の友達である僕の恥辱だ、全く汗顔の至りだ、まだ/\大いに僕の足らん所がある。」
 いかにも普通の友に対すると同じである可きでなかつた――それは自分で承知して居ながら――と考へると悔恨に堪へぬ。其日早速向うの下宿を訪ねると不在だと云ふ。彼らしい声もしたがと怪んで帰つた。翌日は態々三組の教室の出口で待つて居て、出て来た彼の肩を押へると、
「何か用ですか?」
「別段ぢやアないが、ちと君にお話がある、う、運動場まで来て呉れんかね?」
「僕は今日忙しいです。」
 と云ひ棄てゝ彼はフイと去つて了つた。自分には最早追ひかける勇気も無かつた。

     十九

 気まづい中に殆ど半年を過ぎ、自分も彼も五年となつた。
 自分は一組、彼は二組の組長。組も違ふし下宿も隔たつてるし、気まづさは猶ほ続いた。
 其年の秋、書画の大展覧会が学校に近い県会議事堂で開かれた。其は五六ヶ月前から広く諸県に檄して特に学生の製作を集めたもので、悉く少年秀才が苦心の余になつただけに、幼い筆致の中にも春のやうな気脈が通つて、看客の眼を引き心を惹いた。
 就中《とりわけ》、絵画部第一等の選に当つたものは、「二人の嘆き」と云ふ題で、曾我兄弟の幼立を描いた大幅の日本画だ。題は其頃流行つた唱歌の一節に、「鳥だに父母あるものと、二人の嘆きもことわりや。)とあるのから来たらうとの噂。
 筆者は即ち宮川牧夫!
 五六種あつた市の新聞は、筆を揃へて其逸才を讃嘆し、特別室に列ねた其々大家達の作品以上として、中には所謂後世畏る可き者を茲に見たりと結んだものもあつた。そして日々場に入る幾百の士女は皆之あるが為めに集まると称せられた。
 服装、結髪、其他歴史上の知識、並に顔料、画※[#「糸+兼」]等一切の費用は、之を篤学なる我中学の画学教師の高橋其岸氏に得たと伝はつたが、先生はまた自ら名を署して、山梨××新聞に「色彩の調和と気韻の生動とは、否む可らざる筆者の天稟である。日本画の所謂気韻は、例へばかの雪舟の墨画の如く、一筆抹し去る底の物に多い。然るに之は最も精緻の筆を遣るに巧妙なる色彩を以てす。之に対して気韻を云ひ生動を論ずる所以のものは、実に一幡丸の沈痛なる表情と、月光夜色の薄明、寧ろ幽暗との渾融一如の点にある……」との批評を書いて居た。なほ
「筆者の色彩使用の手腕に至つては、寧ろ洋画に進んで十分発展の路を得るであらう。」とまで附記した。
 開場二三日前から宮川は学校を休んで居た。
 自分は第一日に行き、第二日に行き、日曜であつたので第三日にも行つた。第三日は新聞に其岸先生の批評の載つた日だ。之を読んで、自分の驚嘆と衆人の讃辞とに適確な説明が加はつたやうな心地がして、またも我知らず歩みを運んだのである。
 此迄の自分の漠然とした印象を云ふならば、春風に吹かれて高山を攀づ――これである。四辺を飾る作品の総て円く暖かき間に、一味覚醒の色、雋抜の気がある。背景にした遠見の富士、十三日ばかりの月影、月を掠める雁の群――一木一石の末までも妙に魅《ひきつ》ける魔力《ちから》のあるのは、一つは自分が筆者の生立を熟知して居た故でもあらう。
 そして此日は、其岸先生が図画の時間に芸術観照の心境と云ふ事を屡々説いたが、思ふに之であらう、譬へ方ない感激に涙までさしぐまれて、低徊去るに忍びず、一時間余り画面の前を行つたり来たりした。
「自分なぞは、人並以上に勉強はしても、考へてみれば、之と云つて秀れた所のない平凡な人間だ。引換へて宮川は確かに天才である。あゝ子供の時を考へても解る――天才の前に平伏《ひれふ》すに何の恥がある、何の不平がある! 然うだ、一切の物を之に捧ぐ可きだ!」と思つて偶と首をあげると、廊下の尽頭《はずれ》に立つて、宮川が遠く画の方を眺めて居た。
 思わずづか[#「づか」に傍点]/\と歩み寄つて、「宮川君、君、大成功ですね!」と云ふと、
「え、へゝ。」と冷やかな調子ではあつたが笑ひを漏した。
「僕は君これで三日続けて来た、昨日も午後にやつて来ると県知事夫婦が来てゝね、(こりや学生が描いたんぢやあるまい、余程の大家の作でも斯様《こん》なのは見た事が無い)つて賞めましたよ。」
 彼はそれには何とも答へなかつたが、有繋《さすが》に押へ切れぬ満
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足の笑が始終唇端に動いて居た。そして自分と一緒に議事堂を出た。脚の踏方まで勢がある。然し顔色が何うもよくない。
「君、近頃は学校へも見えなんだが、何処か悪くは……?」
「ナニ少しばかり頭痛がして……」
「然うでしたか、もう好いですか?」
「え、最早さつぱりしました。」
「ま大事にし給へよ、……で、あの画は君、余程時日も掛けたらうね。」
「丁度二月許。」
「暑中休暇にも故郷へは帰らぬやうだつたが、ぢやあの頃からですね――其間の苦心は実際想像される!」
「僕は実は画は捨てた積りであつたが、」と彼の声が少し震へた。「高橋先生が、強いて勧めるから描いて試たんです。やり掛ければ君、止めたくもない気がしてね、たうとう描上げた訳ですが、案外の出来だつて先生も校長も喜んで呉れました。」
 自分は相槌を打つやうに二つも三つも首肯いた。
「そりやア然うでせう、学校の名誉ですからね。それで画なんて物は出来上つた時の愉快は第一でせうが、えゝその、製作の苦心も亦却つて一種の楽しみでせうね。」
「さア、其処まで行くとほんとうだらうが、然し一日描いて居ても時に依つては何うも思ふやうの線も色も出ない、其時はもう、何だかくしや/\しちまつて到底、自分には画才が無いんだと思つて無性に悲しくなるんです。其だけ畢竟《つまり》エナージーが無いでせう。まだまだとても駄目です。」
 言葉は卑下して居るやうだが、隠すに余る自負が眉間に閃めく。そして好きな画談であつた為めか今日はよく調子が合つて、思はず彼の下宿の前まで来た。
「君一寸寄つて行きませんか?」
「ア、お邪魔ぢやないですか?……ぢやア一寸。」
 二階の一室へ通ると、泰西名画の写や、ナポレオン、ビスマーク、グラツドストンなどの肖像画が貼つてある。以前からこれが好みで肖像はよく貼並べたものだが、がらつと其人物が違つて居る。以前は文人墨客の似顔、例へば山陽だとかシエクスピーアだとか云ふ風のものであつた。
「いよ/\来年はお互に卒業の訳ですが、き、君は何の方面へ進まれます?」
「僕ですか?……僕なざア君、卒業が出来るかどうか覚束ないものです、」と彼はまた癖のつん[#「つん」に傍点]とする。
「冗談云つちやア……矢張り画で立つ積りですか? 君の手腕なら立派に成功すると思ふよ……いや既に成功してるんだ。」
「……僕は確かに画は好きです。然しまだ画で立つ積りはない。」
「へえ? ぢやア何の方面だらう?」
「僕の考へは、親達の考へも然うらしいが、つまり亡くなつた阿爺《おやぢ》の遺志を嗣がうと思ふのです。」
「法律ですか……ふーむ、以前も其様な談は聞いてたが、し、然しそりや果して君に向くでせうか? 画にしちや何うです、画にしちやア! 斯程の天才――新聞屋の口真似をするんぢやアないですが――君の手腕で法律なぞへ走るのは、まゝ宛然《まるで》宝玉を泥溝へ投げるやうなものぢやないですか?……法律は君、余程意志の堅固な、頭脳の明晰な人ぢやないと不可《いけない》つて云ふが――つまりその、常識に富んだ、へゝ平凡な人間のやる仕事ではあるまいか? ねえ君。」
「意志、頭脳……僕だつて!」と彼は眉を昂げ、下唇を噛む。「君、果して君の云ふやうだらうか? 法律とか政治とか云ふものにも特殊の天才が要る、ガムベツタにしても君、リンカーンやグラツドストンにしても、ありや皆天才の士だ!……そしてまア何と男らしい仕事だらう。」と目を輝かす。
 宮川は確かに間違つてる。彼自ら絵画の天才である実証を持ちながら、あらぬ方へ走らうとする!
「それから又、君が僕を止める理由はないではないか、君自身が法律を学《や》ると云つてゐた。」
「僕はまださうと決めた訳ぢやないが、そのとゝ特色の無い者は君、外に望みがないですもの、そして君と僕とは全然違ふ、君が無味乾燥な法律なぞへ赴くのは間違つてゐる!」
 宮川は穏かならぬ顔色をした。ホまた失策《しくじ》つたか?
「君、僕はただ君の為めを思ふから之を云ふんだ。万望《どうぞ》誤解して呉れ給ふな、」と更に進んで、他の友から聞いた宮川の怨言に対する弁解と忠告とを試みようと思ふ間もなく――宮川の顔が真青になつて、瞬きもせずに目を見据ゑる。
「アツ、眩暈《めまひ》が! 君々。」
 はつ[#「はつ」に傍点]として身を寄せる間に、虚空を掴んで仰反《のけぞ》つた! 抱き起す。呼ぶ。返事がない――汚《きた》な声して人を呼びながら、自分は二階を飛び降る。
「宮川が/\目を廻したツ! 早く/\、水は水はツ?」と一散に水口へ駈込んだ。水を柄杓に掬つたまゝ飛び上る。声を聞いた者は皆駈け附けた。自分は片手で彼の背を抱いて、口に含んだ水をフー、フーツと一吹き二吹き吹掛ける。と彼は五体を震はして苦しさうな呼吸をする。
「宮川ツ!」
「宮川さーん! しつかりしなくちや不可《いけません》よー」
 下宿の内儀は気を利かせて、人を近所の医者へ飛ばせた。医者が来るまでの心配と云ふものはなかつた、が、幸ひにして医者も早速来て呉れて樟脳液《かんふる》か何かの注射をすると、ずつと落着いて軈て眠に入つた。病症は脳貧血、頭部を低くして胸部を温める事など注意し、薬を上げるから何方か、お遣は
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し下さい、と処方を書いて残して去つた。
 内儀は五十許の親切さうな婦人である。枕頭に坐つて耳を傾けて息遣ひを聞き、「まアよかつた、静かにお寝《よ》るよ。」と自分を見て、「でもなぜ斯うお弱いでせう……尤も勉強が過ぎますからね、私共へお出でてから一年余になりますが、そりやもう画の事ばかりぢやありませんよ。一心になり出せば人の言葉なんざ耳にも入れませんわね、決して私は油を惜む訳ぢやありません、然う遅くまで勉強なさると体が続きませんよツとも申しましたが、何うしても聞きませんから、近頃はもう黙つて入つて来ては灯を消しますんで……そんなに勉強なさらなくても、ねえ、よさゝうなものですのに!」
 それを聞くと、自分の頭脳は引締められるやうに、五体がビり/\と震つた。そして悲しい友の寝顔を見ると、不覚《そぞろ》に熱涙が溢れ落ちる。
 早速電報を打つて宮川の継父を呼寄せ、兎も角も、彼を県立病院へ入院させた。医者も暫く休養しなくてはと云ふので、「ナニ最早大丈夫だ!」
 と強情張るのを、一週間程経つてから、無理に賺《すか》して村へ帰した。

     二十

「君、今日は雨が降る、頭が少し変だ、傘をさして森へ行つた、社の壁が壊れて居た……」
 村に帰つた宮川から斯様な風の手紙が幾通か来た。
 これより先、近頃は病気も大分よろしい、在府中は一方ならぬ御厄介になつた、と云ふのを受取つたので、あの折、看護の手の尽せるだけは尽したし、無論わだかまりも解けたとは思つたが、「僕は言辞の粗野な為め、一二年来幾度か君の感情を害したらしく、自分ながら非常に不快な日を暮して居た、廻らぬ筆も口よりは僕の意志表示に適するかも知れぬ、万望《どうぞ》判読して呉れ給へ」と前置して、
「嘗て一友人からこれ/\の話があつたが、何うも君は僕を誤解して居るらしい。僕が君の過度の勉強に苦言を呈したのは斯く/\また僕自身糞勉強の所以は云々、決して人様の邪魔をする積りはなかつた。僕の云為が君の機嫌を聊かなりとも損ねたつたとすれば、即ちそれだけ僕の至らぬので、僕は今改めて謝罪《おわび》する、万望《どうぞ》一切の蟠屈《わだかまり》を放擲して呉れ給へ、――お互ひに同じ裾野に享け難き生を享けて、同じ小学中学に、同じ師に就き、同じ書物を繙いて、同じ月日を送つたのも、所謂宿世の因縁であらう、たとへ一年でも半年でもそれに罅隙を作つたのは残念だ、今後はお互ひに悲しい事も嬉しい事も打開けて、一緒に焼蜀黍を噛り栗を分つた頃のやうな交際に、精神だけでも返らうぢやないか。思へば人生は須臾だ、人の交際し親善し得る限りはどれだけか? 幾億万の人の生死する此広い世界にも、顔を知合つてる者すら数ふるに足らぬ、況んや其生立を知り其気心を知るものをやだ! 僕は熟々《つくづく》斯う感じた事がある――其得難い、逢ひ難い、貴い小範囲の内で、僕に取つて、君はどうしても忘れる事の出来ぬ人だ。嘗ては僕も「獰猛」の名を得た程だが、然し其儘の僕と思つて呉れ給ふな、万望僕の衷情を汲んで呉れ給へ、そして静かに体を養つて後、君のその天分を十分に発揮して貰ひたい、頼む!」と云ふ意味を書き送つた。
 すると、「僕がひがんで居たに相違ない、君の云ふ通り、僕はあせらずに体を養ふ。」とあから様に彼からも折れて来た。
 此後の音信は多く前に掲げた類で、苦しいければ苦しい、悲しいければ悲しいと云つて、総て打開けて来たのだが、然しそれも、今は形見も同然となつた。凡そ日附順で茲に挙げて見よう――
     × × × ×
「けふは風が吹く。村を吹飛ばすやうな裾野の風、然し雨が交らぬので心地がよい。瓢然と酒臭い家を出た。お六婆の店の角を曲つて野へ出た。天を見た。雲が飛ぶ、折々青空が見える。歩くと草が搦む、稲穂が邪魔をする。※[#「てへん+毟」]つて噛んでみた。秕《しひな》が多い。湖水は減水して新しく田も出来たが凶年だ、君。石地蔵の所から直路を湖沿ひに雑木林へ入つた。風が唸る、枯葉が飛ぶ。ビシヨリ/\ドサン/\と波の音がする。妙だ、雨は可厭《いや》だがこんなのは悪くない。ずん/\東の方へ行つた。枝と枝と叩き合ふ、木の実がはねる。波が聞えなくなつた。風も止んだ。勢が抜けて切株へ腰をおろす。何だか落著かぬ。地平《ちびた》へ坐る。まだ落著かぬ。仰向けに臥た、折々空が見える。雲はまだ飛んでるのだ。天には風がある。もつと地上を吹払へばよい。林を揺ればよい。嘘だ、さう思つたのは嘘だ。眼を瞑《つぶ》つてぢつと臥て居ると、森として気持が好い。バラ/\と顔を打つたので飛び起きた。水の葉だ。虫が喰つた褐色の葉だ。また歩いた。小鳥が死んで居た。毛が散らばつてる。埋めて遣らうと思つたがつまらなくなつて放といてまた歩いた。日が暮れるまで歩いた。薄暗くなつたら心細くなつた。家へ帰つたら母が酒を飲んで居た。衝突した。面白くない。阿爺《おやぢ》の写真がなくなつた。頭が痛む。――つまらん事を書いたものだ。然も善いて了へば清々する。以前の僕は何と云ふ馬鹿者だつたらう! 独りで考へて独りで苦しんで居た。君に謝す。君の宏量を謝す。」
     ×  ×  ×  ×
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「僕が間違つてた。唯遊ぶ程苦しい事はない。今日は稲刈に行つた。洋服が似合ひますつて笑つた奴がある。僕も笑つた。笑つた積りだ。一々気に掛けて堪るものか、君の云つたやうに、今後は笑つて暮す――田から帰りに君の家へ寄つた。八九本ある柿の木が鈴なりに真赤な実を著けて居た。白い鶏が五六羽の雛つ子を連れて、落葉の庭を求食《あさ》つて居た。皆様|御健在《おたつしや》だ。」
     ×  ×  ×  ×
「手紙が何時《いつ》も激して居るやうだつて? そんなら少し気を附けよう。近頃は事毎に趣味を感ずるやうになつた。頭もさう痛まぬ。然し趣味が多くなり過ぎて困る。――君の手紙及先生御自身からの手紙で、恩師高橋先生が学校を去られた事を知つた。実際甲府なぞは先生の驥足を伸ばす場所ぢやない。先生の東京へ出られたのは、寧ろ祝す可き事だ。就いて記す可きは、先生から秘蔵のパレツトを郵送された事だ。先生は君の知る通り日本画の外に洋画にも大分造詣が深い。今後、専ら洋画を研究される積りださうだが、僕にも其研究上の注意を細々記して、洋画をやれと勧めて来た。そして煩瑣な学問なんか当分断念しろつて事だ。例《いつ》もながら僕は感泣の外無い。」
     ×  ×  ×  ×
「近頃は釣が好きになつて日毎に釣に行く。釣をしながら雲の研究も大分進んだ。あけ方の雲、白昼《まひる》の雲、殊に夕暮の雲がいゝ――今更夏の雲を見なかつた事を後悔する――くだくだしい雲の色彩はここに説く必要はあるまい。いや更に深い研究の後、君の批判を仰がうと思つて居る。兎も角も野分のあと山間に吹寄せられた灰色の雲まで面白くなつた。僕嘗て、其岸先生の画談に、たしかラスキンの『近世画家論』中、雲の研究の一節があると聞いた。聞いた当時は左程気にも止めなかつたが、今は是非見たいと思ふ。ただ僻陬之を求むるに由がない。」
     ×  ×  ×  ×
「僕は歌をうたつた積りではなかつたが、有難う、軒別本屋を尋ねて呉れたつて? そりや君云つちやアだけど、甲府あたりにそんな気の利いた本があるもんぢやない。実はあの手紙と一緒に高橋先生へ出したのへ頼んで置いた――翻訳でもあればよいが、原書なぞ送つて貰つたら、それこそ字引と首引、大分手古摺らなきやならぬ。弓別の話だが茲に一つ面白い話がある。此村へよくやつて来ては毎年半とし位滞在して居る布屋の爺があらう。あの久兵衛さ、国中《くになか》――東八代辺の者ださうな、もう七十許の白髪爺だ。勿論髭は立てはせぬが、触ればゴリ/\音のしさうな疎髯のある、そら赫顔《あからがほ》の額の深く禿げ込んだ、正直さうな老人さ、これが商売の隙には何時も釣に来る。よく一緒になるが釣は恐ろしく下手だ。下手だが又箆棒に好きです、一日かかつて五六尾の※[#「條の木に替えて魚」]《はや》で満足してホク/\ものの罪のない老人さ。錙朱《ししゆ》の利を争ふ商人にしては珍しいと思つて僕は全く気に入つちまつた。それが然し恐れ入るね、何とか云ふ料理屋(料理屋もすさまじいが)のある白首を落籍《ひか》せて囲つとくと云ふに至つては言語道断、然し女の味と釣の味とは別物と見えて、老人毎日釣に来る。清濁併せ呑むと云ふ次第でもあらうか。恥も外聞もない彼等の行為は、寧ろ人間の本性に従つた立派の行為かも知れぬ――斯うなると僕の母なぞは大酒を食《くら》つて、昔は情夫《をとこ》が山程あつたなんぞと悪垂《あくた》れたり惚気《のろけ》たりするのも強ち非難すべきでないかも知れぬ。兎も角も大きな眼で見ると此辺の人間は皆愛す可き者だ。獣性とか何とか、けなせばけなすだろうが、僕は野趣ある人物として、多大の興味を以つて見得るやうになつた。――隠して置いたではない。今更めて云ふのだが、僕此頃頻りに聖書を読んで居る。之も一時は捨てたものだ。今は別様の意味を感じ得るのは嬉しい。義妹にも讃美歌の稽古をさせて居る。記憶は悪いが声は美い。今の所然し此妹と釣好爺との外に、村に友はない。此方から近附く積りでも向うで敬して遠ざかる気味だ。妙だ。それでも淋しくない。」
     ×  ×  ×  ×
「君も大分開けたつて? 自分でも然う思ふ。但し口は筆程に滑らない。母なぞは一日たつても一口も利かぬ事がある。つまり僕の口が習慣と云ふものに縛られて居るのだ。恐ろしいものだ。此習慣の縄が折々心へも掛かる。然し喜ばしい事には最早安らかに眠れるようになつた。そして朝起きると近頃は鶏を飼ふのに忙しい。」
     ×  ×  ×  ×
「釣の研究、雲の研究、爺の研究、聖書、讃美歌の研究、習慣の研究、鶏の研究――大変研究が移り歩くが、絵画に最も縁のある雲の研究は何うだつて? 僕がそんなに研究を並べ立てた覚えはない。君が勝手に喰着けたのだ。君もなか/\口が、いや筆が悪いよ。但し雲の研究一条は前からのお約束、御催促恐入る。ラスキンの『画家論』は先生が先年図書館で見ただけで、今手許にもなし、丸善なぞにも無く、態々註文して下すつたさうだ。で其書は後から見るとして、近頃は例のパレツトを持つて折々出かける。ただ晩秋の雲の色ばかりでは、淋し過ぎて君には興が無からう。渚の捨小舟の写生を差上げる。」

     二十一

 手紙と共に受取つた油絵は、一寸壁へでも掛ける程のほんの小品だが、何時稽古をしたらうと思ふばかりの出来であつた。まだ甲府に高橋先生の教を受けて居た頃からやつたのか
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も知れぬ。そして有繋に先生の眼力の鋭かつたと感じた事と、其画は捨小舟の写生と云つては来たものの、寧ろ舟の傍に立つて夕雲を見る少女が主のやうであつた事だけを記して、直ちに次の五六の消息に移らう。

     ×  ×  ×  ×

「けふ大石から一人の狂人が来た。祓《はらひ》の祝詞《のりと》を読んで去つた。誰だと思ふ、君、前の大石村長の坂谷だ。あれでも母の従兄ださうな。気の毒に思つた。病気の起りは矢張盗伐騒ぎに、村民を庇つて総てを一身に引受けた、云はば小宗吾だ。小宗吾はよかつたが、気が小さ過ぎて裁判所に引出された時にはもう狂つて居たのだ。今日も何か裁判上の事を口走つて居た。
 僕の阿爺は弁護士だつた。その死――あゝ止さう。また斯様な事を考へると頭が変になる。然うだ、冗談でも云つて居る内が華だ――。二月許前までの僕は危く坂谷や阿爺の仲間入をしさうだつた。今考へても身慄ひする。狂気! 忌はしい言葉だ。然し自覚のある間は発狂する訳はあるまい。髪が伸び過ぎたから今日髪を刈つた。」
     ×  ×  ×  ×
「今日も釣に行つた。久兵衛に逢つて、近頃ひよんな話を聞いたから揶揄《からか》つて試《み》た――人に揶揄ふのも一つの保養と気が附いたのさ。
(久兵衛さん、お前女を盗られたつてぢやないか。)
 今思ふとよく僕の口から斯様な言葉が出たものだ。すると老人、有繋《さすが》に妙な顔をして振向いたきり黙つて居た。
(お前は其《その》老齢《とし》で何の事だ、ちつと確りさつしやい。)
 と僕は続けて笑ひながら云ふと、老人の答が面白い。
(俺や早《へ》え七十一になりやす、人間一人前の苦労は仕尽しやしたから、此後《これから》ア地獄への土産にちつと楽しみをしるでごいす。)
 そりやさうと僕はもうすつかり体も頭もよくなつた。医者にも相談したし、自分でも試して見た。記憶力も衰へた程ではない。学校へ戻りたくなつたが何うだらう。校長に話してはくれまいか。」
     ×  ×  ×  ×
「まだ学問は険呑だらうとの御忠告、例《いつも》ながら僕の上を気遣つて下さるのは有難い。が矢張、永く遊んで居ると継父の機嫌も好くない。自分でも気が済まぬ。君がさう心配するなら遊び半分に小学校へでも出てみようと思ふ。」
     ×  ×  ×  ×
「昨夜は月が良かつたので、少し寒かつたが船を出した。近頃は船頭になつても飯は食へる程によく漕げるよ、君。」
 余程沖へ出てから艪を捨てゝ、船は波に任せた――実は湖上に波は無い。漕いで来た船脚がうねうねと遠く白く見えるのと、影を落した月との外には、曇のない一面の鏡! 勿論富士は映つて居た。
 対岸の法華寺――妙法寺あたりで叩く団扇太穀が、あの妙な調子を取つて、しかも其が湖の底から聞えるやうな気もする。船津の入江に灯が二つ、それが森かげらしい暗い所で輝き合つてゐる。暫くしてまた漕いで、妙法寺の手前まで来ると、団扇太鼓の音も止んで湖水はます/\静かになる。先刻此辺に見えた月影は更に西に移つた。右手にはこんもりとして鵜鵞《うが》島が浮んで居る。偶と島の社の縁起から、島と東産屋《ひがしうぶや》ヶ崎《さき》との間に、昔から埋もつてゐるといふ神代杉の伝説を思ひ浮べた。
 千幾年の昔とばかりで、詳しい事は知らぬ――詳しい事は君こそ知つて居らう――聞けるが儘の伝説を材料として僕は想像の翼を拡げた。
 七月七日夜の斎戒沐浴の後樵夫が斧を入れると、木の肌から鮮血が滴つたとある。鎮守の森の南で、今の老杉古檜も、其頃はまだ芽ばえもせんなだかも知れぬ。とすると或は其神代杉は、ホンの野中の一本杉であつたらうか。それでなくて森の中の一株としても、他の木々には立秀《たちすぐ》れて、幹高く、枝繁く、葉は密に、日影も月影も遮つて、雨ならずして滴る露に、注連縄《しめなは》も朽ちてだらりと垂れて居たらう。何某の帝の某の御堂の棟木の為めと重い命あつて切らぬばならぬ村の民は、喜んだらうか、悲しんだらうか。兎も角も、幾挺の斧の刃鋭く幹を削つても、一夜を過せば疵は癒えて杉は以前の儘となる。其次の夜もまた次の夜も、かくして遂に果しがない。己むを得ず切屑を焼いて/\焼切りにした。倒るゝ時、森に、若しくは野に、鳴渡つた響は如何なる声であつたらう。やがて痛ましくも枝は払はれて、三十三間の長に切られた大木は湖に浮んだ。
 湖畔伝ひに綱を曳く数群の近郷の老若は名木逝くとは思ひもせず、賜りたる芳醇の酒の香に酔ひ痴れ笑ひ動揺めいて、赤裳《あかも》引く子や鉢巻の男が、太平楽を謡つたであらう。忽ちに水上り杉は傾き、百条千条の綱悉く切れて、名木の重味を見ずやとばかりに沈んで了つた。
 其後苗に何百年、幾多の※[#「延/虫」]《あま》は水を潜つたが、行く者も帰つて来ず、偶々帰る者は口は唖となり、唖とならぬ者は奇を語つた――唯見る翠髪六尺の女神、木に侍りて動かず、威に畏れて帰ると。
 今之を湖上に思ふに、洵に蒼古の感がある――見給へ、名木の子とも孫とも曾孫とも云はば云ふ可き此あたりの森に、月毎丁々の音を絶たず、山は焼かれ野は耕され剰へ神秘を鎖す湖水すら、幾度か、涸されやうとしたではないか。周囲五里の河口湖、之を乾して何とかする! 田にする? 畑にする! 而して得る所何俵の米と何俵の芋ぞ! 然し今はやゝ祝す可き理由はある――新代の樹林は後から後からと伸びて
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行く、恰も人間の悪戯の果敢なさを嘲けるやうに、而して四五年来熱中して居る僕の継父等の疏水企業も、そろそろ崩れ掛かつたのだ。此後かゝる非謀の起る事もあるまい。
 殆ど二時間の瞑想から覚めて艪を取つた。軋々たる雁の如き艪声の外に天地に聞える音もない。東方に見た二つの灯の一つは既に消えて、ただ一つが淋しげに映つて居る。遙かに(兄さーん)と細く引張る声がしたと思つたばかり、ひそとした湖上の、月はまだあるが物悲しくなつた。振仰ぐと天上には無数の星が輝やいてゐる。――地を離れる事の出来ぬ人間も、霊はみ空へ行く事が出来ようか? いや確に出来る!と、櫓を立てたまゝ考へて居た。
 ふと口を衝いて、
[#ここから2字下げ]
いはかどはげしき、ヨルダンがはの、
こなたのきしべに、しばしたちて、
げにもうるはしき、わがなりはひ、
さきはふくにをぞ、うちながむる、
みづはきよらかに、やまはあをく、
のらにもはたにも、みのりしげし、
世のたぐひならぬ、あめのカナンの、
けしきはいかにと、おもひやらる。
[#ここで字下げ終わり]
 讃美歌一二節を、興に乗じて歌ひ終ると、
(兄さーん)
 唯ある岩角に黒い影が動いて、またも
(兄さーん、兄さーん!)
 はてなと思つて艪を押した。呼声はいよ/\高く、それと紛れもない。間もなく岩に突当てる勢で産屋ヶ崎へ乗着けると、妹が居た。月影に乱れた前髪の面をあげて、両手で手招ぎしながら呼んで居た。
(雪、雪か?)
(兄さん、何程《なんぼ》呼んだか知れはしませんのよ。)
(なぜ斯様《こん》な所へ来た?)
(なぜ?……だつてお母さんが呼んで来いつて。)
(それにしてもえらい遠廻りをしたものぢやないか。)
(でもね、北浜の舟着所へ出て見たら舟が遠くに行くでしよ。呼んでみたけど聞えないやうだから何処へか廻つたら聞えようかとおもつて廻つて来たの。)
(だがお前、おれが帰途《かへり》に此方へ何の気なしに漕いだからよいやうなものの、……そしてお前は何時から此処へ来て居た?)
(もうずつと前からなの。)
(そして此処から呼んで居たのかい。聞えようない、馬鹿な奴だ。早々と帰ればよいものを……う、雪、お前泣いてゐるのかい?)
 お雪の頬は湿つて居た。
(おつ母さんが、おつ母さんが……)と袂を顔へ当てる。
(おつ母さんが何うした?)
(兄さんが出る時浜へ行くと私に仰有つたと云つたら、何故もつと早く知らせない。何故止めなかつた、馬鹿だから気が利かないからつて……)
(それで叱つたのか?)
(直に行つて呼んで来ないと甚《ひど》いぞつて云ひますから、あのあたしは一時間ももつとも浜を歩いてたうとう斯様な所まで……)
(さうか、そりや気の毒だつた。さ、船へお乗り。)と手を取ると莞爾《につこり》笑つた。
 君、此子も憐む可き者だ! 四五才のとき脳膜炎とやらを病んで、容貌こそ人並以上であれ、言葉こそ発する事は出来るものの、精神の発達が非常に遅れて居る。今年十六か七になる。然し心はまだ十二三だ。僕は没分暁《わからずや》の母と此子との間に立つて、何程頭を痛めるか知らぬ。泣いた事もある。
(父を殺した敵の娘!)
 突如として斯様な考へも起るが、然し罪は此子にあるんぢやない。噫、君、此子も亦憐む可き者だ!」
     ×  ×  ×  ×
「先頃の長文句で不足税を取られたとはお気の毒。しかし昨今、何故かまた心に余裕が無くなつた、君に不足税を払はす事は当分またとあるまい――で又、君に叱られる次第だが、僕はやつぱり決心した。僕はもう学問で斃れよう。今日つく/″\考へた。人生僅に五十年だ。いや僕等のやうに弱い者は五十年は覚束ない。行《や》れる所まで行つて退けよう。聖書は教へて(人はパンのみにて生くる者にあらず)と云ふ。けれどもパン無くして生き得る者でもない。加之《それに》、近頃疏水工事の失敗の為めに家の都合も宜しくない。噫、君、僕は自ら呪つて居たのだ! 僕が早く一人前にならなきや、僕の家の前途も覚束ない。そしてつくづく身過ぎ世過ぎと云ふことが、一種の桎梏でありながら、一方から見れば、之が人生の全体である程に、重大の意味ある事を感ずるのだ、だから水彩画一枚描くよりは、薪の一本も余分に割る事に力める――。」
     ×  ×  ×  ×
「久しく御無沙汰しました。実は僕の家に革命が起つたのさ。継父の意見が結局勝を制して、家作田畑の殆ど全部を売飛ばし、一家を挙げて東京へ転ずる事となつた。差当り下宿屋でもしようと云ふのだ。準備も略成つた。年の変るのを待たず二三日中に出発――十二月二十日雪降る夜。」

     二十二

 翼なけれど天童の姿――草花の美しく咲く所に、素肌清げ
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の二人の子の、一人は切りに花を蒐め、一人は切りに土を掘る……とばかり見て過ぎて幾時の今ぞ。自分は独りで、時も辨へず所も知らず、ただ広々とした野を彷徨ふ。
「然しありやア……?」
 先刻見た子供が気に掛かる――
「何れの国かで、何時の世にか……?」追憶に通ふ花の香の、ほのかに、なつかしく――さて取止めはないものの、一度ならず、二度ならず、逢つた、見た――見た気はするが思出せぬ。思出せぬだけにまた、何故先刻呼んで試なかつたかと遺憾に堪へぬ。
 振返つて来し方を見たが、青々とした草原の、ただ茫漠として花も見えず、風も戦がず、鳥も歌はず、それぞれと思ふ影も無い。
「や然し、自分は前途《さき》を急ぐ身だ!」
 と屹となつて前途《さき》を見た。やはり青々とした草原である。青いとは云へオリーヴの――緑に墨汁《すみ》を流した色!
 眼路《めじ》の限り開けた原は、光明《ひかり》もなく、暗黒《やみ》もなく、昼でもない、夜でもない、夕暮か?  朝開《あさあけ》か?
「――然し此処は何処だらう、そして自分は、前途々々《さきざき》と云つて何処へ急ぐのだらう?」
 自分で自分が解らぬので、体を見た。服は四年も五年も着続けた、てんつるてん[#「てんつるてん」に傍点]の中学の制服である。
「はてな、……ホ。」
 左の脇に確と抱へた一と包。
「オヽ最早卒業したのだ! これ、是だ!」
 腰を卸して包を開くと、中から卒業証書と優等賞の辞典が出る。
「是だ/\、親達に見せるのだ!」
 と面を擡げると、大野の末の空と相合ふ所に何時の間にか薔薇色が潮して来た。何者か向うで麾く心地がする。立上つて道もない野原を一文字に進む。柔かなシートのやうな草の中に、折々凹凸がある、荊棘《いばら》がある、石塊《いし》がある。幾里歩いたらう? 足に任せて随分急いだが、まだ森も見えぬ。村も見えぬ。切々《せつせつ》と息が絶《き》れる。腰が痛む。脚が棒のやうになる。書物が鉛のやうになる。手首が、肩先が、引※[#「てへん+毟」]られさうになる。
「なにツ糞! まだ前途がある/\。」
 歯を噛ひしばる。体を前方に傾げる。グングン足を引摺る――バタツ!
「ヤしまつた! 何有《なあに》ツ!」
 と手を突いて半身を起すと、鈴の音。
 ヒヨイと向うの傾斜に人影が見えた。脚を投出した儘、青茅の葉と擦れ/\に、ヒヨクリ/\と動いて来る。また一人、また二人。ヂヤリン/\と続く鈴の音。茅が靡く、ガサリ/\、人が消えた――一人、二人三人、四人……皆消えた。と直ぐ横で、
「ハツハヽヽヽ」
 笑声と共にのつそりと、牛が三匹前へ出る。乗つたは十五六から七八の逞しい少年である。つぎはぎの山衣の薄きを着て、キと手拭で鉢巻した。なほ後からも/\と、続々押して来る。馬もある。少女《をとめ》もある。
「何してるだア、後が閊《つか》へるぞ!」
 斯う晴やかな野太い声がすると、横乗して居た真先の少年は、正面にシヤンと跨がつて、身を反り気味に縄の手綱をぐつと引く。黒白まだらの牡牛は其強い首を斜に、自分の前で「組左」をする。後に続いて十四五頭、やがてまた草叢に没し去る。
 其|円《つぶら》な眼、其|平《ひらた》い鼻、其槍のやうな長柄の鎌、其草籠、又其|真紅《しんく》の紐の少女笠《をとめがさ》や其笑顔や――
「皆矢張見た顔だが――」
 と思つて立上ると、ふわ/\する程体が軽い。
「ホ、有難い、これから……好し、歩けるぞ、急げるぞ! ぢやまた出掛よう……はてな辞書は? 免状は?」
 と四辺を探し廻る――
「オヽ辞書は此処だ。」
 と手を掛けると、何の事? 其形をした石塊《いしころ》だ。手触りの悪い熔岩《らば》の砕片《かけ》――偶と手の痩せが見える。靴がゆるい。制服がだぶ/\になつた、頬を撫ると肉が落ちた。体の軽くなつたのは、え? 是か? 余りの事にぐらぐらツとした。
 少焉《しばらく》して気が附くと、人が居る。
「き、君は誰です……えゝツ、君ツ、宮川君かツ?」
 返辞が無い。青い顔をして空を見て居る。
「君、何故黙つてるのです、まア久し振ぢやないか……」
 宮川は薄黒い土色の衣服を纏つて、手にパレツトを持つて居た。無言の儘身を転ずる。
「え、君何処へ行く、村へ帰るのか……村へなら一緒に帰らう、オーイ/\君イ、宮川!」
 飛ぶやうに走る後を飛ぶやうに追ふ。追ひながら呼ぶ。呼びながら追ふ――少焉《しばらく》して影を失ふ。右か左か当途《あてど》もない。落謄《がつかり》して立止まる。野原はもとの茫々――しかも草枯れ、石露はれ、風悲む。
「兄さーん……」
 風かと聞いたが風ではない。
「兄さーん/\……」
 帛《きぬ》を裂くやうに聞えて来る、人を呼ぶ声だ。自分とても人を追ふ身の、足は自然と声する方に向いて、思はず断崖のほとりへ出る。
 呼声は絶えた。水の音がする――崖下の薄暗い深い谷を、
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白蛇の鱗の光るやうに水が閃々と流れて居る。唯《と》見ると断崖《がけ》尽頭《はづれ》の岩の上に、三脚几を据ゑ画架を構へた後姿――
「オヽ宮川……」
 抜足して自分が近寄るとは知るや知らずや、彼は左手の手首を喰破り/\、タラ/\と滴る血を調色板に受けて、痩せた右手で頻りに刷毛を揮ふ。
「君ツ! 何をするんだツ!」
 と云はうとしたが言葉が出ぬ。手も動かぬ。体は木となり、頭は石――あまりの凄惨に気圧されて涙も流れず、息も吐けず、眼を動かして僅に見る。
「オヤ、自分が賞与に貰つた大辞典……」
 怪しんで目を注ぐと似も附かぬ、刑法第何条とある頁の上を刷毛が飛ぶ。折ふし遠方の紅の雲を望んでは、キツと見据ゑる眼の光!
「えゝ駄目だ/\!」
 髪を逆立て、青筋を張つて、描いては破り、描いては破る。見る間に頁の数は減る。破去つた紙片はヒラ/\、ヒラ/\と谷へ飛ぶ。ヒラリと赤く、ヒラリと白く、舞ひ上るは火の如く、舞ひ下るは雪の如く――雪の如く闇に消えて行く――
「駄目だ/\……ア、是が邪魔になる、是がツ!」
 左手の創口《きずぐち》を啜りながら、右手の延びた爪で残つた頁の文字を掻く。ほじる。破る。千切る――見る間に数百頁の大冊は引※[#「てへん+毟」]られた。残るは冊尾一枚の余白。
「ハヽハヽ是だ/\、茲だ! ハヽヽヽヽ。」
 笑ふ口から血が流れる。更に一口創口を喰絞《くひしば》つて、カツと調色板へ吐く血潮は、沸立つやう、燃えたつやう。眼は光り、頬は輝き、刷毛は燃ゆる――刹那の一揮! 雷のやうな響を立てゝ脚もとの岩が崩れた……
     ×  ×  ×  ×
「アヽ酔つた/\、早《は》いうん[#「うん」に傍点]寝べいかなア、大分遅くなツつらに。」
 自分が卒業して帰つた、其祝ひだと云つて、いかぬ口にも今宵ばかりは杯を重ねた父の、酔過して其儘横になる。
 思へば過去の五六年、泣いたり笑つたりの山坂越して、自分ながらよくも過ぎて来た――其喜びは胸に満ちて、さながら海に漲ぎる潮のやうに自らまた流をなして、前へ前へと流れるのだ。そして父の満足、母の笑顔を見るにつけ、洋々たる前途に一倍の光明が添ふ心地――
「サ床を取りがしたよ、転寝《うたたね》は毒で御座んすよ……御覧な武、お父つさんの酔払つた事ウ……武お前もお休み、床を取るから。」
「ア寝よう。八里ツきやない所だが、坂があるで大分疲れた。」
 母は奥座敷の、繭袋《ゆたん》が並んで、繭の匂の芳しくする所へ床を取つて呉れる。
「けんど何う考へてもお前は運がえゝだぞよ、中学校卒業なんてまア夢ぢやアないかえ!」
 と母は幾度か繰返した言葉をまたも云つて、
「一緒に学校へも行つただけんど牧夫さんはなア……お前も聞いたかい?」
「え、何です、宮川が何うかしたんですか?」
 試験やら何やらの忙《いそが》しさで、此頃トンと忘れて居た。
「とうとお前、あの狂気《きちがひ》になつたちゆう話だよ。」
「え狂気、おつ母さん、そりや実際ですか、え、嘘でせう、誰に聞きました?」
 掛けた夜具を刎ねて、母の顔を凝然と見る――
「何でもな、何とか云ふ精神病院から四五日前にな、村役場へ財産調べの手紙が来たとよ。」
「精神病院……それでその知れたんですかツ?」
 然う云つた限《き》り自分は最早《もう》口が利けぬ。ただ涙が流れる。ただ涙……。母は村に居た時分の宮川の家庭の様子を掻摘んで話して、頭の悪い上へ其様な風だつたから……と云ひかけて、
「何の事だい! お前|人事《ひとごと》で泣いたりなんぞして、――然う気が弱いたア思はなかつたが、学問でも長くやるべいちゆうものが、それぢやア俺ア案じられるよ。」
 気が弱くて泣く涙か! お母さんなざ男性《をとこ》の涙を知らないのだ。や然し、発狂したとは! 情ない。情ない! と張裂ける胸に繰返す。涙は止度もなく流れ落ちる。兎も角も夜具を引掛けて自分は寝た振をする。
 軈て母は座敷を去つた。
 東京から寄越した手紙は三四通より無い。其中に斯う云つてあつた、彼あ云つてあつたと考へる……法学院へ通ふ事、義妹と結婚しろと勧められた事、妹と憐んで目を掛けて居た内は左程でもなかつたが、さて終身の友として考へれば、欠点も見えるし他に済まぬ事もあるので決然断つた事など。其外に有らゆる追憶を寄せ集めて、
「それにしても、発狂したとは情けない、発狂したとは……」
 と繰返しながら寝た夜の夢――其断崖の其岩から真逆様――ハツとして覚めて、我ながら慄然とした。

     二十三

 到処有青山の意気は昔の儘ながら、深い孤煢《こけい》の感を抱いて上京した自分は、既に四谷へ移転して居た伯父の許へ草蛙を脱ぐと其翌日、駿河台に下宿屋を営んで居る宮川の家を訪ねた。
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 母親の方とて有繋《さすが》に泣いて話したが、継父《ままちち》は一倍残念がつて居た。聞けば発病の二週間程前、三月の十日頃、宮川は此迄集めた法律書を一切売飛ばして、無断で家出して五六日すると飄然と帰つて来た。何処へ行つたと訊《き》くと体の具合が悪いから熱海へ行つて来たとばかり、何うも変だと注意して居ると、或時下宿の書生を捕へて、熱海の旅館で何某の法学博士と国際法の事で大議論をしたが、博士なんて者は皆大馬鹿だと憤慨したり、日本が露西亜との戦争に敗けたら乃公《おれ》が出なくちや終結《おさまり》が著くまいと気焔を吐いたりした。二三日して巡査が来た。先刻電話が掛かつたが宮川牧夫と云ふのは此処に居るかと云ふ。驚いて次第を聞くと、僕を国事犯だと云つて刺客が二三人|躡《つ》けて歩いて困るから警察の力で保護して貰ひたいと云つて遣つたさうだ。其が誰かと衝突した後であつたらしく、其様な事から警察で宮川の一身上に干渉するやうになると、「是非私を保護して貰ひたい」と繰返すので、仮に警察署へ連れて行つた。すると、自分で戸を閉め切つて、「ああ恐ろしかつた、之でまづ安心した。」と云つたとの事である。
 噫、若しや誤聞ではないかと思つた望も空《あだ》になつた!
 語り終つて親達も泣いた。自分も涙を呑んだ。――さて其親達の様子を見ると、自分が一緒に泣いて居可きでないと思つて、慰めの言葉の限りを尽して、最後に病院の名を聞くと、
「王子精神病院」
 との答だつた。自分は其日直ぐ其足で、花見の人の群がつてゐる上野の山を過ぎて、王子の里の其病院を尋ねて行つた。
 せめては……せめては、友の現在の有様でも知り度かつたのだ!
 畑の中の一筋道を通つて王子の村へ入り、往還の右と左に分れる岐路《わかれみち》の傍と聞いて、行くとすぐ目に附いた藍色ペンキの冠木門、正に「王子精神病院」と標札がある。
 入つて宮川と云ふ者に附添ひの看護人なり医員なりにお目に懸りたいと云ふと、暫くお待ちなさいと狭い応接室へ通す。隣の室は会計課と覚えて、ジャリ/\銭を鳴らしたり、パチ/\/\と十露盤を弾いたりする響が聞える。
 考へて見ると、宮川の為めに医者の許を訪ふのは之で三度目である。初めは船津病院、次は県立病院、最後に、あゝ……斯様な病院を尋ねようとは……ハラ/\と涙が落ちる。
 軈て中年の医員が来た。
「どうでせう、癒りませうか?」これが自分の口を最初に出た言葉である。すると、
「貴郎|何誰《どなた》です、……そして御親戚ですか、……ふむ、御友人、元来|此院《ここ》ではその、御親戚でなければ、容態も申上げずお逢せもしないのですが、折角ですから……サアまだ癒るか癒らぬかは解りませんな、もう一月ばかりしなくては。」
 自分は胸を痛めながら色々と問うて試た。
 素因は先天的にあるかも知れぬが、兎も角も神経衰弱から来た発狂である。現症状は誇大妄想プラス被害妄想で、それが妙に交錯して発作するらしい、と医員は云つて、
「ですからお逢ひなさるも宜いが、わざ/″\お訪ねになる程御懇意の方だと、却つて刺激して悪からうと思ふ。」
 然し逢はずに帰れるか――
「せめて姿だけでも見せて頂けませんか?」
「実はな、妹さんだとか云ふ女の方が、一日置きのやうに此頃は来られるがな、其女にも逢はせんのです。女は兎角堪へ地がなくて、逢ふと泣いたりしていけませんが、ま貴郎には遠くからでもお目に掛けませう。成る可く注意して気取られぬやうにして下さい。」
 導かれて応接室を出て、長い廊下をぐる/\廻つて一号室の前まで来ると、
「口惜しい/\ツ、よくも/\此妾を……」
 などと女性《をんな》の泣声がすると思ふと、バタバタと障子でも叩く音。此方の窓からは若い女の顔が見える。向うの窓では散切《ざんぎり》の白髪を鉄格子に押著け/\破りもし兼ねぬ様も見える。また何処かで
「ホヽホヽオホヽヽヽヽ」
 と艶《なまめ》かしい笑声もする――噫此等が皆生きた屍の声だ!
「お静かに/\、左の室です。」
 と医員が云ふと、其隣の格子で日を光らせて
「オイコラツ、馬鹿野郎、何で乃公《おれ》を断様な所へ入れた、家へ返せ、返さんか――」
 それかと見たが、矢張二十才前後の男ではあるが、似も附かぬ。男女の病室を右と左に区分する短い廊下の薄暗がりを入ると、譬へば狭い鳥小屋にある程の小窓を開けて医員は手招ぎをする。
 歩み寄つて其窓口へ顔を向けたが雪が懸かつて――と気附き、眼鏡を外し、拭つて更に見直すと、
「アヽ、あれか……?」
 長い病室を又南北に、内部で分ける廊下の手前から四番目の柱に、黒紋附一楽(?)の羽織を著て頭を短かく坊主刈にした若者が倚掛つて居る。青い横顔と高い形の好い鼻がそれと思はるゝばかり。
「柱に倚《よ》つてるのですよ。」と医員は囁いた。
 宮川とも呼べない。どうだ――とも云へぬ……、宮川とも、どうだとも――えゝ何とも云ふ事は出来ないのか……?
 彼はフイと此方を向いた。が軈てまた元の姿勢に返つて首を垂れた。十年の故旧、傾蓋否腹心《けいがいいなふくしん》の友が訪ねて来たとは知らないのだ!
 墓場の石なら縋つても泣かう。此窓は、こ、こ、こりや何
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の窓だ! 病気に触ると云ふから堪へて居るツ!
 自分は声を抑へて堪らず口を噛む――医員は耳へ口を寄せて、
「お気の毒だが万望《どうぞ》もうお帰り下さい。病人が気附きましては……」
 自分は思はず二三歩窓口を去る。
「あの障子の開いてる所が其室《それ》ですか、あれが宮川の住家ですね、あれで乱暴もするんですか?」
「いえ近頃は少しも、ただ家へ帰り度いとは云はれますがね。」
 然うだらう。何と云ふ殺風景な室だ――殊に彼は綺麗好きであつたものを――貴郎方《あなたがた》は精神病者の取扱ひ方を知つて居るか? と自分は云ひ度かつた。
 医員は小窓の戸を閉めた。然し直ぐに此処が離れられようか――
「運動は?」
「え、その気分の宜しい時は、庭を少しお歩行《ひろひ》を……」
「食事は?」
「普通御飯に牛乳三合。」
「新聞位は読ませますか?」
「いゝや何うして、脳を刺激しますからな。」
 それが、宮川の一日の生活か? 幾度か廊下を行きつ戻りつして、終に自分は顔を掩つて病院を出た。
 振返り/\遠ざかつて行く病院の四辺《あたり》には、森もある。林もある。耕地はずつと開《ひら》けて崖一つ下りれば武蔵野の――秋ならば薄も萩も咲くであらう――我裾野の面影も無いではないが……
 田畑の停車場近くで、自分は偶と一人の少女と擦違つた。風呂敷を抱へて急ぎ足。
「雪ちやん……モシ雪さんぢやありませんか?」
 紛ふ方もないそれと呼んで試たが、違つたか、はた聞えぬか、その女は自分が来た夕暮の王子道を小走りに急いで行く。
 自分は其後宮川の親達に逢つた時、病院生活が却つて彼の病勢を増させるであらうと説いたが、斯様な商売をして居るので、連帰る事もならず、御説のやうに国へ帰すと云つても、人一人は是非附添はねばならぬが到底それも出来ぬ、といふ彼の継父の答へであつた。
     ×  ×  ×  ×
 其山高く其水清きほとり、裾野に生れた薄倖の天才は、今も猶、文明の口――工場や汽車の煙突が吐く煤煙裡に、二百万の人々が、生きんが為め・食はんが為めと、餓鬼となつて戦ひ合ひ奪ひ合ひつつある大日本帝国の首都東京の北、王子精神病院に幽閉《とぢこめ》られてゐる。
「少年行」は茲に終を告げねばならぬ。筆を擱くに臨んでまた更に少年の春を懐ふ……

青空文庫形式の注記をしています。
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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)熔岩《らば》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)所謂|御厨在《みくりやざい》を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)もや[#「もや」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)チヨボ/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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底本:「精選中村星湖集」早稲田大学出版部
   1998(平成9)年11月30日発行
底本の親本:「底本少年行」山人会
   1957(昭和32)年5月発行
初出:「早稲田文学」
   1907(明治40)年5月号懸賞作物披露の巻